第608話 にゃ!

ルチアの魔法は強力である。


かつては鬼将とまで呼ばれたレンツの剣の腕も未だ衰えてはいない。


アンの格闘術も強力で、騎士を相手にしても引けをとらない。


だが……


ルチアとアンは魔獣と戦いながら夜通し森を歩き続けてきたのだ。強がってはいたが、ルチアの魔力も残りは少なく、アンの体力もかなり消耗していた。レンツも休むことなくルチア達を追ってきて体力を消耗していた。そもそもレンツは歳である、技は衰えずとも全盛期のような体力はのぞむべくもないのだ。若い騎士たちを相手に、決して楽観できる状況とは言えなかった。


戦闘開始。


最初は魔法の攻防戦となった。


敵の騎士達の中にも魔法が使える部隊がおり、後方から魔法の波状攻撃を仕掛けてきたのだ。それを魔法障壁で防ぎ、同時に攻撃魔法で反撃を放つルチア。そしてそれを相手の騎士達が魔法障壁で防ぐ。


魔法の応酬は互角であった。厳密に言えばルチア一人に対して魔法騎士は複数なのだからルチアのほうが優れているのは間違いないのだが。


しかし、いかにルチアが優秀であろうとも、数的不利は否めない。決め手に掛けたままのように見えた攻防は、続けるほどにルチアの残り少ない魔力を削っていくのだ。消耗戦になればルチアが不利である事を敵も理解しているのである。


ルチア 「ありゃ、これはまずいかも?」


最初は平気な顔をしていたルチアであったが、徐々に障壁への魔力供給が減っていく。反撃を止めて障壁の維持に魔力をすべて注ぐが、それもジリ貧。やがてついに、敵の魔法攻撃で障壁が砕け散ってしまった。


ただ、幸いな事に敵の魔法攻撃もそこで終わった。魔法騎士の魔力もちょうどそこで切れてしまったのだ。魔法の攻防戦は引き分けというわけであった。


エゴーリ 「やれ!」


今度は剣を抜いた騎士達が一斉にルチア達に向かって突進してくる。出番だとばかりに応戦するレンツとアン。


ルチアも短剣を抜き応戦するが、さすがに騎士に敵うわけもなく。レンツはそれを庇いながら戦う必要がある。しかも騎士達はレンツの攻略法を分かっていて、再び消耗戦を仕掛けてくる。踏み込まずに遠間から大勢で囲って小傷を与えてくるのだ。


いかんせん多勢に無勢、レンツは体力を消耗し、傷が増え、徐々に弱っていく。ついに騎士の剣がレンツを貫くかと思われた時、その剣を弾いてルチアがレンツを庇った。その隙にレンツの反撃が相手を撃退した。


ルチア 「ここまでかしらね…」


レンツ 「…無念ですじゃ…」


ルチア 「伝統あるトリオム伯爵家が、あんな奴にとって変わられるとはね…あの世で父に怒られそうだわ」


レンツ 「ルチア様、儂も一緒に謝りますじゃ…」


地に膝をついたレンツがルチアに微笑みかけた。


アンもルチアの傍に戻り、お供しますと言う。


ルチア 「レンツ、アン。今まで本当にありがとうね…」


死を覚悟する三人、迫る騎士達……






ヴェラ 『諦めてはいけませんわ』


その時、背後からヴェラの声が聞こえた。同時に、騎士達の足元から蔦が大量に生えてきて足に絡みつき騎士達を拘束していく。


ルチア 「これは…!


