第377話 そう簡単に楽にしてやる気は

ヴェラ 「どうしたの? さぁ!」


だが、怯えた顔をするミィ。


ヴェラ 「コイツにされた事を思い出すのよ! そして怯えるのではなく、怒りなさい!」


ミィは自分の乳房に手を当てた。自分の身体を切り刻まれるのを、ただ黙って耐えるしかなかった痛みと恐怖、その後で、自分の身体に残った無残な傷痕を見た悲しさ……。


ミィは顔をあげ、ランドを睨みつけると剣を抜いた。


それを見たヴェラがランドに向かって言う。


ヴェラ 「もしミィに勝てたら許してあげてもいいわ」


そう言いながらヴェラがランドを拘束していた闇の触手を解除する。


解放されたランドはすぐさま剣を抜いた。


ランド 「俺がその奴隷女に勝ったら見逃してくれるんだな? いいのか? 俺はAらん~ぐげっ!」


ヴェラの手から電撃スタンの魔法が放たれた。


ヴェラ 「もう奴隷じゃないから」


ランド 「…ひ、ミィ一人でるんじゃねぇのか?!」


ヴェラ 「今のはミィを奴隷女なんて呼んだお仕置きよ。もっと痺れたいならもう一度言ってみたら?」


ランド 「……っ、…へっ、ミィは確かDランクだったろ、俺はAランクだぞ? 負けるはずがねぇ」


ヴェラ 「D? ミィはCランクだったはずだけど」


ランド 「昇格したのか? だが、Cランクだろうと変わらん、Aランクには勝てんさ」


ヴェラ 「どうかしらね? お前なんかのヘボい剣がミィに当たるとは思えないけど」


そう言った瞬間、ランドがミィに襲いかかる。鋭い踏み込み、鋭い剣撃であった。ランドはどうやら猫型改め虎型獣人のようだ。その優れた体格と筋力は、人間の冒険者を遥かに上回っている。


だが、ミィはそれを斜めに受け、刃を滑らせてあっさり往なすと、そのままランドの身体を思い切り斬りつけた。


リュー 「おぉ、新陰流?」


往なすと同時に剣のバックスイングを終わらせている、攻防一体の型である。それは、リューが日本に居た頃、ネットで見た柳生新陰流の解説にあった技に似ていた。それは、体格に劣るミィが自分より力が強い相手と戦うために自力で編み出した技であった。


ミィの恨みの籠もった剣撃は重かった。ランドの身体を深く切り裂き、激しく血しぶきが吹き上がる。


ランド 「馬鹿な……」


実は、ミィにはもともと剣の才能もあった。ミィはDランクだが、奴隷になったためランクアップに縁がなかっただけで、その剣の実力は、Dランクなど凌駕していた。そして、ミィは奴隷になった後も、時間が空いている時は修行を続けていたのだ。


そのミィの実力をヴェラは見抜いていた。怯えて萎縮した状態では真の実力を発揮できないかも知れないが、それを乗り越えられれば…ミィの実力ならAランク相手でも十分戦えるはずである。


