第599話 成り上がり辺境伯vsプライドの高い老舗伯爵 これは揉めるかも?

セリヌ 「ミーズ様が笑顔の裏でそのような事を考えておられたとは…」


ヴェラ 「ああ、まぁ、女性の場合は、マウント取るのが何より大事というタイプもよく居ますからねぇ…」


カルル 「そ、そういうものか…」


セリヌ 「確かに…ちょっとした事でも気にする女性ひとは居ますけどね。特に貴族の世界では、立ち位置一つとっても上下関係によるマナーがありますしね。私はあまりそういう事は気にしないたちなので、そういうところが疎いのですが、それがいけなかったのかも知れませんね……」




  * * * * *




呪いの実行犯の自供から、アレスコード辺境伯からトリオム伯爵へすぐに抗議が申し入れられた。


だが、相手も伯爵家。その当主の第二夫人の事となると、証人がこちらに居るとは言え、簡単に認めるとは思えない。


それにトリオム伯爵───エゴーリ・トリオムという人物はプライドが高いので有名である。かつてアレスコードが子爵であった時にも、カルルに対して妙に尊大な態度を取っていた。そんなエゴーリが、立場が逆転した事を素直に認めるとも思えない。


だが、妻に危害を加えられたカルルも引く気はない。断固とした姿勢を貫くつもりである。家臣たちも、これは揉めるかもしれないと覚悟したが……


意外にも事態はアッサリ決着する。伯爵家側が第二夫人のミーズを断罪し、厳しく処罰したのである。さらに、アレスコード家に対して文書ではあるが正式な謝罪があり、賠償金まで支払われた上、アレスコード夫人へトリオム伯爵の第一夫人であるルチアから謝罪とお見舞いの手紙まであったのだ。


トリオムの第二夫人ミーズは離縁され、実家に帰され謹慎を命じられた。


ミーズは伯爵家の親戚筋の貴族家の出身である。さすがに伯爵家と深い縁がある貴族家の者を犯罪者として処罰するのは忍びないと、処罰の実行まで一時猶予が与えられたのである。


だが、処罰を免れたわけではない。伯爵家としては、上位貴族であるアレスコード家に対して、簡単に許しては面目が立たない。いずれ機を見てそれなりの厳しい処分が下される予定であり、今は、犯行内容を調査中という事になっているだけである。


ミーズは、余罪も吟味の上、その内容次第では、最悪の場合、殺人未遂犯として処刑か犯罪奴隷堕ちとなる可能性もある。そうでなかったとしても、おそらく貴族の世界では生きていけない処遇が下されるのは間違いないという事であった。


カルルはそれらの報告と、伯爵家からの謝罪・賠償を受け入れ、矛を収めた。家臣からは甘いという意見もあったが、伯爵家に対して貸しを作れたと思って良しとする事にしたのだ。立場が逆転したタイミングで無理に強権発動をすれば禍根を残す事にもなるという判断である。


エゴーリの性格をカルルはよく知っていた。エゴーリとしては、犯人は処罰したし賠償金まで払った、やる事はやったのだから恩に着る必要などはないと思っているだろう。カルルとしても、原の中はどうあれ謝罪されてしまえば、しつこく詰める事もできない。


何にせよ、双方とも、敵対関係になる事は避けたいとは思っているのは確認できたので良しとしたのであった。


セリヌ夫人に呪いを掛けていた実行犯であるアトキンは犯罪奴隷堕ちとなった。辺境伯の夫人に危害を加えたという事実は重く、とくに厳しい扱いの重犯罪奴隷となった。(重犯罪奴隷は、各種薬物や魔法の実験台や鉱山での最も危険なポジションでの仕事、戦争においては敵を足止めするために捨て石として使われるなど、実質死刑と同じ、否、死刑よりも重い扱いである。)






夫人の病気を治せなかった主治医モレムは、事が落ち着いた後、責任をとって引退すると自ら言い出した。


それを聞いたカルルは慌ててモレムを慰留した。アレスコード家の主治医はどうするのか、責任を感じているのなら、その分しっかり働いて責任を果たせとモレムを説得するが、モレムは後任にヴェラを推薦すると言い出した。


カルルとしてもモレムをまだ引退させたくはない。だが、それとは別の話として、ヴェラが来てくれるのならばありがたいとも思ってしまった。そこで、ヴェラに打診してみる事にしたのであった。


今すぐでなくともよい、モレムが引退した後、ヴェラが来てくれるのなら、ありがたい話である。モレムも若くはない。すぐにではないが、遠からず引退の時は来る。長らく主治医を派遣してもらっていたモレムの実家のカーディアス家は離散してしまったため、次の医師を派遣してもらう事もできない。


だが、その誘いをヴェラは断った。


普通、一介の治療師が辺境伯家の専属となれるなど、飛び上がって喜ぶ話である。もちろん、破格の高待遇が約束されている。さらには、ゆくゆくは男爵の爵位も与える用意があるという。


だが、沢山の人の怪我や病気を治したいと思って治療院を始めたヴェラにとって、少数の特権階級の人間の専属になる事に魅力は感じられなかったのである。


ヴェラの返事に対し、アレスコード辺境伯は無理を強いる事はなく、あっさりと引き下がった。貴族の指名を平民が断るなど許せないと怒る貴族も中には居るが、カルルはそのような人間ではない。


ただ……


代わりにというわけではないが、知り合いの貴族に難病を患っている者がいるので診てもらえないか、という打診をヴェラは受けたのであった。


その患者は事情があって外に出られないため、ヴェラに屋敷まで来てほしいという。


診てもらいたいならばトナリ村まで来いというのが基本方針ではあるのだが、出られないと言われれば仕方がない。


主治医の打診を断った事もあり、またランスロットに頼めば移動は簡単である事も辺境伯には知られているため、断る理由もなく、ヴェラはその依頼を引き受けたのであった。


ただ、治療を望んでいる貴族の名前は少々意外であった。依頼をしてきたのは、トリオム伯爵家で、患者は、トリオム伯爵の第一夫人、ルチアだというのだ。



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次回予告


トリオム伯爵夫人の難病


乞うご期待!



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