第469話 沼は深いのです
ライーダの記憶をそれ以上漁ってもライオネルについての情報は得られそうにないので、ワルグ男爵家のほうから探ってみる事にする。
ワルグ男爵家の場所は、ライーダの記憶から容易に辿れる。と言っても、なんとなく曖昧な位置関係の記憶しかなかったが。地球と違って詳細な地図が普及しているわけでもなく。(戦略的な理由から地図自体が国によって管理されていて一般には普及していない。)ライーダ自身も、馬車に乗って移動してきているので、道中の経路を明確には憶えていないのである。
ただ、なんとなくの場所が分かったので、宰相から褒美に貰った王国の詳細な地図をテーブルに出して、ライーダの記憶と照らし合わせてみると場所はすぐに分かった。
再び、神眼を使って視点を飛ばすリュー。
視点は王都を見下ろすように上空へ登っていき、地図と見比べながら、該当の方向へと辿っていく。やがてすぐに、ワルグ男爵の領地へと辿り着く。ごく小さな領地であったので、一瞬見逃しそうになったが、なんとか発見できた。
ワルグ男爵の屋敷の中を覗く。しかし、ワルグ男爵は不在のようであった。こうなると、ワルグ男爵を探すのは困難になってしまう。(当てもなく街中を移動して
仕方なく屋敷の中の別の人間を探る事にした。幸い、ワルグ男爵夫人、つまりライーダの母親と思われる人物を発見できた。
母親がどれだけの情報を知っているかは賭けであったが、どうやら当たりであった。ライオネル子爵を知っていたのだ。
母親の名前はラミーア。
リューはラミーアの心の中を探り始める。だが、ラミーアの心の中は、オヤツのクッキーの事で頭が一杯であった……。
リュー (いいから他の事を、主にライーダやライオネルの事を考えてくれると楽なんだが……)
仕方なくリューは、ラミーアの記憶の沼に飛び込み、深く潜って行かざるを得なかった。(人の記憶の奥深くに侵入するのは、汚く淀んだ沼に飛び込んで深く潜るような感覚がして、リューはあまり好きになれないのであったが仕方がない。)
ラミーアの記憶の沼の中で、情報を
ライオネルの情報についてはラミーアもそれほど多くは持っていなかったが、ライオネルとの会合はワルグ男爵だけでなく、ラミーア夫人も同席していたようで、ライオネルがワルグ男爵に色々と入れ知恵をして唆していた様子は分かった。
予想通り、ユキーデス伯爵との縁談をワルグ男爵に持ち込んだのはライオネルであったようだ。
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リューはここまででかなり疲労してしまったので、神眼を使っての捜査を一旦終了する事にした。
肉体的な疲労ではない、精神的なものである。神眼を使って人の記憶を漁る作業というのは、なかなかに精神的に
どんな人間も、心の深層部、そこには闇を抱えている。しかもそれは今生だけではない、過去に生きた幾度もの人生の記憶までも含まれているのだ。それは魂の記憶とも言える。そして、そのような心の最深層領域には、誰しもが深い深い闇を抱えているものなのである。
リューが今必要としているのは今回の人生での記憶だけなので、そんな最深奥部にまで踏み込む事はないのだが、それでも、深く心を読むほどに、その奥に潜む闇の影響を受ける。それが、リューの心を疲労させるのである。
もし相手が、この世に初めて生まれた者ならば、心の奥に闇などない。いや、ない事はないだろうが、それほど深くはない。だが、皆、何度も生まれ変わっている。中には世界を超えて生まれ変わっているような者さえ居る。
それら過去の人生において、ほとんどの人間が、何らかの形で人を殺した経験がある。犯した罪に、深い深い後悔の念を抱えている者も居る。自分の過失で愛するものを殺してしまったような者もいる。そのような、激しい憎しみや怒り、悲しいなどの負の感情が、魂の歴史の中には眠っているのである。
そしてその闇は、生まれ変わりの回数が多いほどに濃縮され、沼の水は濃く、重くなっていくのである。
リューが別の世界からこの世界に転生したように、実は世界はひとつではない。世界は無数にあり、その中でもリューが今いるこの世界は、かなり老いた古い世界である。神に見捨てられつつあるほど、末期的な世界なのである。そのような世界では、始めて生まれるような魂など居るわけがない。全員が、何十回どころか何百回も生まれ変わった魂ばかりなのだ。
そんな者達が心の奥に抱える闇は恐ろしく深い。(この世界に、歪んだ性格の人間が多いのは、その深い闇の影響もあるのかも知れない。)
そんなものを、神ならぬ、凡庸な人間であるリューの精神が受け止めきれるものではないのだ。人の心の深い部分を読むほどに、リューの精神は削られ疲労していくのである。
リューが、あまり人の心を読まないようにしているのは、それを無意識のうちに感じ取っているからなのであった。
リューには竜人の体力と魔力生成による無限の魔力があるが、精神力はただの人間のままなのだ。神のように無限の情報を無感情で処理できるわけではないのであった。
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次回予告
ライーダの逢引を
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