…珍しい! 植物属性の魔法ね。土魔法の派生属性だったかしら? あなた、そんな事もできたのね」


ダジ 「レンツよ、まだ生きておったか、しぶといのぉ」


レンツ 「遅いぞダジよ、お陰で儂一人で大活躍じゃったわい」


ダジ 「そう言いながら膝をついて立てんようじゃが?」


アル 「それだけ激戦だったということでしょう」


その様子を見たエゴーリが言う。


エゴーリ 「なんだ? 今更年寄りが二人と治癒魔法師が増えたところで、死ぬのが少しだけ遅くなるだけだろうが」


騎士達は足に絡みついた蔦を剣で切り払い、再び攻撃しようとしてくる。だが、ヴェラが手を振ると、その瞬間、多数の氷の槍が飛び、周囲の騎士たちを襲った。


氷槍を斬り払う事ができた騎士も居たが、何人かは対応できず、貫かれて倒れた。


エゴーリ 「貴様! 治癒魔法以外も使えるのか?!」


ヴェラ 「私は全属性の魔法が使えますが何か?」


そう言うと、火・氷・土属性の槍が飛び、更に何人かの騎士が倒れる。


エゴーリ 「馬鹿な! 全属性だと! 信じられん……」


だが、今度は騎士達の後方から再び魔法攻撃が飛び始める。一時、魔力切れになっていたが、マジックポーションを飲んで魔力を回復させていたのだ。


飛んでくる火球を魔法障壁を張って防ぐヴェラ。


エゴーリ 「そ、そうだ、全属性使えようと、その分魔力の消耗も激しいんじゃないのか? いつまで持ち応えられるかな?」


だが、涼しい顔のヴェラ。


再び魔力の持久戦の様相になるが…


…先に魔力が尽きたのは騎士団の魔法師のほうであった。


先程もそうであったが、魔法騎士というのは魔法も使える騎士ではあるが、魔法職の専門家になれなかったため、剣の腕を追加で磨いた者が多い。そのため、魔法師に比べればやはりそれほど魔力は高くない者が多いのである。


ヴェラ 「あら、もう終わり? じゃぁこっちの番ね。いい加減腹立ってるのよ、本気出させてもらうわよ。…ルチア様、コイツラ、全員殺っちゃっていいんですよね?」


ルチア 「ええ構わないわ……ってあらあらそのお尻……?」


見ると、ヴェラのお尻から細く長いしっぽ・・・が生えている。強い魔力が顕現して見える実体のない尻尾であるが。


ルチア 「ヴェラさん、人間じゃなかったのね?」


ヴェラ 「秘密ですよ? ブーストオンにゃ~!」


ヴェラのお尻のしっぽが二つに分かれる。いや、二本だけではない、さらに分裂を続け、尻尾は九本となった。そして、ヴェラの魔力がみるみる膨れ上がっていく。


その膨大な魔力を感じ取った騎士団の魔法師達が逃げ出そうとするが、いつのまにか背後に土の高い壁ができており、逃げ場はなかった。ヴェラが土魔法で退路を塞いでいたのである。


やがて、風が吹き始める。風はどんどん強まっていき、土の壁の袋小路に追い詰められた騎士団のほうへ吹き込んでいく。


風はやがて暴風となり、渦を巻き始め、竜巻となって騎士達を巻きあげ始める。そして、空高く巻き上げられた騎士達は…


落ちてきた時には手や足、胴体、頭がバラバラになっていた。竜巻の中に、大量の風刃ウィンドカッターが含まれていたのだ……


気がつけば、残っているのはエゴーリひとりだけであった。


ヴェラ 「コイツも殺しちゃったほうが良かったにゃ?」


アン 「にゃ?」


ヴェラ 「おっとにゃ」


ヴェラは頭に猫耳が生えて、すっかり猫獣人という姿になっていたが、慌てて人間の姿に戻った。


ルチア 「そ、そうね……いえ、せっかく生き残ったのだから、裁判に掛けて、犯罪奴隷として後悔の人生を過ごさせたほうが良いかしらね」


それを聞いて逃げ出そうとするエゴーリであったが、ヴェラの土魔法がエゴーリの足を固めてしまう。


エゴーリ 「くそ、離せ! おい、治癒魔法師の女! なぜ俺の邪魔をする?!」


ヴェラ 「なぜって、あなたが私を指名手配したんでしょうが…。お陰で犯罪者扱いされて、街に入れなくて困ったんだからね」


エゴーリ 「分かった! 俺につけば指名手配を解除してやる! どうだ?」


ヴェラ 「どうだ? って…その条件でどうして買収できると思うのかしら……」


ルチア 「ごめんなさいね…もう少し頭が良いと思ってたんだけどね……


ところでヴェラさん、尻尾と耳……もしかして獣人?」


アン 「さっき一瞬『にゃ』って言ってましたもんね」


ルチア 「でも、獣人は魔法があまり得意ではなかったはず。と言う事は……妖精族?」


ヴェラ 「はい、バレてしまいましたね。私はケットシーですわ。…内緒でお願いしますね?」


ルチア 「そうだったのね! どうりで……


分かったわ。そうね、伝説のケットシーが人間の街に居たなんて、大騒ぎになってしまうものね。いいこと? あなた達も絶対喋っちゃ駄目よ?」


アン・レンツ・ダジ・アル 「分かりました!」


ルチア 「しかし、さすがはケットシーね! あれだけ大規模な魔法を使っても魔力が尽きないなんて」


ヴェラ 「いえ、結構消耗してます、実は限界近かったにゃ…」


ルチア 「ふふ、かわいいからずっと『にゃ』って言ってていいのに」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


げ、ルチア……なんで生きてるの?


乞うご期待!


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