第417話 真実は……?

なんとなく気まずい雰囲気になって、その場は解散となった。


ハンスも―――ミィが死んだと思っていたのだから仕方ないのだが―――デボラと結婚した事で結果的にミィを裏切ったような形になってしまい、どこか後ろめたい気持ちもあるのだろう。


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ところがその夜。リュー達の宿にハンスが改めて訪ねてきたのであった。しかも意外な事に、ハンスはミィではなくリューに会いたいと、宿の受付に言ったらしい。


ミィを呼ぼうかとリューは尋ねたが、ハンスは断った。ミィ抜きで話がしたいというのだ。


ただ、なんとなく面倒臭く感じたリューは、ハンスと一対一で話す気になれず。ランスロット……は人間の世界の常識から掛け離れて長いので不安だったので、ヴェラを呼んだのであった。


ハンスもヴェラの同席に同意したので、後は任せて寝ようとしたのだが、ヴェラに捕まえられて離してもらえず、結局リューも同席させられてしまったのだが。


リュー 「で? 一体何なんだ? もう寝たいんだが…」


ハンス 「…教えてくれ、ミィに…、本当は、何があったんだ…?」


ヴェラ 「本人が言いたくない事を言うのは…」


リュー 「もう言うべき事はもう全部言ったってミィが言ってるんだから、それでいいんじゃないのか?」


ハンス 「そんな言い方されたらかえって気になるだろう! 僕だって馬鹿じゃない、ミィが何か隠してる事くらい分かるさ。僕が知ってる事と違う事実があるなら、本当の事を教えてくれないか? 知ってるんだろう? 頼む!」


リュー 「…ミィは、デボラって女に騙されて、ダンジョンに行ったんだよ」


ヴェラ 「ちょっと、いいの?」


リュー 「ふふん、ヴェラだって本当は納得してないんだろう? ミィだけが辛い思いをして、殺人犯がのうのうと生きて幸せな生活を送ってるんだぞ?」


ヴェラ 「それはまぁ…ね」


ハンス 「殺人犯?! デボラが騙したって、一体どういう事なんだ?」


ため息をついた後、ヴェラも意を決したのか話し始めた。


ヴェラ 「ミィは、ハンスあなたにプロポーズするための宝石いしを採りにダンジョンに行った。あなたはそう聞かされてた。さっきそう言ってたわよね?」


ハンス 「そうだ。…違うのか?」


リュー 「お前がミィにプロポーズするために、狩風とか言う冒険者パーティに頼んで、一緒にダンジョンに宝石いしを採りに行った。そして、お前は暴走し、一人ダンジョンに残った。ミィはそれを聞いて、お前を助けに行ったんだ」


ヴェラ 「私達はミィからそう聞かされていたわ」


ハンス 「俺はダンジョンになんかに行ってない。確かに、ミィにプロポーズする気ではあったが、街の宝石屋で指輪は買ったんだ」


リュー 「デボラだけじゃない、狩風とかいう連中にも言われて信じたらしい」


ハンス 「狩風が…? なんでそんな…


……仮に、デボラが嘘をついていたとして、なんでそんな嘘をつく必要があるんだ?」


ヴェラ 「理由は簡単に想像がつくわよ、ライバルを消して、あなたを手に入れたかったんでしょ」


リュー 「デボラは、お前の妻は、ダンジョンでパーティの仲間を罠に嵌めて殺したんだよ。まんまと計画は成功し、お前を手に入れたわけだ。ミィが生きて戻ってきたのは計算外だったようだがな」


