第544話 実家に帰ります

太古の昔、“龍” が居た。


現在地上に居るトカゲ系生物の竜種ではない、高位の龍である。高度な知性と神がかった能力を持っている。それら龍は、世界を創造する時、神が使役した生命体なのである。


その後、地上に生きる知的生物として、ヒト種(人間・獣人・エルフなどの亜人種の総称)が生み出された。そして、ヒト種の世界に干渉するため、龍から竜人種も生み出された。


竜人とは、世界の創成期において、神の使徒として、ヒト種を導く存在であった。つまり、神の巫女のような立場であったのだ。


主に雄の竜人は強い力を持ち物理的に世界に干渉する力が強い。対して雌の竜人は、神の巫女として、神と通じる霊的な感性を持つ役割を担っていた。


竜人族の女は、子供を産むと、その巫女としての霊的な能力が目覚める。


風習に反発し、里を飛び出したエリザベータであったが、出産後、急激にその霊的な感性が目覚めたのである。それは、時間を掛けて少しずつ、エリザベータの心に影響を与えていったのであった。


徐々に感覚が変わっていったエリザベータ。そのうち、竜人の里で嫌だった風習が、すべて正しかったとは言わないが、それほど反発する理由もなかったのではないか、と思うようになった。


それから母エイダの事をよく思い出すようになった。


里の風習には色々と反発していた “変わった子” であったエリザベータであったが、振り返ってみれば、エリザベータはほとんど母に叱られた事がない。エリザベータがどんな突飛な行動をしても、エイダは大きな包容力で優しく受け入れてくれた。(それがエリザベータをワガママな性格にしてしまった部分もあったのだが。)


優しかった母。そんな母を里に残し、わがままでエリザベータは里を飛び出してしまった。それがエリザベータの心残りであったのだ。


そうして、出産後、エリザベータの心は少しずつ、竜人の里へと向いていったのだ。


一方で、リューは竜人の里など知らずに人間の中で生きてきた。そもそも、もともとの魂が人間であり、さらに日本で生きていた時の記憶があるリューである。


リューとエリザベータの価値観は、徐々に乖離が広がり、修復は不可能となっていった。


そして、エライザが9歳になった年のある日、エリザベータは出奔した。


「自分達の事は忘れろ」というような内容の書き置きを残し、娘のエライザを連れて、竜人の里へ帰ってしまったのである。


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ヴェラ 「エリザベータが実家に帰るのは勝手にすればいいけど、エライザを連れ去るのは酷くない? リューにとても懐いていたのに」


だが、リューにはそうするのに気後れする理由があった。その理由をヴェラに打ち明けるリュー。


実は、エライザは、リューの子ではない。二人に血の繋がりはなかったのである。


もちろん、リューはそれを知った上で、エリザベータを受け入れエライザの父親になったのだが……。


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魔法学園での魔薬事件をリューが解決した後、エリザベータは祖父が危篤という知らせを受け、竜人の里に呼び戻されていた。


だが、帰ってみるとそれは嘘であった。幼なじみのリュータが、エリザベータを連れ戻すために嘘の連絡をしたという事であったのだ。


エリザベータは怒ったが、里に帰れば、もう里を出ずに残って子供を生んで育てろと周囲から説得する圧力が強い。今戻るなら、結婚するはずだった中年オヤジではなく、幼なじみのリュータと結婚させてやる、とも…。


母は相変わらず優しく、エリザベータのしたいようにすればよいと言ってくれたが、そんな母が、自分のせいで里の中で肩身の狭い思いをしていると思うと、迷いが出てしまうエリザベータであった。


そうしてしばらく里で暮らしている間、幼なじみのリュータと過ごす時間も多かった。そして、一度だけ、体を許してしまったのだ。リュータもエリザベータを取り戻したいと必死で優しくしていたし、エリザベータも、もともとリュータの事は嫌いではなかったのだ。エリザベータはリュータの懇願に押し切られてしまったのであった。


