第607話 森の中に逃げ込むルチア

『奥様! こっちです!』


ルチア 「レンツ!」


レンツ 「奥様、こちらです、このままドルイ様のところへお逃げください! そこに伯爵家を解雇された古い騎士達が全員集まって奥様を待っています!」


逃げるルチア。


エゴーリ 「逃がすな! 追え!」


追う騎士団。


レンツ 「いや、ここは通しませんぞ」


立ち塞がる老騎士。


エゴーリ 「ちっ、レンツめ。隠居した老人だけならとルチアの護衛に残しておいたのが失敗だった」


レンツ 「奥様、お達者で……最後に伯爵家のために働けて、このレンツ、幸せですぞ…


さぁ、死にたい奴は掛かってくるがいい! かつて鬼と恐れられたこのレンツ、貴様ら若造などにまだまだ負けんぞ!」


『レンツ、手を貸すぞ』


レンツ 「ダジ、アル! ここはいい、お前達は奥様を守れ!」


ダジ 「お前にだけ格好良く死なれてたまるかい。ワシだって最後に一花咲かせてやるわ」


アル 「ルチア様にはメイドのアンがついています。アンもなかなかの腕、任せて大丈夫でしょう。ここで少しでも長く食い止めたほうが、奥様が生き延びる可能性は高まるでしょう」


レンツ 「お前ら…勝手にしろ!」


老齢ながら未だ衰えぬ剣の冴えを見せる隠居騎士三人。


特にレンツの剣の腕は大したもので、襲いかかる剣を躱しながら一撃で相手を仕留めていく。老人と舐めて無謀に踏み込んでくる未熟な騎士など、レンツの得意のカウンター攻撃の格好の獲物でしかない。


自分からはあまり動かず最小限の動きで相手を倒す。体力を温存しながら、時間を稼ぐのに最適な戦い方であった。


だがエゴーリの騎士達の隊長は若いながらなかなか優秀な男だった。技量の差があり一対一では勝てないと見ると、遠間から人数を掛け、必殺の間合いには踏み込まず、浅い攻撃を積み重ねる戦法に切り替えたのだった。


技は冴えているとはいえ相手は老齢。被害を抑えながら体力を削る方が、結果的に早く決着が着くと読んだのだ。


そしてその読みは当たった。いかんせん、多勢に無勢。しかも相手は若く体力のある騎士ばかりである。深く踏み込んで来ない騎士達に上手くカウンターを取る事ができないレンツ。細かい傷を追う事が増えていき、レンツの動きが見る見る鈍くなっていく。


やがてついに体力が尽き、三人の老騎士は倒れる。その三人を乗り越えて、騎士達はルチアを追って屋敷を飛び出していったのだった。




  * * * * *




倒れていた騎士二人を治療したヴェラは、二人からここまでの事情を聞いた。


ヴェラ 「ええっと、要するに、伯爵だと思ってたエゴーリは伯爵代行で、ルチア様が本当の伯爵だった、って理解でOK?」


ダジ 「そうじゃ。再従姉弟はとこだったか又従姉弟またいとこだったか忘れたが、エゴーリ様はルチア様の遠い親戚じゃったんじゃが、不幸が重なって、エゴーリ様の家は没落してしまっての。それを気の毒に思った先代の伯爵が引き取って仕事を与えたんじゃ。エゴーリ様がルチア様にプロポーズして、それをルチア様が受けた時は驚いたが、祝福した。若い頃のエゴーリ様は真面目な好青年だったからの。しかし、あれは全て演技じゃったんかのう…」


アル 「エゴーリ様は、自分が伯爵になれると思ってルチア様と結婚したのでしょう。しかし計算外だったのは、先代が亡くなる際、伯爵をルチア様に継がせた事でしょう」


ダジ 「先代の没後、ルチア様は伯爵になったが、エゴーリ様の気持ちを思いやってか、ルチア様はエゴーリに伯爵代理を務めさせ、自分はあまり表に出ないようになったんじゃ」


