第401話 口裏合わせに走る狩風

ライムラの冒険者ギルドのマスター、通称G。本名は不明である。


彼は一年半前にこのギルドのマスターに就任した。以前は冒険者をしており、引退後はギルドの職員として働いていたが、前任者が転属になり、マスターに昇格した。


彼は善人とは言えなかったが、根っからの悪人というわけでもない。領主や代官に気を使い、冒険者に気を使い、街の住民にも気を使い、ギルド本部にも気を使う、八方美人的な小心者というような人物であった。マスターというよりはしがない中間管理職というようなその性格は、冒険者達のリーダーとしては少々、いや、かなり頼りないのだが、その性格ゆえか仕事に関しては細かくきっちりとしていて、様々な利害関係の間をとって落とし所を拾おうとする習性が良い結果に繋がる事も多かった。そうやって、Gはこれまではなんとか生き延びてきたのだ。


リズの訴えを受けて、Gはパーティ “狩風” のメンバーを呼び出し、事情聴取を行った。問題があった時に責任を問われないために、形式上だけでもやらなければいけない事はすべてやる。そういう意味では(自身の責任逃れのためであれば)、決して弱腰な人物というわけでもなかった。


   ・

   ・

   ・


執務室にやってきたのは狩風のリーダーのマイオ、メンバーのベニーとオックス。(狩風にはもう一人、マイオの妹が居るのだが、妹は一年前に狩風に参加したので、ミィ達の件には関わっていないので除外された。)


狩風はミィの事件の後、デボラの口利きで代官の指名依頼を次々受けて、今ではこの街の冒険者の中ではトップの成績を上げるパーティとなっていた。そのため、冒険者の間でもデカイ顔をしていた。


そんなわけで、たとえギルマスの前でもオラついた態度を取っていたのだが、呼び出された理由を聞いて顔色を変えた。


マイオ 「まさか、ミィが生きていたのか……」


G 「残念そうだな?」


マイオ 「い、いや、それは良かった、喜ばしい事だ。そうだろ?」


ベニー 「あ? ああ、そうだな、良かったな」


G 「では、お前達は、嘘はついていないと言うんだな? ミィに、“ハンスと一緒にダンジョンに入った” などとは言った憶えはない、と?」


マイオ 「ああ、そんな事言った覚えはない。事実、行ってないしな」


G 「デボラとも、偶然ダンジョンで出会っただけだと?」


マイオ 「ああ、偶々・・、オークに襲われていたデボラを発見して助けただけだ。完全に偶然だよ、嘘じゃない」


G 「そうか……。ダンジョンへはギルドの依頼でダンジョンに潜ったのだよな? だったら記録が残っているはず、調べれば本当の事だと証明できるな」


マイオ 「あ! いや! ギルドの依頼を受けた訳じゃないんだ。ある商人に直接、素材を採ってきてくれと頼まれてな…」


G 「ほう? では、その商人に証人になってもらえば、お前達の証言の裏付けは完璧になるな? その商人とは誰だ?」


マイオ 「いや、その、その商人はもう街には居ないんだ、どこか他の街に行って商売するって出て行っちまったよ。どこに行くのかまでは聞かなかったんだ…」


G 「なんだよ……では、お前達が言ってる事を証明できる証人はなしって事になるが」


マイオ 「…そう、なるかな」


オックス 「ミィが言ってる事だって、証人なんか居ねぇだろう?」


ベニー 「こっちにはデボラの証言があるじゃないか!」


G 「…まぁ、そうだな」


マイオ 「とっ、とにかく、俺達は嘘なんかついてない。だからこれ以上話す事はない」


なにせ二年前の事なので、デボラとした口裏合わせした内容も記憶がうろ覚えで、マイオはどうしても自信なさげになってしまう。話を続ければボロが出てしまいそうなので、適当に誤魔化して早く切り上げたかった。


G 「そうなると、ミィが嘘をついているって事になるが…」


マイオ 「そ、そうなるな」


G 「だが、なんでそんな嘘をつく必要があるんだ?」


マイオ 「そっ、それは…二年も前の事だし、ミィも色々あったから、記憶も混乱してるんじゃないか?」


G 「記憶の混乱ね…。しかし、だとしたら、じゃぁなんでミィはダンジョンに行ったんだろうなぁ…?」


マイオ 「そんな事は……、俺達が知るわけないダロ…


…だが、まぁ、冒険者なんだから素材を取りに行ったとかじゃないのか? そう言えば思い出した! デボラは、ミィはハンスにプロポーズするための指輪の素材を採りに行ったとか言ってたような気がするぞ? 違うのか?」


G 「……ふん。たしかに、ギルドの記録にはそう書いてあったよ…。いいだろう。もう行っていいぞ」


マイオ(退室しかけたが一瞬立ち止まって振り返る)「ハンスとデボラには……?」


G 「もちろん、その二人にも明日、事情を尋ねてみる予定だ」




  * * * * *




デボラ 「それで、まっすぐ私の所に来たってわけ? 馬鹿ね!」


うまく誤魔化せたとは思うが、今ひとつ自信がなかったマイオは、今日何を話したかをデボラに伝えて口裏をあわせておかなければと焦り、ギルドを出てすぐその足でデボラの元に向かったのであった。


マイオ 「いや、だって、なるべく早く伝えた方がいいと思って…」


デボラ 「尾行つけられてたらどうするの? 口裏を合わせに来たってバレバレじゃないの!」


そう言われて、マイオは慌てて窓の外をカーテン越しに見た。


マイオ 「…誰も居ない」


デボラ 「まぁいいわ、Gもそこまではしてないだろうとは思うし。仮に尾行られてたとしても、それで即有罪の証拠とはならないしね。


でも次からは、来る時は裏口から、見つからないように注意して来なさいよ」


屋敷の正面から訪ねて来てしまったマイオであったが、デボラに叱られて、帰りは屋敷の裏口からコソコソと出ていった。正面から入ってきたのだから正面から出れば良いものを、今ひとつ頭の悪いマイオ達であった。


デボラ 「それにしても……まさかミィが生きてたなんて……まずいわね。きっとハンスに会いたがるわよね。そして話をしたら、色々とボロが出るかも。それより、まずいのは……またハンスがミィとやりなおしたいと思い始めるかも知れない」


デボラは慌てて父の執務室に行き、ハンスを別の街に視察に出す事を提案した。急な話であるが、以前からそういう話が出ていた事もあり、父親をなんとか丸め込んで、ハンスを翌朝から出張に出す事に成功したのであった。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ミィ、ヴェラに事情を話す


乞うご期待!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る