実はリューが【加速アクセル】をミィに、ランドには【減速スロウ】を掛けていたのは内緒である。効果はランドが気づかないほど極わずかである。


だが…ミィの実力ならリューの助力などなくても実力で勝てそうであった。


リュー 「よけいなお世話だったか……」


実はヴェラも、万が一ミィが危ないようだったら、ミィに気付かれないように手を貸すつもりでいた。闇属性の触手がランドを拘束すべくランドの足元に待機していたのだ。


だが、ヴェラも手を貸す必要はなかったようだ。


ミィに斬られ、膝を着いたランド。だが、それは演技で、倒れるような素振りを見せながら、ランドは再びミィに斬り掛かった。


だが、その不意打ちにもミィは十分対応できた。


ランドの攻撃を往なし反撃するミィ。二度、三度、四度、ランドを斬りつける。顔についた返り血を、いつのまにか溢れていた涙が洗い流していく。


切り刻まれたランドはもう限界のようだ。出血多量で意識が朦朧としている様子である。


そしてついに、ミィの剣がランドの心臓を貫いた。






ヴェラ 「よくやったわ!」


ヴェラはミィを抱きしめ、【クリーン】を掛けてやる。ミィが浴びた返り血はすべてキレイになくなった。


ヴェラ 「自分の力で戦い、復讐できた。もう大丈夫よね? 肉体からだの傷は魔法で癒せても、心の傷トラウマは、自分で乗り越えていくしかないのよ」


ヴェラは、ミィの心に残った傷、刻み込まれた恐怖心を少しでも解消してやりたかったのだ。


ミィ自身の手で復讐を果たす事で、恐怖を怒りと恨みに変換する事で、ミィが一歩を踏み出す事になるのではないかと考えたのであった。


ミィはヴェラの胸に顔を埋め涙を流していた。




  * * * * *




ランドはミィに心臓を貫かれて死んだ。


だが、もちろん、そう簡単に楽にしてやる気はリューにはない。


リューが時間を巻き戻す。


ランドの身体が切り刻まれる前の状態に戻り、ランドは生き返った。


リュー 「おい、起きろ」


リューがランドの顔を殴りつける。


ランド 「がっ……?」


目を開けたランドは、周囲を見回し、自分の身体を見下ろす。ついさっき、切り刻まれたはずの身体は無傷の状態である。


ランド 「あ…? どういう事だ? ……幻覚?」


ヴェラ 「痛かったら幻覚じゃないんじゃない?」


ヴェラが放ったプチサイズの火矢ファイアーアローがランドの太腿に穴を穿つ。同時に肉を焼く火矢は激しい痛みを生じる。


ランド 「ぎゅっああぁぁぁ!」


ヴェラ 「あなた、ミィの身体を治療しては、また傷つけることを繰り返したらしいじゃない?」


ヴェラがヒールをランドに掛けてやると、傷は塞がり元通りになっていく。


ヴェラ 「同じ、いいえ、それ以上の苦しみを与えてやるわ」


プチ火矢でランドの身体に穴を開けまくるヴェラ。いくつか穴を穿っては、また治療してやる事を繰り返す。


ランド 「ひぐぅぃ悪かった、ごべんなさい、謝ります、許して下さい~」


ヴェラ 「正直に言ったら考えて上げてもいいわ」


ランド 「はいぃ、何でも言います~」


ヴェラ 「どうせ、被害者はミィだけじゃないんでしょ? 答えてごらん、今まで何人の女を切り刻んだの?」


ランド 「そんなの覚えてな……」


ヴェラ 「とりあえず百回くらい殺すか…」


ランドの身体に火球がまとわりつく。逃げようとしても闇の触手が足に巻き付き動けない。


ランド 「ぎゃひいっ、ミィ一人だけですっ、他にはやってません!」


ヴェラ 「嘘よね?」


容赦なくランドの身体を焼き続けるヴェラ。殴られたり切られたりするよりも、火傷のほうが痛く苦しいのを知っていてやっている。


ランド 「いっ! 二人、二人ですっ」


ヴェラ 「まだ嘘言ってるわよね?」


小さな火球がランドの足に纏わりつき、皮膚を焼きながら身体を這い上がっていく。


ランド 「ぎゃっあちぃっつ四人です、本当ですっ!!」


リューが首を横に振った。


リュー 「俺には【嘘看破】のスキルがある。嘘を言っても無駄だぞ」


ランド 「嘘ぉ~~~」


結局、ランドは過去に甚振った女の数を正確には覚えていなかった。ただ、二桁以上にも登る事は確かなようだ。しかも、やりすぎて何人か死なせてしまった事もあるらしい。


どうしようもないド変態のクズである。ただ、これ以上は時間の無駄なので、後はランスロットの部下達に任せる事にした。


リュー 「コイツには、奴隷ギルドの悪事を証言させる必要があるから、殺さないように “保管” しておいてくれるか?」


ランスロット 「はい、切り刻まれた女達の倍の数だけ、切り刻んでやりましょう」


リュー 「生かしておいてくれないと困るんだが」


ランスロット 「我々の中には治癒魔法が使える者もおりますので大丈夫ですよ。奴隷ギルドの悪事について、知ってる事は洗いざらい吐かせておきます」


ランスロットはその虚ろな目をランドに向けると、人差し指を突きつけ、言い放つ。


ランスロット 「倍返しだっ」


……リューが教えておいたらしい。


ヴェラにだけは元ネタが分かるが、この状況では、笑う気にも突っ込む気にもならないのであった……。






スケルトン兵達に亜空間に引き込まれていくランド。すでに拷問もとい尋問は始まっているようで、ランドの悲痛な叫びが上がっていた。例によってスケルトン達がランドの身体を抓り、毟り取っているようだ。身体を千切られてはまたヒールで治療され、また身体を毟られる。それがこれからどれだけ続くのだろうか。なんとなく、 “倍返し” どころでは済まなそうな気がする。


リュー 「証言できるだけの正気を残しておいてくれよ……」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ゴードンの憂鬱


乞うご期待!



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