第600話 ルチアを治療

ランスロットにトリオム伯爵家に送ってもらったヴェラ。


馬車で数日掛かる距離を一瞬で移動してきたわけで、来てくれと頼んだとはいえ、相手にとっては予想よりかなり早い到着であったはずである。だが、『話は聞いている』とばかりに伯爵家の執事はヴェラをすんなりと招き入れてくれた。


交通も通信手段も発達していない世界ではあるが、貴族同士ともなれば、それなりに連絡手段があるのであろう。


ヴェラはルチアの部屋に案内されたが、窓はカーテンが閉められランプが灯されていた。


さっそく問診を始めるヴェラ。


別に夫人は伏せっているというわけではなかったのだが、全身の皮膚に炎症が出ており、特に顔と腕の症状が酷く、醜く爛れてしまっていて、人前に出るのが憚られるという状態で外出を控えていたという。それだけでなく、太陽の光に当たると痛みがあるため、窓も締め切っていたのだとか。


治癒魔法が使える者が治療に当たっているがまったく治らず、むしろ悪化してしまったという状況らしい。


ヴェラ 「奥様…」


ルチア 「ルチアと呼んで」


ヴェラ 「ルチア様。このような症状は、以前にもなったことは?」


ルチア 「こんな風になったのは今回初めてねぇ…」


ヴェラ 「いつ頃から症状が出始めましたか?」


ルチア 「3~4週間前? いえ、そう、行商人があの花を持ってきた時からだから…二ヶ月ほど前かしらね…」


夫人が手を差し向けた先を見ると、部屋の窓辺に鉢植えがひとつ置いてあった。


ヴェラ 「あの花は……!」


ヴェラは頭を抱えた。病気の原因はその花である。それは、人間界では知られていない花であったが、人間でないヴェラはその花についてよく知っていたのだ。


ヴェラ 「奥様、ルチア様……あの花が病気の原因ですわ。あの花の花粉は、アレルギーを起こす人が稀にいるのです」


ルチア 「アレルギー? って何?」


ヴェラ 「簡単に言うと、他の人には毒ではないモノが、その人にとっては毒になってしまうような体質だと思って頂ければ」


ルチア 「私にとってだけ毒になるということ? 確かに、他の者には誰も症状が出ていないけど……本当に? そんな、相手を選べる毒があるの?」


ヴェラ 「いえ、相手を選べるという意味ではなくてですね…症状が出るかどうかは運です。アレルギーは、症状が出ない人にはなかなか理解されにくい病気なので……あの花はどこから?」


ルチア 「あの花は、ミーズからの贈り物だったのだけど…。幸運をもたらす花だから、室内に飾っておくようにって。第二夫人だったミーズが第一夫人の私に気を使ってるのかと思ったけど、甘かったわね…毒を贈るなんて。私を殺して伯爵家を牛耳ろうとでも考えていたのかしら?」


ヴェラ 「分かりません、本当に知らずに持ち込んだだけかも? 必ずアレルギーを発症するとは限りませんから。まぁ、知っていてダメ元で渡した可能性もないとは言えないですが、でも……もしかして奥様は魔法がお得意だったりしませんか?」


ルチア 「ええ、そうよ、私はこれでもガレリア魔法学院を主席で卒業したのよ」


ヴェラ 「だとすると、狙ってやった可能性はありますね。実はその花の花粉は、魔力が強い人ほどアレルギー反応が出やすい傾向があるのです」


ルチア 「魔力が強い人にだけ悪さをする植物があるなんて…初めて聞いたわ」


ヴェラ 「人間の住む領域には咲いてないはずの花なので、知られていないのは仕方がないですわ。ただ、誰かが持ち込んでしまったとなると、いずれ繁殖して、徐々に被害も増えていくかも……」


ルチア 「まぁ、それは大変ね! この情報は魔法学院に知らせても?」


ヴェラ 「もちろん、警告を出した方が良いと思います。あの花も処分してしまわないと…ただ、処分は魔力のない者にさせたほうが良いと思います。魔法では処分できないので…」


そういうとヴェラは小さな火球を鉢植えに向かって放った。火球は花に命中したが、しかし…


火球は火花が散るように四散してしまい、花は無事であった。それを見て目を丸くするルチア。


ヴェラ 「実は、この花が厄介なのは、魔法が効かないところなのです。それどころか、魔法を吸収して成長してしまうのです。花粉でかぶれた場合も、その部分に治癒魔法をかけると、その魔力に反応して活性化して、却って悪化してしまうのです」


ルチア 「まぁ!? 何人も治療師を呼んだけど治らなかったのはそのためだったのね…」


ヴェラ 「その症状によく効く薬草を知っています、それで良くなると思いますわ」


ルチア 「よくご存知ね、さすが、アレスコード夫人の病気を解決した治療師ね! お願いしてよかったわ!」


ヴェラ 「いえ、偶々知っていただけです。私の故郷に多く咲く花なので…」


ルチア 「あら、故郷はどちらなの?」


ヴェラ 「…とても、とても遠くですわ…」


この花は、実は、ケットシーの故郷、人間の住む領域からは遠く離れた、ハイエルフや妖精族が住む国にたまに咲く花だったのである。


魔力を養分として咲くこの花は、人間界ではほとんど見る事がない。しかし、たまたまエルフから入手した人間の商人が、珍しがって人間の生活圏に持ち込んでしまったのだ。


商人はその生態を知らず安易に扱ってしまったのだが、平民や商人にはそれほど魔力が強い者が居なかったため、被害が出なかったのであった。


ヴェラ 「魔力を養分として咲くという特性のためでしょうか、強い魔力を持つ者ほど、激しい炎症を起こしやすい傾向があるのです。ルチア様は強い魔力をお持ちのようですので、そのように悪化してしまったのでしょう」


この花でかぶれてしまった場合、治癒魔法では治療できないのだが、治療薬の調合方法は妖精族の国では割りとメジャーなものでヴェラも知っていた。


薬の材料となる薬草は人間界でも入手が可能なもので、多少苦労はするが伯爵家の伝を使えば数日で入手する事がでるものであった。


すぐに手配してもらい、数日後。ヴェラの調合した薬によって、夫人の皮膚の爛れは治癒したのであった。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


伯爵家の晩餐

ヴェラ 「正直メンドクサイ」


乞うご期待!


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