第594話 魔法の世界では手術も簡単ですね

とりあえずヴェラを応接室へ通したカルル。すぐに夫人であるセリヌも現れたが、挨拶もそこそこに、ヴェラはすぐに診察に入る事にした。


ベッドのある部屋に移動し、夫人に横になってもらい鑑定してみたところ、ヴェラの予感が的中、やはり子宮内膜症であった。


実は、この種の病気は、治癒魔法のあるこの世界でも治療が難しいのである。


レベルさえ高ければ、切断され欠損した身体さえも復元するこの世界の治癒魔法ではあるが、怪我や病気は治せても、異常ではない元々の身体の状態は治せないのである。例えば、後天的に欠損した手足は最上級の治癒魔法を使えば治せるが、生まれつきの欠損の場合、治せない事が多いのだ。


また “妊娠” などの状態も異常ではないので、治癒魔法を掛けても何も起きない。(起きても困るだろう。)子宮内膜症とは、もともと自身の体(子宮内)で生成される内膜が卵巣等別の場所に生成されてしまう状態なので、異常な状態ではあるのだが、モノが本人の体の一部であるため、異常と認識されないのである。


また同様に、いわゆる自己免疫系の病気も治療が難しい。自己免疫システム=自身の自然治癒能力が自身の体を害と学習して攻撃してしまうようなケース(地球でいうところのアレルギーやギラン・バレー症候群など)の場合は、自然治癒力を高める魔法を使うと、免疫細胞が活性化して、その攻撃性を高めてしまう事になり、かえって悪化すらしかねないのである。


子宮内膜症は、誤って発生した内膜を除去してしまえば治る。地球であれば開腹手術が必要となるが、ここは魔法の世界。除去したい部位を転移で切り出してしまえば、体を切り開く必要はない。


リューにやってもらえば簡単なのだが、体の内部構造を事細かに説明して理解させる必要があるのと、内部とはいえ女性の身体を男性リューに細かに見させる事に、患者も抵抗があるだろう。何より、ヴェラが自分で治療できるようになりたかった。そこで、ヴェラはかねてより不死王に相談し、魔道具を作ってもらっていたのだ。


時空魔法を使うための仮面は既に存在していたが、膨大な魔力を必要とするため、事実上、リュー専用であった。もし普通の人間が使おうとすれば、魔力をすべて吸い出されてショック死しかねない。


しかしヴェラは人間ではない、その正体はケットシーである。そのため、人間とは比べ物にならない魔力量を持っており、時空魔法の仮面を使う事も不可能ではなかったのだ。


ただ、おそらく可能であろうと不死王に言われて、一度試しに使ってみたことがあるのだが、ごく短距離の転移は成功したものの、その後は魔力欠乏で2~3日動けない状態になってしまった。死なないだけで、使えるというレベルではなかったのである。


だが、体験してみて分かったことがあった。極小さな物質をごく短い距離だけ移動させるような転移であれば、そこまで膨大な魔力は必要としない。そこに目を付けたヴェラは、手術用の小規模な転移の魔道具ができないか不死王に相談したのだ。


そしてできたのが、治療専用の“マイクロ転移”専用魔法仮面である。(仮面である必要はなかったのだが、リューと不死王とランスロットは仮面がお気に入りなのでその形が最近は多いのであった。)


これは身体の内部の小規模な転移を行う事に特化して調整されており、その分魔力量は少なくて済む。しかも、魔力を充填するための、高効率の魔石を使った外部魔力タンクを繋げる事ができるのだ。これを使えば、自身の魔力は制御用だけで済む。


魔力の充填は、空気中にある魔力を自動的い吸引して行われるので、放置しておけばいずれ満タンになるのだが、容量が大きいため数週間も掛かる。急ぐときはリューに頼めば一瞬である。リューが居なくてもヴェラ自身もかなりの魔力量を持っているので、寝る前に3~4回充填しておけば使えるようになる。


これを使えば身体内部の悪性腫瘍などを取り除く事も可能となるわけだ。


早速、ヴェラはその仮面を装着し、携帯用の小型魔力タンクのケーブルを仮面に接続する。


そして、寝台に寝かせた夫人に痛み止めの麻痺の魔法を掛けた上で、その身体内部を【透視】し、患部を切除。同時に出血部分は焼灼して止血したあと、治癒魔法を掛けて治してしまう。(身体内部透視と極小サイズの火球も仮面に組み込まれた治療用の魔法である。)


治療は数分で終わり、婦人は苦しめられてきた腹痛から解放されたのであった。




  * * * * *




カルル 「治ったのか!」


だが、喜ぶ夫人とカルルの後ろから声がした。


『まだ分かりませんぞ』


カルル 「モレム…。今日は来なくてよいと言ってあったはずだが……?」


モレム 「そうはまいりません! と申し上げたはずですが? 主治医であるこの私が居ながら、どこの馬の骨とも分からない流れ者の治療師に奥様を治療させるなど、一体どんな治療をしたのやら…」


セリヌ(アレスコード婦人) 「でも、痛みは消えたわ…さっきまで張っていたお腹も引っ込んだし」


モレム 「いや、麻痺の魔法を使って痛みを感じなくなっただけでしょう。本当に治ったのかどうか……しばらく様子を見なければ判断できんでしょうな」


ヴェラ 「そうですね。とりあえず痛みの原因は取り除きましたが……いずれまた、再発する可能性がないとは言えません。まぁ当分は大丈夫とは思いますが。とりあえず、しばらくはこれで様子を見て頂ければ…


手術の後処理で治癒魔法を掛けておいたので術痕も問題ないとは思いますが、何かあれば呼んで下さい、すぐに駆けつけますので」


アレスコード 「そうか…助かったよ、ありがとう。とりあえず、これを受け取ってくれ」


ヴェラ(チラとモレムを見ながら) 「治療代は完全に治ったと確認されてからで良いですよ?」


アレスコード 「いや、これは出張代だけだ。わざわざここまで出向いて働いてくれたのだ、タダ働きで帰すわけにもいかない」


ヴェラ 「そうですか、それでは……」


アレスコード 「正式な治療費は、後日改めて払わせてもらう…


…すまんな、ウチの主治医が納得せんのでな」


ヴェラ 「全然、構いません」


そして、ランスロットに亜空間通路を開いてもらってトナリ村へとヴェラは帰っていったのだが……


しかし数日後、再びアレスコード邸にヴェラは呼び出された。婦人の腹痛が再発したのだ。


カルル 「…ヴェラ殿でもダメだったか……」


ヴェラ 「もう一度診せて頂けますか?」


モレム 「もういい、儂の患者にこれ以上手を出さんでくれ…」


ヴェラ 「でも……」


モレム 「安心するがよい。治療後、確かにセリヌ様の病気は良くなっていた。だから別にインチキ治療をしたなどと言うつもりはない。だから後は任せて帰って良いぞ」


ヴェラ 「アレスコード様、セリヌ様に合わせて下さい」


カルル 「……いいだろう、ヴェラ殿、来てくれ。妻を診てやってくれるか」


ヴェラ 「はい!」


モレム 「カルル様…!」


諦め顔で溜息をつき、仕方なくついていくモレムであった。。。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


治しても、後から悪化させる奴がいる?


乞うご期待!



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