第468話 ライーダ

伯爵 「…キース、すまないが、口を挟まないでくれるか?」


執事キース 「は! これは申し訳有りません、差し出がましい事を……」


伯爵 「…お前達が私のためを思って言ってくれているのは分かっている、感謝している。だが、お前達の知らない事情もあるのだ」


執事 「御意に」


リュー 「事情?」


伯爵 「ああ……事は、単なる浮気話として妻を断罪すれば済むという言う話もないようでな。少しだけ事情を明かせば、ライーダの背後には、色々と入れ知恵をして手を貸している貴族が居る…ようだ。それが誰なのか、どんな背後関係があるのかを調べて欲しい」


リュー 「居るようだって、伯爵の諜報部隊とやらが既に掴んでいるんじゃないのか? …なるほど、俺を試したいということか」


伯爵 「…すまん。我が家の諜報部隊の者が納得しておらんのだよ。察しの通り、諜報部でも既にある程度の情報は掴んできているが、連中は君が調べてきた情報を見て、君の実力を測りたいと考えているのだろう。


君にとっては気に入らないだろうが……


エド王の紹介だ、もちろん私は君を信じているがな。


それに、私は少し期待しているところもあるのだ。君なら、まだ諜報部が掴んでいない情報も掴めるのではないか、とね。


それに、双方の情報を突き合わせてみれば、また新しい事実が判明するかも知れない。


だが、どうしても気に入らないというのなら断ってくれてもいい。それで君に不利益になるような事はなにもしない」


伯爵が何も嘘をついていない事はリューにも確認できた。伯爵は正直に気持ちを語っている。


試されているというのは少々気に入らない気もしないでもないのが…


しかしよく考えれば、自分はまだ駆け出しの探偵である。依頼だってこれがふたつ目なのだ。諜報活動にしても、能力と自信はあるが、経験があるわけでもない。調査活動について自信があるなどとは、正直、リュー自身も言える状態ではないのであった。


そんな我が身を振り返れば、相手が自分を信用していないのも当然だとリューにも思えた。


リュー 「そうだな、試してみて、正当に評価してもらったほうが俺もありがたい。もし使えないと分かったら……、過大評価されても俺も困るしな」


伯爵 「それでは、妻に会って話してみるかね? 調査している事は現時点では秘密にしておいてもらいたいが。他に妻について知りたい情報などあれば…」


リュー 「いや、今は必要ない、調査は勝手にやらせてもらう……後で必要になったらまた質問しに来るかも知れないから、その時に答えてくれればよい。


もちろん、調査している事は知られないようするから安心してくれ」


伯爵 「必要ない? 何もか? …エド王が言った通り、腕は良さそうだな」


リュー 「どうかな、俺にもまだ分からんさ」




  * * * * *




依頼を受ける事にしたリューは、早速調査に入る。


と言っても、やった事はまずは、事務所に戻って自分の椅子に座る事だったのだが。


椅子に深く座り、次元障壁を周囲に張り巡らせて邪魔者が入らないようにした後、目を閉じたリューは神眼を発動する。


リューの心の眼が一瞬にして街を移動し、伯爵の屋敷へと移動する。


そして屋敷の中にライーダを見つけると、その心の中へとダイブする。


今回は、心の表層だけではなく、心の奥深くまで潜り込んでいく必要がある。


心の表面に思い浮かべている事は即座に読み取れるが、記憶の奥深くを探っていくのは、実はなかなかにシンドイのであった。


なにせ、その人間のそれまで生きてきた膨大な記憶を、片端から読み取って辻褄を合わせてつなげていく必要があるからである。


一つの記憶は、関連した記憶へと繋がっているが、索引も時系列もなく、連想ゲームの迷宮を彷徨う事になるのである。


人の記憶には深さがある。その人間にとってより重要度の高い記憶、頻繁に呼び出される記憶は浅い部分にあり、滅多に思い出されない記憶は深い部分に沈んでいく。


キーワードを外から与えて、それについて表層に何を思い浮かべるかを読み取ってしまうほうが情報収集は楽なのだが、ライーダについては、調査中である事を知られないために、うかつな質問はできない。そこで、直接心の深層を覗いてしまう事にしたのだ。


すぐにライーダの浮気相手は分かった。それはライオネルという男だった。もちろん貴族で、爵位は子爵。まだ若いが、カブワール子爵家の当主らしい。


年の頃は25~30歳くらいか。なかなかのハンサムで、所作も洗練されているようだ。(あくまでライーダの心象である。)


ただ、ライオネルについてはそれ以上詳しい事は分からなかった。


あくまでライーダの記憶なので、ライーダの知らない事までは分からないのである。


どこに住んでいるのか、どこに領地があるのかなど、ライーダはライオネルについての詳しい情報をほとんど知らなかったのだ。


リュー (案外、浮気相手など、そんなものなのかも知れないな…。相手の事をよく知らない表面的な付き合いだからこそ成り立つんだろう。背徳感があるシチュエーションが、相手をより魅力的に感じさせるスパイスであって、相手の性格や生活臭が見えてくるほど萎えていくんだろうな…)


仕方がないので、ライーダについての情報をもう少し掘り下げてみる。


ライーダ自身の生い立ちや情報は、当然、ライーダの記憶の中でかなり多くの部分を占めているので、適当ランダムに記憶を漁っていてもすぐに関連情報に行き着く事ができる。


ライーダはワルグ男爵家の出身らしい。


父親であるワルグ男爵からは、伯爵に気に入られるようにしなさい、子供も早く作りなさい、そして、伯爵家からできるだけたくさんの援助を引き出すようにしなさいと命じられて来たようだ。ワック男爵は伯爵の後ろ盾を得て出世するのが目的でこの縁談を持ちかけたようだ。


ライーダも親に言われただけで、自分からこの結婚を自ら望んだわけではないが、特に恋愛について純真な思いなどもなく、家のため出世のためと割り切って伯爵家に嫁いで来たようだ。


ただ、親より年齢が上のユキーデス伯爵と肉体関係を持つ事にはさすがに抵抗があったようだ。


だが、それは最初だけで、意外にも今はそれほど嫌悪感を抱いてはいないようだ。


リュー (へぇ。伯爵は、ゲームに勝ちつつあるのかな? このまま行けばあるいは……? まぁ、余計な口出しはしないほうがいいか)



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


凡人の脳には神眼は疲れるのです…


乞うご期待!



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