第490話 失踪事件
多くの学校や訓練校、訓練所が集まっている学園都市ユーフォニア。その中にある、貴族の子女が通うガレリア魔法学園。
その学園内で、ここ数ヶ月、生徒が “失踪” する事例が多くなっており、問題になっていた。
姿を消した生徒は、成績が良くなかった者が多く、またほとんどのケースで “書き置き” が残されていた。内容は、家出や駆け落ち、中には遺書めいた内容のものもあった。
最初は、書き置きに書いてある通りだと教師達も信じて疑わなかった。失踪した生徒達は成績が振るわない事を苦に(何人かはその他の理由で)、自ら出奔したのであろうと思われていたのである。
そういう事例は多くはないが時々はある事だったからである。
そういう場合は、察してあえて探す事はせず放置しておく事が多かった。貴族家も、家を継ぐ可能性のないお荷物の無能な者が野に下ったところで、特に何も言ってくる事はなく、黙認となる事が多いのであった。
だが、そのような事は、これまではあっても数年に一度程度の事であったのだ。それが、わずか数ヶ月の間にあまりにも多く発生したため、学園も調査を開始せざるを得なくなったのだ。
失踪した生徒のほとんどは下級貴族の者で、それも家を継ぐ可能性のほとんどない末弟的な立場の者が多かった。
成績が悪く、卒業後の進路にも困るような者ばかりであったため、親である貴族家も、学園の管理体制に対して多少苦言を述べる事はあったものの、その後の対応(捜索)も学園任せで、実家の貴族が本腰を入れて動くという事はほとんどなかった。
跡継ぎ争いが常である貴族の家などそんなもの、能力がない者は冷たく切り捨てられていくだけなのである。
とは言え、学園側も教師・職員達に通常業務の傍ら調査・捜索させるのにも限界があった。そこで、学園長は街の警備隊に(あくまで内密にという条件ではあるが)、調査協力を依頼した。
そして派遣されてきたのがタロールである。
街の警備隊に勤務していたタロールは、バイロン男爵家の四男であったが、失踪した生徒の名簿の中にバイロン家の末弟シャロールの名があり、驚いた。
実は、生徒が失踪し始める少し前、街でも失踪者の報告が何件も上がっており、警備隊のタロールが、半ば押し付けられるように一人でその調査を担当させられていた。
街の失踪事件はスラム街を中心に起きており、姿を消しても騒ぐ家族が居ないような者が多かった。
場所がスラム街なので報告が上がっていないケースも多く、実際には報告以上に被害が出ている可能性があったが、一般の町民や貴族に被害が出ていなかった事もあり、警備隊としても本格的に捜査に乗り出す事はせず、末端の騎士一人に任せていた状態であった。
そんな時、学園での生徒の失踪事件を聞き、街の失踪事件との関連性をタロールは想起する。しかもその中には自分の弟も含まれているとの事。
タロールは弟とは仲が良かった。その弟が失踪したというのにも、違和感を覚えた。シャロールがそんな事をするとは思えなかったのだ。
タロールは、街の失踪事件との関連性を疑い、自ら捜査をさせてほしいと上司に訴えたのであった。ちょうど学園側からも捜査協力の依頼が警備隊に来ていた事もあり、タロールの学園への派遣はあっさり許可されたのであった。
そんなわけで学園に乗り込み、非公式ではあるが調査を開始したタロール。
タロールもまたこの学園の卒業生であったため、学園の内部にも詳しかった。しかも、タロール自身があまり優秀とは言えない側の生徒であったため、底辺の生徒達の状況にも詳しく、調査にはうってつけであった。
この学園は、成績順にクラス分けがなされている。成績が一番良い生徒が集められているのがAクラス、逆に、一番成績が悪い生徒が集められるのがZクラスである。
この学園は、成績が悪くとも退学という事はない。そのため、落ちこぼれの生徒はZクラスに行き、そのまま卒業を待つ事になる。
タロールの弟シャロールもまたZクラスの生徒であった。だが、シャロールの実家である男爵家では、成績が悪い事を責めたりはしなかった。
タロール自身も勉強は苦手で、Zまでは落ちなかったものの、それに近いところをウロウロしていた身だったから人の事は言えないのである。
