第496話 エリザベータ

通称はレイア。


フルネームはエリザベータ・マグダレイアという。


ファーストネームを知らず、姓がマグダ、名がレイア(あるいは姓がレイア、名がマグダ)だと思っている者も結構居るのだが、特に訂正する気はない。


ファーストネームのエリザベータ、またはその略称のリーザやリズと呼ぶ事を許されるのは、かなり親しくなった者だけである。


(ベアトリーチェは親友なのでプライベートではリーザ・リーチェと呼びあう仲なのだが、学園内の人前ではあまり呼ばないようにしているのであった。)


エリザベータは竜人の里で生まれ育った竜人族である。


竜人族は、基本、外界と交わらない。特に女は、里を出ず、成人したならば、後は子作り・子育てに専念することが当たり前という風潮があった。


竜人族の女は15歳で成人するが、成人の式はそのまま竜人の里の女達の結婚式でもあるのだ。竜人の里の娘達は、成人と同時にそのまま決められた相手と子作りに入るのである。


エリザベータにも、生まれた時から番の相手が決められていたのだが……


エリザベータは15歳になったとき、その風習を拒否し、里を飛び出したのだ。


なにせ、エリザベータに割当られたのは、既に十人も妻が居るハゲデブの中年のオッサンだったのである。


竜人族は女性の生まれる率が高いので、必然的に一夫多妻になる。中年・壮年の男達が、女の子が生まれた時点で誰が貰うか決めているのである。


竜人族は赤ん坊から一五歳程度までは急激に成長し、その後は変化が非常に緩やかになる。その後の寿命は非常に長く、そのため竜人族は気が長い。赤ん坊の時に誰が娶るか決めてしまっても問題ない。


出生率が非常に低い竜人族にとっては、子供を作るためには努力が必要なのだ。



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※竜人の寿命はおよそ五千年~一万年と言われている。竜人ではない本物の龍(竜種の上位種)であれば、それ以上長く生きるらしい。


長命な生物の寿命というのは、短命な生物が客観的に測る事は難しいのであるが、唯一、この世界で誰よりも長く生きている不死王という存在が居たため、リューは龍が一万年以上生きるらしいという話を聞いていた。ただし、個体数が少なく、個々の事情(病気や怪我など)の影響が排除しきれないので、本当の意味での種としての寿命は、サンプル数が少なすぎてはっきりとは言えないらしい。


時間を操る能力スキルがあったリューであれば、不死王と同様に永劫の時を生きる事も可能であると、不死王はリューに言っていた。リューとしては、すぐに死ぬつもりはないが、不死王のように星の寿命を観察するような生き方をする事は考えていないのであったが。

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エリザベータの相手は、よりによって性格が一番悪いと評判の、底意地の悪い男だった。竜人族の男は、基本的には優しい性格の者が多いのだが、たまにそんな者も生まれる。長い人生に退屈し、他者に意地悪をしたり甚振ったりする事で楽しむような趣味を持つものが居るのだ。その男の妻になった女達は、いつもからだのどこかに傷があった。おそらく、その男の趣味なのだろう。


それを知っていたため、エリザベータの母もエリザベータが里を出ると言った時、反対はしなかった。


エリザベータもせめて、幼馴染のリュータが相手だったら里に残る気にもなったかも知れないが……リュータは来年成人を迎えるため、まだ嫁を取る事ができなかったのだ。


そもそも、女が里の外に出てはいけないというのはあくまで風習であって、強制的な決まりがあるわけではない。(成人と同時に結婚して子供を作るというのも風習であって、強制ではない。)


保守的な者が多く、考え直せと説得はされたが、エリザベータは思い切って竜人の里を出たのであった。


    ・

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『外界には下等な生き物しか居ない』

『高級な魂である竜人族は、それら下の者と安易に交わってはならない』


エリザベータを始めとする里の子供達は、そう言われて育ってきた。そして、それは竜人族の奢りというわけでもなく、事実であった。


竜人族(あるいは竜族)は、神と通じ、神のために働く巫女の一族であったのだ。神のお告げを聞き、神の命によって世界に働きかける天使のような存在。それが、この世界における竜人族の役割であったのだ。


過去には、神のお告げに従い、神の使いの調整者として、竜人が外界に出て行って人々を導いたり(あるいは滅ぼしたり)した事もあった。


ただし、ここ数千年はそれもなくなっていた。神に見捨てられしこの世界の竜人族は、里に閉じこもり、やがて静かに消え去る運命だったのである。


だが、それが嫌で、世界を見てみたくて、エリザベータは里を飛び出した。


そして見た外の世界は……


…たしかに下等な生物ばかりであった。


知能の低い魔物はまだ良い。


知能がある人間族や亜人族、魔族もまた、クズばかりであった。なにせ、若く美しい女が一人でふらついていれば、すぐに襲ってくるのである。


(竜人であるエリザベータを襲ったところで、すべて返り討ちにされてしまうだけであったが。)


そんな者達は、エリザベータにとっては魔物と大差ない存在にしか見えない。


エリザベータは不信感を募らせていった。


結局、里を飛び出したところで、何も良いことはなかったと、諦めの境地になりつつあったのだ。


それでも、里に戻る気にもなれず、そのまま旅を続けていたエリザベータだったが、ある日、森で盗賊に襲われていたベアトリーチェ達の馬車を発見し、それを助けたのである。


そして、ベアトリーチェとすっかり意気投合したエリザベータは、そのままベアトリーチェの護衛としてユキーデス伯爵に雇われる事を承諾したのであった。


エリザベータにとって、ベアトリーチェは、初めてできた竜人以外の友人であったのだ。



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次回予告


ベアトリーチェ 「ほら、レイア、こういう時こそ女の武器を使って…」


リュー 「女の涙には騙されんと言ったろう?」


乞うご期待!



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