第533話 忘れたとは言わさんぞ?

ちくしょう、なぜ分かった? 俺の【隠形】は完璧だったはずだ。完全に気配は消えていた。足音ひとつ立てずにリューの背後を取っていた。後は心臓を貫いて、間抜けヅラを拝んで終わりのはずだったのに……


…くそ、体が硬直して動かねぇ、息もできねぇ。声を出そうとしてもみっともない呻き声しか出ねぇ。これは、肋骨が折れてるか?


奴が、俺に近づいてくる。まずい! 全魔力を身体強化にまわせ! 俺は回復魔法は使えねぇが、魔力で身体強化をすれば少しは回復力もアップする。


だが、奴は俺のところまで来ると、いきなり顎を蹴り上げやがった。倒れて動けねぇ人間をさらに蹴るとか、人間のやることかよ!


「ヤッチマ。ミムルで薬草採りやってた頃、お前に何度も酷い目に遭わされた事、忘れてはいないぞ?」


どうやら奴は、俺を簡単には殺さないつもりらしい。復讐するつもりか? 昔の事をいつまでも、小せぇ野郎だ。


「あの頃街に居た、俺に酷い事をした冒険者達がどうなったか知ってるか? 全員、再教育してやったよ。本気の反省が見られた奴は生かしておいてやったが、それ以外の奴らは……


もちろん、簡単に殺してなどやらんよ? たっぷりと再教育した上で、それでも反省の見込みがない奴は、地獄へ行ってもらった」


もう少し……なんとか時間を稼ぐんだ…


「ヨ…ルマ達と……、連絡が、取れなくなったのは、まさか、お前の、仕業だったと言うのか……」


「さぁな、どうだろうな?」


すると、奴は何かを思い出したように後ろを振り返った。モズ達の様子を確認したようだ。


敵を前に余所見かよ、馬鹿め!


奴が見せたその一瞬の隙、そんなの見逃す事ができるか? いいやできるはずがない!


俺は、ようやく動けるようになってきた体に鞭を打ち、一気に立ち上がって短剣を抜いて奴の背中目掛けて突き立てた。


【隠形】のスキルを持つ俺は優秀な暗殺者でもあるのだ。狙うのは心臓、最短距離で急所を突く。それで作業は終わる、簡単なお仕事だ。そうやって俺は何人もの人間を始末してきたんだ。


だが、俺の短剣が奴に到達する前に奴が振り返る。同時に薄暗いの森の中に光が走った。


一瞬の後、焼けるような激しい痛みが腕に走る。足元には俺の右腕が落ちていた。


見れば奴は手に光る棒を持っている。それで俺の腕を切り落としたのか! 


さらに奴が踏み込んできた。まずい! なんとかしなければ! 


だが、もう剣も盾も何も持っていない。逃げるしかない。咄嗟に足を使って距離を取ろうとしたが、まだ体が完全ではなく、足がもつれ、俺は尻もちをついちまった。


そして、恐怖で闇雲に突き出した俺の残った左の腕も、奴の光る剣?に斬り飛ばされてしまった。


「これで冒険者はもう続けられないな」


奴が言う。


確かに、両腕を失っては冒険者どころか、生きていくのも難しいだろう。俺の人生もここまでか。どこか冷静に分析している自分が居た。


『おい、やべぇぞ…』


モズの声が聞こえてきた。


『ヤッチマがやられるなんて』


『逃げろ~!』


アイツら、逃げ出したらしい。薄情な連中だ。だが、まぁ、Aランクの俺が敵わなかった相手だ。アイツラでは手も足も出ないだろうからな。正しい判断とも言える。


「仲間に簡単に見捨てられたな……斬られた腕を持ち帰って治療すれば治る可能性もあるだろうに」


ちくしょう。確かに持ち帰れば治療は不可能ではないが、腕を繋げられるような上級ポーション、一体いくら掛かると思ってやがる。


斬られた腕が激しく痛む。だが傷口を見ると出血はしていない。高熱で傷口が焼かれているのか。なるほど、炎系の魔法を纏った剣を使えば、出血を抑えながら斬る事ができるというわけか。これなら、手足を斬り落とされても死ぬ事はねぇ。つまり…


生きたまま動けなくされて、拷問を受ける可能性があるという事だ……


…なんて酷ぇ事を考えつきやがる。急に恐怖心が湧き上がってきて、胃が喉から出そうな感覚を覚えた。


奴は逃げたモズ達のほうを眺めいていた。追うかどうか迷っていたようだが…


「……さすが、やるね」


奴はそう呟き、振り返って俺を見た。


「くっ……殺せ…!」


「いいや、簡単には殺さん」


やはり! 奴は殺さずに俺を嬲るつもりか!


「ドラゴンクロウを使わず、わざわざ光剣を使ったのは簡単に殺さないためだ。俺のドラゴンクロウは精度が未熟イマイチなんで、相手がバラバラに弾け飛んでしまうからな」


再び奴の手の中に光の剣が現れ、今度は俺の足を切り落としやがった!


「この人でなし! 俺を嬲り殺しにするつもりか! ひと思いに殺せ!」


「お前…、俺に何をしたのか、忘れたとは言わさんぞ?」


まずい、まずい……


あの頃、リューは(魔力がほとんどなかったため)魔抜けと嘲られ、街の冒険者達によく虐められていた。時には死んでもおかしくないような事さえもされてたようだ。


もちろん、俺もやった事がある。


しかたねぇだろ、俺は、あの日、討伐クエストに失敗してしまい、装備もアイテムも失い、ボロボロになって街に帰る途中だったんだ。むしゃくしゃしてたんだよ。


そんなとき、森の中で薬草を採取しているリューと遭遇しちまったんだ。


丁度いい、コイツで憂さ晴らししてやれと思った俺は、何事もなくすれ違ったように見せかけた後、【隠形】を使って戻り、背後から頭を思い切り殴りつけてやったのさ。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


頼む、殺るならひと思いに!


乞うご期待!



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