第602話 伯爵!私と言う者がありながら!

エゴーリ 「お前、ヴェラと言ったか? アレスコードの紹介であったとか」


ルチア 「アレスコード “辺境伯” ですよ。これからはきちんと敬称をつけて言うようにしないと」


エゴーリ 「ふん、カルルの奴はこの間まで呼び捨てだったのに、今更そんな事言えるか」


ルチア 「あなた、まだそんな事を…」


エゴーリ 「お前も! 勝手にアレスコードに頭を下げおって、腹の立つ…」


実は、第二夫人ミーズのしでかした事を聞き、エゴーリの耳に入る前に即断で謝罪と賠償を行ったのはルチアだったのだ。内政のほとんどはルチアが取り仕切っていたため、エゴーリはしばらく気づかなかったのであった。


さらに、ヴェラに往診を依頼したのもルチアである。病状が悪化してしまったルチアは、アレスコードの妻セリヌの病気をアッサリ解決した腕の良い治療師の話を聞き、藁にも縋る思いでアレスコードに紹介を頼んだのだ。


だが、非常にプライドが高いエゴーリは、勝手に第二夫人を処分し、謝罪と賠償までした上に、頼み事までして、アレスコードに借りを作ってしまった事が気に入らなかった。エゴーリはカルル・アレスコードに並々ならぬライバル心を抱いていたからである。






エゴーリとカルル(アレスコード)、そしてカルルの妻セリヌとは、子供の頃からの知り合いであったのだが、実は、エゴーリは出会った時からセリヌに一目惚れし、ずっと密かに恋心を抱いていた。


だが、エゴーリと知り合った時には既に、カルルとセリヌは子供なりにも強い絆で結ばれていて、入り込む隙がなかった。親同士も、仲の良い二人を見て、身分的にも釣り合いも良いと婚約を決めてしまっている状態であった。


結局、その後もエゴーリが入り込む余地は生まれず、カルルとセリヌは成人し結婚、エゴーリの恋は忍んだまま終わったのだ。


そのため、エゴーリは何かにつけてはカルルと自分を比較した。時はカルルを嘲笑するような事もあった。(まぁあまりカルルはあまり気にしていなかったのだが。)


だが、事情が変わる。自分は伯爵、アレスコードは子爵であるという優越感が唯一の救いであったのに、急に飛び級で追い越されてカルルに上に立たれてしまったのだ。唯一のアドバンテージをも失い、エゴーリとしては我慢がならない状況に追い込まれた。


おそらく、エゴーリは相手が格上の辺境伯となった今でも、カルルと争う事に躊躇はないだろう。それを知っていたルチアは、ミーズの件をエゴーリに知られる前にいち早く処理してしまったのである。


エゴーリ 「よりによって、カルルに謝罪し、賠償金まで払うとは。伯爵家としてプライドがないのか? しかも奴の言うことを真に受けて、勝手にミーズを実家に帰しちまいやがって」


ルチア 「…ああ。結局ミーズが惜しいって事なのね? でも仕方がないわ。ミーズのやったことは重罪ですよ? 死刑か犯罪奴隷になってもおかしくない。それを無理に庇い立てすれば辺境伯家を相手に内戦にまで発展しかねない事態だったのですから。明確な犯罪の証拠もある以上、法的にも我が伯爵家に正義はないと言う事になってしまいますわ」


エゴーリ 「…だからといって、病気の治療までカルルに頼む事はなかったろう。治療師ならばカルツァが居るだろうが」


ルチア 「カルツァでは治せなかったから、他に頼らざるを得なかったのでしょう? まぁ確かに、事前に相談しなかったのは申し訳ありませんでしたが、治療師を紹介してもらったくらいで、アレスコード様も恩着せがましく言う方ではないと思いますよ?」


エゴーリ 「俺にも貴族の世界での体面というものがあるのだよ! アレスコードの妻を呪い、それがバレて高額の賠償金を払ったなどという醜聞はすぐに知れ渡る。トリオム伯爵家は笑いものだ」


ルチア 「口さがない者達の陰口など気にする必要はないですよ。それとも、私の病気が治るより、貴族のプライドのほうが大事だとでも?」


エゴーリ 「貴族にとっては大切な事なのだ…!」


ルチア 「貴族にとってではなく、あなたにとってはでしょう? でも、貴族同士が戦争でも起こせば、結局、苦しむのは領民なのです。おかしなプライドは捨ててください」


エゴーリ 「領民は貴族を支えるためにいるのだ、領主のために協力するのは当然だろう」


ルチア 「いい加減にして下さい。領民が貴族のために居るのではなく、領民を守るために貴族が居るのですよ? ねぇ、ヴェラさんもそう思いますよね?」


ヴェラ 「え? ええ、まぁ……領民を奴隷のように考えている貴族が治める領地では、領民が可哀想だとは思います」


エゴーリ 「…ふん! 愚かな領民は貴族の指導に従っておればよいのだ。貴族の恥は領民の恥。そのために貴族が戦うとなったら支えるのが領民の義務だ」


ルチア(溜息) 「あなた…、いくら言っても変わらないのね……


…まぁその話はまた後でするといたしましょう。ごめんなさいね、ヴェラさん。お腹が減ったでしょう? 料理を運ばせましょう!」


だが食事を開始することは叶わなかった。その時、執事の制止も聞かず、部屋に押し入ってくる者があったのだ。


『伯爵! お話があります!』


ルチア 「カルツァ…? 何の真似? お客様との晩餐の最中に押し入ってくるなんて! 随分と行儀の悪い事ですね…」


カルツァ 「聞き捨てならない話を聞いて飛んで参ったのです! 伯爵! 外から怪しげな治療師を呼んで奥様を治療させたというのは本当ですか?」


エゴーリ 「ああ? ああ、そこにいる女がその治療師だそうだ」


カルツァ 「お前が…?」


ジロリとヴェラを一瞥するカルツァ。


カルツァ 「私という主治医がありながら、そのような勝手な事をされても困りますぞ!」


ヴェラ (うわまた主治医登場?! テンプレなの、これ?)


エゴーリ 「俺は知らなかったんだよ、ルチアが勝手に呼んだんだ」


カルツァ 「怪しげな治療師に妙な治療をさせて、奥様の病気が悪化したらどうするのです?!」


ルチア 「何を言ってるの? あなた方の治癒魔法では私の病気は悪化してしまったじゃないですか。まったく、酷い目に遭いましたよ…」

 

カルツァ 「そっ、それは…治療のために一時的に! 仕方がなかったのです! ですが! 間もなく、原因が判明しそうな見込みだとサバルーからも報告があったところでして! 原因さえ分かれば、我々でも…」


ルチア 「判明しそうな・・・・見込み・・・、なんて言われてもねぇ。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ルチア 「カルツァ、いい加減にしなさい」


乞うご期待!



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