第584話 子爵家にアケルの居場所はなかった

アケル 「ヒムクラート様」


ヒムクラート 「アケルか…パガルの事では面倒をかけるな」


アケル 「いえ、他ならぬヒムクラート様のご命令ですから。


商会については急ぎ閉鎖の処理をして、すべて資産は回収するようにします」


ヒムクラート 「商会か……。いや、その必要はないだろう。パガルも平民となったとは言え、食っていくために仕事も必要だろうからな。商会は餞別にくれてやるさ。アケルも引き続き、パガルの世話を頼むぞ」


アケル 「……はい?


あの、私は本家に戻れるのではないのですか?」


ヒムクラート 「すまんが、お前には引き続きパガルの補佐をやってもらいたい」


アケル 「…そんな! もともとこの屋敷の筆頭執事は私だったのですぞ? それを降りたのは、ご子息のために、商会が軌道に乗るまでの期間限定で、という話だったではないですか? そのご子息が平民になった今…」


ヒムクラート 「商会はまだ軌道に乗っておらんだろう?」


アケル 「…! パガル様が平民になった後も、商会が軌道に乗るまでは面倒を見よとおっしゃるのですか?! だいたい、パガル様ももう執事など雇う必要もないでしょう? 給料だって払えなくなるかも知れないのに」


ヒムクラート 「そうならないよう、お前がしっかり支えてやってくれ」


アケル 「そんな、準男爵位の私が? 平民に仕えよと?」


ヒムクラート 「ああ、頼んだぞ」


アケル 「そんな…そうだ、この屋敷はどうなるのです? 私が居なければ…、代理の執事達では行き届かない事も多いでしょう?」


ヒムクラート 「ああ、安心しろ、この屋敷の執事は、今やお前の息子のアミルが筆頭執事として立派に勤めておる、心配はいらんよ。お前の息子にもいずれ準男爵の爵位を与えてやる事を約束しよう。お前も、息子に爵位を世襲できない事を心配しておったじゃないか? 立派な息子を持って幸せだな」


アケル 「それは……そうですが……」


ヒムクラート 「お前の家もこれで安泰だ。お前は心置きなくパガルと商会を盛り上げてやってくれ」


アケル 「そんな……」


納得行かないアケルであったが、息子の事を出されると、それ以上抵抗する事もできず、渋々屋敷を後にするしかないのであった……。




  * * * * *




使用人 「へ、全部ですか?」


アケル 「ああそうだ、全部だ、さっさとしろ」


使用人 「しかし~、荷物を全部箱に荷造りしておけと命じたのはアケル様ですよ?」


アケル 「さっきとは事情が変わったのだ。商会を存続する事になった。だからさっさと荷物を元の場所に戻せ」


使用人 「そんなぁ、そのための人夫も雇って、もうほとんど荷造りは済んでしまっているのに~」


不満タラタラの使用人達を後に、商会長の机に座ったアケル。


アケル 「ふん、まぁいい。今後は俺が商会長だ。平民の下に貴族が仕えるわけにはいかんからな。そして、さっさと商会を軌道に乗せて、本家に帰ってやる。


そうだ、おい、誰か! パガルを呼び戻せ!」


使用人の一人に、街のほうに歩いて行ったパガルを探し出して連れ戻すように命じたアケル。


しかし、使用人はいつまで経っても返ってこない。


夜になってようやく戻ってきた使用人は、しかし一人だけであった。


アケル 「パガルはどうした…?」


使用人 「見つかりませんでした~」


アケル 「なんだと? パガルは行くところなどないはず、街の宿屋にでも泊まってるんじゃないのか?」


使用人 「街のめぼしい宿は片端から覗いてみましたが、みつかりやせんでした」


アケル 「全ての宿を確認したのか?」


使用人 「全ては無理でさぁ、このヒムクラートの街にいったいいくつ宿屋があるとお思いで?」


アケル 「いいから、虱潰しに探せ! 値段の高い宿からだ、贅沢に慣れた貴族の息子だ、どうせ安宿など耐えられんと贅沢しているはずだ」


使用人 「へい、じゃぁ明日もう一度…」


アケル 「今から行け!」


使用人 「いやぁ、もう遅いですし。客が寝てる宿に押し入るのも迷惑ってもんでしょう。あんまり無茶すると商会の信用に関わりますよ?」


アケル 「…ちっ、仕方ない、明日朝一から探せ。使用人全員でだぞ!」


使用人 「へーい、それではオヤスミナサイマセェ」


翌日から使用人総出でパガルを捜索するも、なかなか見つからず。消息が掴めたのは五日後であった。






アケルに商会を追い出された後、パガルはフラフラと街を歩いていたのだが、いつのまにかスラム街に入っていた。オイレン達破落戸ならずものと交流があったパガルは、治安のあまりよくない地域に入るのもあまり抵抗がなかったのだ。


だが、身なりの良い青年がフラフラと力なく歩いていれば、強盗の格好の標的である。いつもはオイレン達が一緒であったため、襲われた事などなかったのだが、案の定、人通りの少ない通りでパガルは強盗に襲われたのだった。


だが、貴族として教育を受けてきたパガルである、それなりに剣術の心得もある。強盗相手に剣を抜き奮闘したパガルは、なんとか強盗達を撃退したのであった。


だが、交戦中に傷を負い、結局スラム街の出口近くまで歩いたところで倒れてしまったのだった。


だが幸運にも、気絶していたパガルは、街に残っていたオイレンの仲間に発見され保護されたのであった。


まだオイレン達が殺された事も、パガルが廃嫡され平民になった事も知らないオイレンの仲間達は、大事なパトロンに死なれては困るとパガルを安全な場所に運び、パガルが持っていた金を使って高価な治療薬を買って怪我を治療した。(そのため、パガルの所持金は大幅に減ってしまったのだが。)


高級な宿から虱潰しに探していた使用人達であったが、どこに行ってもパガルらしき姿は見つからず、中流の宿、安宿と渡って、とうとう最底辺の宿のある地域まで行って、オイレンの部下の知り合いの宿で聞き込みをして、ようやく消息がわかったのであった。


アケル 「…それで、パガルはどうした? 連れ戻せと言っただろう?」


使用人 「パガル様には会えませんでした。もう街には居ないらしいです」


アケル 「なんだと? 一体どこへ向かったのだ?」


使用人 「トナリ村に行くとかなんとか言ってたらしいです」


アケル 「なんだと?! どういうつもりだ? お父上から手を引けと言われたのに、何を考えているのだ?」


使用人 「なんでも、マンドラゴラを手に入れて、名誉挽回すると、オイレンの仲間達を何人か連れて行ったとナラゾギの奴が言ってました。あ、ナラゾギってのはアッシの知り合いなんですがね、オイレンの仲間の一人なんですが、コレがコレだもんで、ついていかなかったらしいっす」


小指を出して腹が膨らんでいるというゼスチャーをしてみせる使用人。


アケル 「そんな余計な情報はいらん! しかしパガルの奴め、熱りが冷めるまでしばらく大人しくしていろと言ったのに、馬鹿なのか? 今度手を出したらどうなるか……


…まぁいいか、パガルが死んでくれたら、さすがに本家に戻る事をヒムクラート様も許してくれるだろうからな」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


リューの家を襲撃したパガル

その運命は…?


乞うご期待!



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