アル 「ただ、エゴーリ様には伯爵、領主としての才覚はあまりなかったようで、実際の政務はほとんどルチア様がやっていたのですけどね」


ダジ 「振り返れば、先代も、ルチア様も、エゴーリ様の心根は見抜いておられたような気もするのう」


アル 「だから、先代もルチア様に爵位を譲られたのでしょうね。ただ、エゴーリ様には良いところもありました。うまく導ければ、立派な貴族になれるとルチア様も思ったのだと思います。だが…


…第二夫人のミーズ様が現れてから、エゴーリ様はおかしくなってしまった……」


ダジ 「うむ。ミーズは、エゴーリ様の悪いところを引き出すような女じゃった…」


ヴェラ 「ところで、呑気に話してるけどルチア様は大丈夫なの? その、ドルなんとかさん……」


アル 「ドルイ様」


ヴェラ 「そのドルイ様の居る場所は近いの?」


ダジ 「隣町じゃ、馬で急げば……一日で着く距離じゃが…」


アル 「まっすぐ逃げていてはすぐに追いつかれるでしょう。アンには森の中に逃げ込むようにと伝えてあります」


ダジ 「徒歩で森を抜けるルートだと、三日くらいかかるかのう…」


ヴェラ 「森って、魔獣とか出て危ないんじゃ?」


アル 「アンはメイドですが、腕の立つ護衛でもあります。ルチア様も凄腕の魔術師ですから、なんとかなるんじゃないかと思いますが……」


ダジ 「さて、アルよ。ワシらも後を追うぞ」


ヴェラ 「大丈夫なの? 治癒魔法で身体の傷は治ったとは言え、流した血までは戻ってないのよ?」


ダジ 「ふん、それはレンツも同じじゃろう? 奴一人にいい格好させるわけにはいかん」


アル 「やれやれ。二人はずっとライバルだったんですよ……」


ヴェラ 「じゃぁ私も行くわ。指名手配を解除してもらわないといけないから、ルチア様―伯爵様に死なれると私も困るのよ」




  * * * * *




ダジの指示通り、メイドのアンはルチアを連れて森の中を抜けていた。


夜も休まず森を抜ける二人。幸いにも天候は快晴で、月明かりで森も明るい。(この世界は月が二つあり、晴れていれば夜も地球より明るい。)魔獣に時々襲われたりはするのだが、アンの槍術とルチアの魔法でなんとか撃退できた。


やがて夜が明け、ついに二人も森を抜ける。


だが、森を抜けた先にあった草原に、騎士団が待ち構えていた……


エゴーリ 「森を抜けたら必ずここに出てくると思って先回りしたんだよ……」


ルチア 「少しは頭が回るようになったのね」


『待て待て待てぇい!』


そこに馬を割り込ませてきたのは老騎士レンツである。


レンツ 「間に合ったようですの!」


アン 「多勢に無勢、いまさら一人増えたところで状況は絶望的ですけどね…


…奥様、私達が時間を稼ぎますから、もう一度森にお逃げください」


エゴーリ 「そうはさせんよ」


振り返ると、背後の森の中にも既に騎士達が回り込んでいるのが見えた。


ルチア 「どうやら強行突破しかないようね」


エゴーリ 「この数相手に三人でできると思うのか?」


ルチア 「私が凄腕の魔術師だって事を忘れてない?」


そう言うとルチアは短い詠唱の後、火球を放った。


エゴーリ 「うぉ!」


エゴーリに向かって飛んだ火球は、しかしエゴーリの脇に居た騎士によって切り捨てられた。


ルチア 「あら、やるじゃない」


騎士 「短縮詠唱でこの威力とは…油断するなよ!」


エゴーリを守った騎士が叫ぶと、騎士達は一斉に剣を抜いた。


戦闘開始である。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


猫又来たりて嵐が起きる


乞うご期待!



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