そもそも、男爵の爵位は当代限りで世襲できない。子供達は親が死ねば平民となる。貴族の学校を出たところであまり意味はない。それでも、教養のためと、親心で子供達を学校に通わせてくれただけなのだ。バイロン男爵には出世欲はなく、貴族として家を残そうなどとは考えていなかった。自分の代が終われば平民として生きていく、そのための術を身につけるよう子供達にも言い聞かせていたのだ。もちろん、子供達が爵位を得る事を目標にするならばそれを止める気もなかったが、子供達も皆平民で良いと思っており、商人を目指して、学園では貴族達の子女を将来の顧客にできないかと努力していたのであった。
タロールについては、たままた剣の才能が少しあり、それを生かして警備隊に就職する事ができたのであった。
警備隊に入隊した者は全員、入隊した時点で準騎士爵が貰える。功績を積めば正式に騎士爵を貰える可能性もある。
失踪した末の弟シャロールは、あまり頭は良くなく、文官を目指すのは無理であった。商才もなかった。さりとて剣の才能もなかった。
ただ、植物が好きで、将来は農業をやりたいと言っていたので、Zクラスに所属しながら農業の勉強を独自にしていたはずである。成績が悪い事を理由に失踪するなどあり得ない。
タロールは、まずは、失踪した生徒達の資料を精査した。
失踪したのは、最初のうちはZクラスの生徒ばかりであった。だが、その後、もう少しランクが上のクラスの生徒からも失踪者が出始めたようだ。
書き置きもあり、素直にそれを信じるならば、全員成績を苦にしての出奔という事になるが……、実際に成績を確認してみたところ、タロールはおかしな事に気づいた。
学園では期ごとに年六回試験がある。試験前に失踪した生徒は分からないが、試験後に失踪した生徒ならば前後の成績の比較が可能であった。そして、比較ができた生徒達は全員、前の期のテストに比べて、明らかに成績が上がっていたのだ。
成績が上がっているのなら希望はあったはず。それを苦にして自殺というのは、妙である。
それと、もう一つ気になったのは、失踪した生徒達が残したという書き置きや遺書である。
すべて生徒直筆である。それは試験の回答の筆跡と見比べても明らかである。また、それぞれの生徒の個人的な事情や情報が書かれている事も多く、他人が書いたものとは思えない。
だが、どれも文章が微妙に破綻気味なのである。なにか、焦って書いたか、精神が混乱気味であるかのような……
まぁ、タロールも文才はなく、どちらかというと脳筋と言われるような人種である。それに、自殺や蒸発する直前の人間の心理など想像がつかないので、そんなものか、とも思うのであったが。
また、謎なのは、失踪した生徒は全員、こつ然と消えてしまっている事である。誰一人として、痕跡が残っていないのだ。
学園から出て街を出ていったのなら、どこかしらで目撃情報などがありそうなものだが、街の出入りの記録からは、あやしい情報は発見できなかった。
さらに、自殺したなら遺体がのこっていそうなものだが、それもまったく見つからないのである。
魔物が闊歩する街の外の森の中などであれば、遺体が見つからない事も多いが、そうなら少なくとも、街から出ていった記録はあるはずである。
ダンジョンの中などに転移トラップがある事はあるが、魔法としてそれを活用できる人間は現在はほとんど居ない。転移魔法は失われた魔法技術と言われているのである。
タロールは、失踪した生徒達は(生きているか死んでいるかは別として)まだ学園の中に居る、学園から出ていないのではないかと考えた。
そう考えると、やはり怪しいのは建て替え予定となっている、不良生徒達のたまり場となっているという西棟の旧校舎である。
当然、タロールは西棟の旧校舎に調査に行ったが……
しかし結局、何も発見できなかったのであった。
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次回予告
伯爵の娘、ベアトリーチェ登場
乞うご期待!
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