ハンス 「そんな、デボラは同じパーティの仲間だったんだぞ? いくらなんでも仲間を殺すなんて!」


リュー 「現に仲間は死に、ミィも大怪我を負った。だが、デボラだけは一人、無事に帰った。おかしいと思わないか?」


ハンス 「それは、偶然、他の冒険者パーティが通りかかって助けてくれたからだと……」


リュー 「偶然通りかかった “狩風” にな。だが、そいつらもグルだったとしたら? おそらく、デボラに雇われてたんだろう」


ヴェラ 「わざわざ協力者まで雇ってたんだったら、計画的って事よね。悪質ね」


ハンス 「ちょっと信じられない……正直、混乱している……」


リュー 「別に、信じないならそれでもいい。俺達も聞いただけの話、事実がどうであったかは分からんしな」


ハンス 「不確かな話なんだったら…いい加減な事を言って混乱させないでくれよ…」


リュー 「話してくれって言ったのはお前のほうだろうに…。俺達は、俺達の知ってる真実を話しただけだ。だが、真実はひとつじゃない。どの真実を信じるかは自由だしな」


ハンス 「真実はひとつだけだろう?」


リュー 「……例えばだ。昔、こんな事件があった。殺人事件だ。Aという人物が、Bという人物を突き飛ばし、Bは階段から落ち、死んだんだ。


ここで仮に、死んだBの魂を呼び出して事情を訊く事ができたとしよう」


ハンス 「魂を呼び出した?!」


リュー 「例えば、もしもの話だ、いいから聞け。


呼び出されたBは、


『Aが悪意を持って自分を殺したに違いない』


と言った。


『Aは日頃から自分を妬み憎んでいた』


とも。


だが、Aはそれを否定したんだ。Aは、


『殺すつもりなどなかった。過失だった』

『興奮して肩を押したが、突き落とす気などなかった、殺す気なんてなかった』

『自分はBを妬んだり憎んだりはしていなかった、むしろ尊敬していた』


と主張した。


そして……それは真実ほんとうだったんだ。最終的に、Aは潔白を証明するため、自ら進んで隷属の首輪を着けて証言したのだ。結果、殺意はなかったと証明されたのさ。


BがAに憎まれていたというのも、Bの勘違いだったんだな、よくある話だろ?


この場合、Bが真実だと思った事と、Aから見た真実は異なっている事になる。どちらも心の中の事だから、第三者には分からないがな。


逆のケースもありうる。Aは殺意を持ってBを殺したが、BはAに憎まれてるとも知らず、事故だと思ってた、とかな。


事実と、当事者それぞれが心の中でどう思っていたかは別なんだよ。


仮に、神の目をもって当事者全員の心の中を覗けたとしても、それは、当事者全員が主観的にどう思っていたかが分かるだけ。それは、事実というわけではないのさ。


もしかしたら、誰も知らない新事実があったかも知れない。


実はBは頭を打ったが死んではいなかった。それを別の第三者Cが止めを刺して殺した、とかな。そうなら、いくら当事者を呼んで聞いたところで事実は判明しないしな」


ハンス 「……」


リュー 「ミィも、騙されたとは思ってなかったらしいぞ。


ミィは、ハンスがダンジョンに行ったと信じていた。そして、助けに入った自分と仲間が死に、ミィ自身も大怪我をした。それは、自分とハンスの判断ミスが招いた不幸な事故だったと思っていたようだ。


だが、この街に来て、知らなかった事実を聞かされた。


…ミィも混乱してるだろうな」


ヴェラ 「ミィは、デボラの罪も糾弾せず、あなたにも会わずに、黙ってこの街を去るつもりだった。なんでか分かる? 家庭を築いて、すでに子供もいる、あなたの幸せを壊したくなかったからよ。それほどまで、あなたの事を大事に思っていたのかもね」


リュー 「まぁ、人は、自分の信じたい事を信じるもんだ。


お前は、旅の冒険者の噂話など忘れて、自分が信じたい “真実” を胸に、この街で幸せに暮らしていけばいいさ。それがミィの望みでもあるからな」


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話を聞いたハンスは、ショックを受けた様子で帰っていった。


ヴェラ 「良かったのかしら? 喋っちゃって…」


リュー 「ミィのため、そしてハンスのためでもある……何も知らないままよりは、例え辛い事実であっても、知りたいと、俺なら思うからな。


しかし、あの男、どうするかな……」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ハンス 「ミィに会ったよ」

デボラ 「全部嘘よ~!」


乞うご期待!


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