第427話 どうしてこんな事に…

デボラは焦っていた。


まずい事になった。


半信半疑の曖昧な状態であれば、弱気なところもあるハンスなら言いくるめて誤魔化せると思っていた。だが、自分が嘘をついていた事をハンスも確信してしまった様子であった。


そうとなったら、最悪、ハンスはデボラを捨ててミィの元に戻ると言い出す可能性すらある。


マイオ 「で、俺達の事、どうしてくれるんだ? 今後の生活も当然補償してくれるんだよな? デボラに頼まれてやった事だって証言してもいいんだぜ? 代官の娘が殺人依頼なんて、外聞が悪いよなぁ?」


ハンス 「…脅迫する気か?」


マイオ 「補償してほしいだけだ。


今は一応、単なる冒険者同士のケンカ扱いで済ませられている。だが、殺人を依頼した事が証明されたら重罪だぞ?」


オックス 「そうなったら俺達も一緒に処刑される事になるかもしれねぇが、どうせこの体じゃ生きていけねぇ、ある事ない事証言してやってもいいんだぜ?」


両腕を失ったオックスは、日常生活にも困る状況で、自暴自棄気味である。


マイオ 「嘘をつく必要はない。事実を証言するだけで十分だ。そうだろう、ハンス?」


ハンス 「……分かった。どうやら責任は私の妻にあるようだ。責任は取らなくてはならないな」


デボラとの(そしてミィとの)今後については色々考えなければならないが、それはともかく、オックス達の事は、妻のしでかした事なのでハンスも責任を取る必要があるとハンスは考えた。


とは言っても、切り落とされた腕を元通りに治療してやるほどの金は出せない。デボラが代官ちちおやに頼んでもそんな大金は用意できないだろう。


マイオもそれが無理なのは理解していたので、オックスの日常の面倒を見てくれるメイドでも雇えるよう援助してもらうつもりだったのだが…。


ハンスが意外な提案をした。義手をつけたらどうかと言うのだ。


この世界にも義手はある。その性能はピンキリであり、中には魔道具の技術を使って元の手と遜色なく動かせ感覚もあるような超古代文明の遺物アーティファクトもあるという。もちろんそのような義手は、欠損復元治療より高くつくのだが。


だが、ハンスが提案したのは、この街で研究されている義手の試作品の被験者となる事であった。戦争が長く続いたこの国ではそのような研究を国や貴族が支援しているのだ。そして、この街に居るとある研究者が義手の新しい被験者モニターを募集しているという。それを代官の業務の関係でハンスは知っていたのだ。


ただし……この街の義手の開発者はちょっと変わった狂った研究者であり、試作品の義手は変態的な機能を盛り込んだかなり怪しいものが多いのだが。実は、国が金を出して武器として使える義手を開発させていたが、とんでもないものばかり開発して事故ばかり起こすのでクビになったのを、この街を治める領主の貴族が引き取ったといういわくつきの人物であった。


今回の募集も、前の被験者が “事故” で死んだためであった。事故ととして処理されたが、実は義手が爆発して死んだという噂があった。ハンスもその噂は知っていたが、あえてそれは言う必要はないだろうと判断した。タダで義手を貰えるのだから、多少の問題点には目をつぶるべきだろうと考えたのだ。それに、上手く行ったら冒険者にだって復帰できるかも知れない。悪い話ではないだろう。


(結局、紹介を受けて被験者となったオックスは、義手を授かるも、その後色々酷い目に遭う事になるのだが、それはまた別の話である……。)


マイオは、オックスの件さえなんとかなるなら、自分の事はいいと言った。片腕を失いながらも、マイオは冒険者を続けるつもりだったのだ。マイオはもともと強力な攻撃魔法が武器だったので、片腕でもなんとかなると考えたのだ。


以前のようにブイブイ言わせる事はできないだろうが、どこかのパーティにでも雇ってもらって、細々とやっていく事は可能だろう。


冒険者を辞める前提で罰金が増額されていたが、続けるならランク降格を受け入れる代わり罰金額を少し減額してくれとギルマスに頼めば聞いてくれるかも知れない。


そして、もう、自分より格上の人間に絡んだり悪いことはするまいとマイオは誓ったのであった。




  * * * * *




マイオ達が帰った後、ハンスはデボラを問い詰めた。


デボラは「ハンスを思うが故だった」「愚かな行為だった、反省している」と泣いて縋ったが、ハンスは聞く耳を持たなかった。


事実を認めた今……


ハンスの脳裏には、ミィと結婚するつもりだったあの頃……、その後夢見ていた生活の事が次々と思い出され、怒りが増していく。


そしてついに、ハンスは離婚も視野に入れて考えていると言い出した。


    ・

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    ・


どうしてこんな事になってしまったのか……


デボラはミィが訪ねて来た日の事を思い出していた。あの日、生還したミィと再会して衝撃を受けた。そして嫌な予感がした。


2年ぶりに遭ったミィは、変わらず美少女であった。しかも、雰囲気が落ち着いた大人の女性になっていた。以前の子供っぽい印象とは違う魅力にハンスが惹かれる予感があったのだ。


しかも、自分が嘘をついてミィ達を嵌め、ターラ達が死んだと知ったら、ハンスはミィのところに行くといい出す可能性は高いと思った。そして、それが現実になってしまいそうなのである。


ただ、既に子供も居る。それに、自分と別れたら、ハンスもせっかく就いた代官の補佐の仕事も辞める事になるだろう。


ハンスはまだ、少しだが迷っているところもあるはず。


今ならまだ間に合う……代官ちちが戻ってきたらすべてを報告されてしまうだろうが、父は、自分を、そして孫たちを愛している。可愛い娘と孫を守るため、すべて揉み消してくれるはず。


ミィさえ居なくなれば、ハンスも出ていく理由がなくなるし、仕事も生活もこれまで通りで大丈夫。それですべて丸く納まるはず。


    ・

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    ・


夜、デボラは邸を抜け出し、とある人物と連絡を取った。昔、狩風を使うようになる前、後ろ暗い仕事を頼める相手を探していて知り合った裏の世界の人間である。


その男は、暗殺を請け負ったりする組織に伝があると言っていた。


実はその男自身が暗殺者ギルドのメンバーだったのだが。


男を掴まえ話をしたデボラに、自分の正体をカミングアウトした男は、金さえ積めば、すべてうまくやってやると言った。


デボラは即答で、金を積んでミィとリュー達の暗殺を依頼したのであった。


そして即日、暗殺者ギルドから、再びリューへの刺客が送られる事になる。






暗殺者ギルドの仕事が早かったのは、デボラができるだけ早くと依頼したのもあるが、以前王都で奴隷ギルドに貸し出した暗殺者が仕事に失敗した件があったためである。奴隷ギルドの暗部の人間は、暗殺者ギルドからの出向、貸し出しだったのだ。


奴隷ギルドのマスター逮捕の騒動に絡んで、暗殺者ギルドの名前は今の所出ていない。だが、暗殺者ギルドが仕事に失敗したなどという噂がもし出回れば、商売に影響がある。そこで、暗殺者ギルドとしてはリューを抹殺すべく、腕利きの暗殺者を用意し機を伺っていたのだ。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


暗殺者がリューの部屋に侵入


乞うご期待!



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