第441話 じゃぁ始めようか

リューは模擬剣を拾うと、縦に横にと大きな風切り音をさせながら素振りをして見せる。


リュー 「俺と戦いたいなら、まずはコレを、最低でも持ち上げてみせてくれないと…」


実は本当は、リューも竜人レベルを10以上に上げないと1トンの剣を高速自在に振り回す事などできないのであるが。


ただ、ここは魔族や魔物が居る不思議世界である。中にはこの剣を振れる存在が居てもおかしくはない。例えば奴隷ギルドの戦闘奴隷だった鬼人系亜人のゼヒロだったら持ち上げる事くらいは余裕なのではなかろうか。


とは言え、ただの人間種の筋力では無理だろう。だが、人間であっても方法がないわけでもない。ここは魔力・魔法が存在する不思議世界なのだから。


再び床に剣を突き立てるリュー。


リュー 「ちょっと意地悪だったかな。ヒントを出そうか、身体強化魔法を使ってもいい、というか使わないと無理に決まってるだろ。誰か、強化魔法が得意な者が居たらチャレンジしてみないか?」


ギャラリーの冒険者達に向かってリューが声を掛けると、一人、好奇心の強そうな男が出てきて、挑戦してみた。ただ、一応、身体強化を掛けてはいるようなのだが、効果は弱く、四苦八苦しても抜くができなかった。


それを見て、他の冒険者達も集まってきて、皆でワイワイと剣を持ちあげようとし始める。身体強化が使えない者も興味本位でチャレンジしているようだが、当然ビクともしない。


だが、大勢で弄くり回しているうち、突き刺した床の穴が緩み、剣が倒れてしまった。そして、床に倒れて微妙にめり込んだ状態の模擬剣は、余計に持ち上げにくくなってしまうのであった。


トーゴ 「おい、ガフ! お前は身体強化も得意だったろうが。もう一度やってみろよ、今度は全力強化フルパワー状態でな」


ガフ 「あ、ああ……」


ガフリッケは呪文を詠唱し、自分に強化魔法を掛ける。……ただ、詠唱が妙に長かった。なるほど、おそらく強化魔法を普段は使わないのだろう。そんな長々と詠唱が必要だと、実戦では使えないのだろう。


リューはその間に倒れた剣を拾い、もう一度床に突き立て直してやった。


詠唱を終えたガフリッケが剣に挑む。すると……


見事、剣を抜く事に成功した。


冒険者達から歓声があがる。


1トンもの棒状の金属を、端部を持って持ち上げるのは容易な事ではない。身体強化されたガフリッケの筋力は、おそらく竜人レベル2と同等くらいには到達しているかも知れない。ガフリッケの強化魔法はなかなかのものと言える。


しかし、ガフはなんとか剣を抜いたものの、持ち上げて構えるところまでは至らない。なにせ、自分の体重の十倍もの重量があるのである。たとえ筋肉や骨がその重量を持ち上げられるほど魔法で強化されたとしても、体軸から離れた場所でその重量を保持しようとすれば、バランスが保てず体勢が崩れてしまうのである。(リューは体重を増やす重力魔法をナチュラルに使えているのでレベルアップしたパワーを活かす事ができているのである。)


なんとか体軸に沿って担ぐように頭上まで持ち上げたがガフリッケであったが、結局支えきれなくなり、後に倒れてしまった。床に突き刺ささる模擬剣。倒れた先に誰も居なくてよかった。


ガフ 「ふはっ、これは、無理だろ……」


リュー 「いやいや凄いな、大したものだと思うぞ。じゃぁ、条件をクリアした事だし、(模擬戦を)始めようか? もちろん身体強化を使っていいぞ、詠唱が終わるまで待ってやる。武器はどれを使う?」


ガフ 「……参った」


リュー 「…?」


ガフがいきなり床に手をついて言った。


ガフ 「参りました!」


リュー 「参ったって、まだ何もしてないじゃないか。エランクの化けの皮を剥がすんじゃなかったのか?」


ガフ 「許してくれ~! 偉そうな事言ったのは、酔った勢いで気が大きくなってただけなんだ! あの重い剣を軽々と振って見せたのを見ただけで分かる。とても俺などが適う相手ではない。どうか勘弁してくれないか」


マツ 「ばっ、それじゃ大損だ! ダメ元でやるだけってみろよ!」


ガフ 「マッツ! いい加減にしてくれ! この人は俺達よりずっと格が上なのが分からんのか? どうしても納得が行かないってのなら、お前が自分でれよ! 口ばっかりで本当は自分だって怖いんだろう?!」


マッツ 「…っ、てめぇ……


…いいだろう、やってやろうじゃねぇか!」


リュー 「いいぞ、軽く手合わせしてみようじゃないか。安心しろ、手加減はしてやる。もちろん、武器はこんな重いヤツじゃなくて、ここ(訓練場)にある木剣でいい。お前は何を使う?」


マッツ 「俺も木剣でいい」


リュー 「そうか、じゃぁ始めようか」


そう言われてマッツは慌てて木剣を構えた。だが、リューは剣を持ってはいるが、だらりと下げたままである。


マッツ 「どうした? 構えろ」


リュー 「必要ない。先手は譲るよ。いつでもどうぞ。さぁ……」


そう言いながら、リューが無造作にマッツに近づいていく。


マッツ 「ってめぇ舐めやがって!」


マッツが一歩踏み込んで剣を横に薙いだ。当たった…と思ったマッツであったが、剣は空を斬った。


マッツ 「!」


確実に当たるタイミングと距離だったはず。相手はまったく反応できていないように見えた。


だが、剣は空を切っただけだった。リューの姿は消えてしまったのだ。


直後、マッツは、肩口にトンと置かれた木剣に気づく。いつのまにか、リューが背後に居て、自分の首に剣をあてがっていたのだ。


マッツ 「うぉぉぉっ!」


マッツは慌てて振り返りながら再び剣を薙いだが、やはり剣がリューに当たると思った瞬間、リューは消えてしまい、気がつけば背後に居て、剣を喉に当ててくる。


飛び退いた驚愕の表情のマッツに、リューは構えもせず無造作に近づいてくる。


マッツは何歩か後退った後、剣を振り上げ、振り下ろすが、やはり剣はリューを捉える事はなく、いつのまにか横に居たリューの木剣が、マッツの顎をクイと持ち上げた。顔を上げさせられて屈辱的な姿勢である。


ニッっと笑ったリュー。マッツはそのまま尻餅をついてしまった。


ガフ 「もうやめとけ、怪我する前に! マッツ!」


マッツ 「……まいった」


トーゴ 「マッツが相手にならんとは……レベルが違い過ぎる」


ギーム 「一体、何が起きてるんだ? 奴は瞬間移動したように見えたが……」


だが、その時、別の冒険者が声を掛けてきた。


『アンタの腕力がすげぇのはよく分かった。動きが素早いのもな。だが、魔法勝負ならどうだ? 伝説級と言われる“S”なんてランクを認定されてるんだ、魔法もやれるんだろう?』



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


魔法は得意じゃないんだけどなぁ…


乞うご期待!



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