第604話 お前を専属治療師として雇ってやろう

その後、やっと食事を開始したものの盛り上がらず。なんとなく気まずい雰囲気のまま、晩餐は終わったのであった。


ヴェラ (落ち着かない晩餐会だったわ…)


宿に戻ったヴェラ。


宿屋に宿泊は今日が最後、明日は、土産でも買いつつ、そのまま街を出るつもりである。


だが、翌朝、何故か宿に伯爵家から使者が来た。なにやら緊急だそうで、ヴェラに再び屋敷に来てくれというのだ。


ルチアに何か後遺症でも出たかと慌てて伯爵家に戻ったヴェラであったが、そこにルチアの姿はなく、待っていたのはエゴーリだけであった。


ヴェラ 「あの…ルチア様は?」


エゴーリ 「ルチアは出掛けておる。今日お前を呼んだのは俺だ」


ヴェラ 「…どのようなご用件でしょうか?」


エゴーリ 「なに、お前を伯爵家で雇ってやろうと思ってな」


ヴェラ 「あの…そのお話でしたらお断りしたはずですが?」


エゴーリ 「タダ働きしろと言ってるわけじゃない、高給で雇ってやると言ってるのだぞ? 何が気に入らんのだ?」


ヴェラ 「お金には困っておりませんので」


エゴーリ 「んん? よく聞こえなかったが……伯爵である俺が雇ってやると言っているのだぞ? 断るなどとは言わないよなぁ?」


ヴェラ 「耳がお悪いようなので大きな声でもう一度お答えさせて頂きますが。


お・こ・と・わ・り


させて頂きます」


エゴーリ 「やれやれ下手に出ていれば…。勘違いするなよ? これは頼んでいるのではない、命令しているのだ。平民風情が貴族の命令に歯向かったらどうなるか分かってるのか?」


そう言いながらエゴーリが指を鳴らすと四人の男が部屋に入ってきた。うち三人はどうやら騎士のようだ。


ヴェラ 「…いくら伯爵だからといって、横暴ではありませんか? そのようなこと、許されると思っているのですか?」


エゴーリ 「誰が許さないと言うんだ? ここは俺が治める街だ。不敬罪で平民を捕らえたところで誰も問題になどせんよ」


ヴェラ 「……仮に、無理やり捕らえて仕事を強要したところで、働く気の無い者が真面目に仕事をするとは思えませんが?」


エゴーリ 「奴隷になったら嫌でも素直に働くしかないだろう? おい、持ってきたか?」


騎士ではないもう一人の男が頷き、手に持っていた箱を開けて中身を見せる。中にはリング状の魔道具が入っていた。ヴェラも何度も見た隷属の首輪である。


エゴーリ 「これが何か分かるよな? これを着けられたら、嫌でも真面目に働くしかなくなるってわけだ」


ヴェラ 「奴隷ギルドを介さずに隷属の魔法を使うのは違法行為のはずですが?」


エゴーリ 「奴隷ギルドも公認ですがなにか?」


ニヤリと意地悪く笑うエゴーリ。


ヴェラ 「そんなはずがないと思いますが? なんなら奴隷ギルドに確認してみましょうか?」


怒って睨みつけるヴェラ。


エゴーリ 「…まぁ、暗黙の了解ってやつだよ。どこの貴族も専属の闇魔法師を雇ってる。貴族は戦時において捕虜を奴隷化して尋問する必要があるからな」


ヴェラ 「それは戦争捕虜の話でしょう。平民に言うことを聞かせるために使うのは違法のはずでは?」


エゴーリ 「平和な時期に雇った闇魔法師を遊ばせておくのももったいないしな。怪しいやつを尋問したり、気に入らないやつを奴隷にして従わせるなど、どこの貴族もやってる事さ」


ヴェラ 「奴隷ギルドの不正は粛清されたのをご存知ないのですか? そのような貴族の無法、エドワード王が許さないでしょう」


エゴーリ 「はん、確かに。あの頭の堅い王なら貴族の品格ガーとか言いそうだがな。しかし、地方の貴族が平民一人を不敬罪で捕らえたところで、それを王が知る術もないだろ」


ヴェラ 「…言い方を間違えましたね。エド王ではなく、私が許さないわ」


エゴーリ 「プッ! お前が? ただの平民であるお前が許さないからなんだと言うのだ?」


ヴェラ 「あきれた…ルチア様はいい人なのに、旦那がコレとは……」


エゴーリ 「まったく、ルチアが甘やかすから平民どもがつけあがる。あ~もういい面倒だ。おい、この生意気な女に首輪を着けてやれ!


…どうした? さっさとやれ」


闇魔法師 「いや…それがですね…首輪の調整に手間取っておりまして…今すぐはちょっと……」


エゴーリ 「何? 前はすぐできてただろうが?」


闇魔法師 「そこの女が言った通り、奴隷ギルドの体制が変わりまして。送られてくる首輪のセキュリティレベルが変わったのです…」


実は、隷属の首輪には違法な使い方を防ぐために使用制限が掛けられている。それを自由に使うためには、その制限を解除する必要があるのだ。以前は簡単に解除できていた。解除キーが暗黙の了解のように裏で流通していたのだ。だが、奴隷ギルドの綱紀粛正後、キーが変更され、解除が難しくなったのであった。


エゴーリ 「解除できんのか?」


闇魔法師 「いえ、解除コードのヒントを裏ルートで入手できましたので、ただ、それを使っても、少々時間が掛かるようになってしまいまして」


エゴーリ 「どれぐらい掛かるんだ?」


闇魔法師 「もう二~三日頂ければ…」


エゴーリ 「仕方ない、おい、コイツを地下牢に閉じ込めておけ! 三日後に奴隷にしてやる。奴隷にされるより素直に雇われていたほうが良かったと地下牢で悔やむがいい」


騎士が近づいてきたが、ヴェラに手を触れる事なく、逡巡しているようであった。


エゴーリ 「何をしておる、さっさとひっ捕らえろ!」


騎士 「…伯爵、我々は騎士です。無実の女性にこのような事は…」


エゴーリ 「無実? さっきのコイツの言動を聞いていただろう? 不敬罪だ、立派な犯罪者だよ。首になりたくなかったらさっさと引っ立てろ!」


渋々と従った騎士に腕を掴まれ、ヴェラは地下牢に連行されていった。


エゴーリ 「おい、すぐに従わなかったあの若い騎士は鉱山の警備にでも回しておけ」


執事 「御意」






※ヴェラにはスケルトンの護衛はついていない。ヴェラが拒否したからである。ヴェラは一人前の冒険者である、子供ではないのだから護衛など必要ないとリューに言ったのだ。


まぁ、ヴェラの本音としては、見えない空間から二十四時間誰かに覗き見されているなど、許せなかったという事なのだが。それも、スケルトンがそれぞれに、生きている人間と同様に人格があると知ってしまったら尚更である。


それにリューも納得した。(実はリュー自身も、プライバシーを守るために、スケルトン達からも見えないように次元障壁で閉じた空間で休んだりしているのだから。)


ヴェラはそもそも人間ではなく、強力な魔法を使えるケットシーである。本人がランクアップを望めばSランクにだってなれるレベルであるのだから。護衛など必要ないのである。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


サラッと脱出

しかし…


乞うご期待!



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