だが、外の世界を知ってしまったエリザベータは、刺激の少ない里での生活に耐えられず、再び里を飛び出したのだが……、その時既に、リュータとの子供を身籠っていた。それがエライザだったのである。


その後、リューの元へ行き、ともに旅をして、リューとも肉体関係を持つようになり……やがて妊娠が発覚した。エリザベータはもちろんそれはリューとの子だろうと思っていたが、一抹の不安はあった。(リューの父親ムーブに戸惑いを感じていたのはそのためであった。)


実は、リューは不死王から、お腹の子がリューの子ではないという事をこっそり知らされていた。この世界にはDNA鑑定はないが、不死王の高度な【鑑定】に掛かればバレバレである。別に誰の子であろうと不死王にとってはどうでも良い事であったのだが、リューが気にするかもしれないと、一応念のため教えてくれたのだ。


だが結局、問い詰めるまでもなく、エリザベータが自ら、里での事、子供がリューの子ではない可能性もある事ををリューに正直に話してくれた。


それを聞き、リューは、どちらの子供であっても、自分が育てるから問題ないと答えたのだ。そして、リューは生まれた子を自分の子として大事に育ててきたのである。


だが、その溺愛ぶりも、逆にエリザベータの目には奇異に映っていたようだ。


リューとエライザの間には一切血の繋がりがない。にも関わらず、二人の距離が近すぎる。エリザベータはリューが小児性愛者の傾向があるのではないかと疑い始めたのだ。


考えてみれば、リューは他にも孤児を拾って育てている。子供達もリューには懐いている。実際には子供達を育てているのは教会の孤児院で、面倒を見ているのはモリーなのだが、当然子どもたちはリューにも懐いている。怪しいと思い始めると、疑心暗鬼になってしまう。


(もちろんリューに小児性愛の趣味などない。小さい子供は可愛いとは思うが、それは、リューにとっては犬や猫を可愛がるのと対して変わりない感覚に過ぎなかったのであるが。)


エリザベータは、竜人の巫女としての霊感が目覚めた事により、徐々にではあるが、竜人の価値観がより強くなり、“下等な” 人間たちの中で生活している事に違和感を強く感じるようになっていった。


そうなると、リューとの価値観の乖離も強く感じるようになっていく。ましてや、リューは単にこの世界の “人間種” の価値観に染まっているというだけではなく、まったく別の世界の記憶と価値観すらも持っているのだ。価値観のズレは想像以上に大きいのであった。


そして……


エリザベータはこれ以上人間の村で生きるのが苦痛になってしまい、竜人の里へ帰る事を決断したのであった。


そうなると、エライザを置いていく選択肢はなかった。


「人間の村に、ましてや血の繋がりのない男性の元に娘を置いていくなどできない。」


エリザベータの書き置きにそう書かれていた。血の繋がりのない幼女と一緒に寝る風呂に入ったりする男は気持ち悪い。そうまで言われてしまうと、リューも無理に娘を置いて行けとは言えなくなってしまったのであった…。


「離婚の際に、女親が子供を一方的に連れ去るのはおかしい」と怒っていたヴェラであったが、実の子でないと聞くと、強くも言えなくなってしまうのであった。






ヴェラ 「……リュー、大丈夫?」


リュー 「ああ……大丈夫だよ」


大丈夫だよと言いながらも、リューのショックが大きいのは周囲から見ても明らかであった。


エリザベータの事はまぁよい。だが、あれほど溺愛していたエライザがいなくなってしまった事は、リューに多大な喪失感を与えていた。


『パーパ、だっこ!』


散歩に行けば、疲れても居ないのにすぐに抱っこをせがんでくるエライザを思い出す。エライザは抱っこが大好きだった。


わんこのエディと一緒に走り回り、突然エディを枕にして寝落ちしてしまうエライザ。


裏庭のマンドラゴラ達に妙な踊りを教わって踊っていたエライザ。


毎日、一日中、走り回っている可愛いエライザの姿を見ていた。だが、そのエライザはもう居ない……



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


竜人の里に乗り込むリュー

エライザを取り返せ!


乞うご期待!



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