第605話 誰が犯罪者じゃぁ!
囚われたヴェラであるが、もちろん、そんなところで大人しくしているつもりはない。
素直に地下牢に入れられたのは、リューと違ってあまり強引な手法を好まなかったからである。そのため、牢に入った後、こっそり抜け出す事を選んだのだ。
ヴェラの魔法の実力であればその場で暴れても脱出は可能であっただろうがリスクもあるし、騎士が思ったより悪い人間ではなさそうだったので、傷つけるのも可哀想だと思ったのだ。
牢の鍵は、治療用のマイクロ転移魔法を応用し、扉の鍵の内部部品を取り出して壊してしまう。
見張りの騎士を魔法で眠らせると、廊下の先の控室に居る騎士達も眠らせ、牢に入れられる際に取り上げられた短剣とマジックポーチを回収。そして、ヴェラは猫の姿に変身した。(マジックポーチは特製で、猫の姿に変身すると首輪型に変わる。)
猫の姿で伯爵の邸から堂々と出ていったヴェラ。門からグレーの猫が出ていくのを伯爵家の門番も見ていたが、野良猫が紛れ込んだだけだろうと特に気にもしなかった。
宿に預けてあった馬を受け取ったヴェラは、そのまま街を出ていく。
トリオム伯爵については、村に帰ったらリューに頼んでエド王にチクってもらい、対応してもらえば良いだろう。
リューに伯爵家を潰してもらってもよいが(不正を働く横暴な貴族は粛清して良いというエド王の許可は今でも生きている)、夫人のルチアの事を考えると、ヴェラはあまり荒っぽい解決方法はしたくなかったのだ。
横暴な貴族は粛清していくというエド王の方針は本気のようだったので、対応は任せて大丈夫であろう。
隷属の首輪のリミッター解除コードが裏ルートで出回っているなどという情報もあった。もう一度、しっかりと手綱を絞め直してもらう必要があるだろう。
だが、そう悠長なことも言ってられなくなったヴェラであった。次の街へ到着したのだが、入城を拒否されてしまったのである。
入城待ちの列にならび、冒険者証を提示して防壁の中に入る、いつもの流れであったが、なんと冒険者ヴェラは犯罪者として手配されているとの事で、街に入れて貰えなかったのだ。
自分には犯罪を犯した覚えはない、何かの間違いじゃないかと食い下がった所、門兵が奥に行って少し詳しく情報を調べてくれた。
それによって判明したのは、どうやらトリオム伯爵がヴェラを犯罪容疑者として冒険者ギルドに通報したらしいのだ。
ただ、正式に裁判を経ていないので犯罪者ではなく容疑者の扱いであり、冒険者ギルドとしても注意情報を記載しただけ、という状態らしい。
門兵が説明してくれたが、これは、国の法律を犯して指名手配されているわけではなく、どこかの貴族が自領内の条例(=独自ルール)に違反した者を手配しただけ、という扱いなのだそうだ。
そのため、この街で逮捕されると言うことはないらしい。なぜなら、この街からはアレスコード辺境伯領となるため、トリオム伯爵領の条例違反について逮捕義務はないのだそうだ。
だが、領地の境界の街でもあるためセキュリティが厳しく、怪しいものは街に入れないルールになっているのだそうだ。トリオム伯爵領内のトラブルなのだから、アレスコード領内に持ち込まず、伯爵領内で解決してきてくれ、という事らしい。
まだ一日も経っていない素早い対応だったのは、ヴェラの逃亡が発覚したのが思いの外早かったためであった。たまたま、休暇明けで同僚に郷里の土産を配っていた騎士がおり、ヴェラが脱出した後すぐに、控室を訪ね、見張りの騎士達が眠らされているのを発見してしまったのだ。
ヴェラが消えたという報告を聞いたエゴーリ。
実は、落ち着いて考えてみれば、別にエゴーリにとってもヴェラはそれほど重要人物というわけでもなかったのだが……
とはいえこのまま無罪放免で見逃してやるのも癪だったエゴーリは、半ば嫌がらせで、ヴェラを犯罪者として自分の街の冒険者ギルドに通達したのだ。
これは地味に痛い攻撃であった。冒険者証にはこの情報が常についてまわる事になるのだ。国の法律を犯した犯罪者ではないとはいえ、貴族に睨まれている事の証明となる。国を出てしまえば問題はないのかも知れないが、国内に居る限りはトラブルを嫌う貴族も多く、チェックが厳しい街では入城拒否される事になってしまうだろう。
この情報を取り消させる必要がある。最悪の場合はリューを通じてエド王に介入してもらう事も不可能ではないだろうが……
無性に腹が立ったヴェラは、再びトリオムラーグに戻る事にした。エゴーリには一言文句を言ってやらなければ気が済まない。最悪、実力行使となっても仕方がない。なるべく荒事は避けてきたヴェラであったが、こうなったら手加減は無用だろう。(まぁそうなったら、最後はリューに頼んでエド王に始末を頼む事になってしまうかも知れないが…)
まぁ、エゴーリはルチアに頭が上がらない様子であったから、ルチアに頼んで見る手はあるだろう。ルチアはヴェラに恩があるし、その筋から解決の道は開けそうな気はする。
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馬を走らせトリオムラーグに戻ったヴェラは入城の手続きの列に並んだ。
手配されているのだから当然ここでは逮捕されて伯爵の元に連行されるだろう。そのまま大人しく掴まって伯爵のもとに行くか? あるいは、押し通って伯爵邸に乗り込むか? どちらが良いだろうかと考えていたヴェラであったが……
しかし不思議なことに、止められる事もなくすんなり街に入れてしまったのであった……。
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次回予告
伝統あるトリオム伯爵家もこれで終わりね
乞うご期待!
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