第372話 潰しとくか?

リュー 「敵対した覚えはないんだけどな」


リリィ 「いくら王様の許可があると言っても、奴隷ギルドの許可も取らずに勝手に奴隷開放されたら面白くないでしょ。というか、違法奴隷かどうか鑑定する能力、奴隷を勝手に開放できる能力を持つ人間なんて、奴隷ギルドから見たら危険人物でしかないでしょう。できれば消えてほしいと思うくらいにはね?


まぁ、隷属の魔法が使える人間は貴重だから、奴隷ギルドは能力がある者を発見したら、まずは仲間に引き込もうとするはずなんだけど……


奴隷ギルドから仲間になれって話はなかった?」


リュー 「ああ、そういえば、ワミナとか言う女が来て、そんな事言ってたような気がするな。断って追い返したけど」


リリィ 「やっぱり…。


まずは声を掛け普通に勧誘。それで素直に仲間になればよし。ならなかった場合は、次は脅して言う事を聞かせようとする。


ただ、単純に暴力で脅して済むならよいのだけど……、それも通用しないような相手だった場合は、相手の身辺を徹底的に調査して、弱み・・を探すんだよね。


アンタ達がどう思おうと、向こうは情報収集を続けるだろうね。そして、弱みを掴んだら、そこを突いて脅して従わせようとしてくる。もし、本人に弱点が見つからなかったら、家族を狙う。それが奴隷ギルドのやり方さ」


リュー 「俺に直接来るなら、返り討ちにして叩き潰すだけだが…弱みを探りに来ていると言うのは、つまり、俺以外の関係者を狙う可能性があると……」


ヴェラ 「レスター達やモリーに?」


リュー 「そういう事だな。相手の家族を害すると仄めかして脅迫する、悪い奴が脅迫に使う卑劣な常套手段だ」


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リューは、日本に居た時、会社の同僚が巻き込まれた恫喝事件を思い出していた。


それは、とある店の店主が


「インターネット(SNS)上で中傷され風評被害を受けた。これについて訴訟を行う準備をしている」


と言い出した事に始まった。


もし、ネットに書かれた内容が事実に基づいた “批評” であったのならば、その違法性については意見が分かれるところかも知れない。


だがもし、根も葉もない中傷を書いたという事であれば、謝罪して賠償を行うべきであろう。


リューは同僚に何を書いたのか尋ねてみた。


しかし、驚いた事に、その同僚が訂正・謝罪を要求されたのは「有名店だからね」というたった一言だけだったと言うのだ。他の人間がSNS上にその店について、間接的に揶揄するような事を書いていたのだが、それに同調するように前述の一言を書いただけだと言う。それは、揶揄した人間と同罪である、と相手の店主が主張したのである。


そんなもの、正式に裁判になっても負けないだろうと思ったのだが、同僚は、相手の要求に屈し、謝罪し、数十万円だが賠償金を払ってしまったと言うのだ。


正式裁判になれば、仮に敗訴したとしてももっと低い賠償金額で済むらしいのだが、裁判をしていないので相手の言い値で払うしかなかったのだ。サラリーマンが貯金をハタけば払えない額でもないところを相手も狙っているのだろう。


ただ、揶揄した者の尻馬に乗ったのは褒められた話ではないかも知れないが、罪に問われるほどの内容だとはリューには思えなかった。そこで、どうしてそのような決断をしたのか同僚に尋ねてみたところ、相手側の卑劣な手法が明らかになった。


相手は、訴訟の準備のため興信所を使って、SNS上に中傷を書いていた者たちの住所氏名や勤め先などの情報を収集していたという。そして、集まった情報を元に、匿名のはずの相手の本名を書き、謝罪を要求するメールを送りつけたのである。


それに驚き、その時点で慌てて謝罪した者がたくさん居たが、突っぱねた者も何人か居た。


リューの同僚も最初は反発したが、早い段階で謝罪に転じた。同僚は「家族を守るため」だったと言った。


その同僚には、まだ幼い娘が居たのだ。そして相手は、同僚の本名や勤め先だけでなく、同僚の妻や娘の写真と、勤め先と学校まで記載して送りつけて来たのだと言う。


そして、謝罪がないなら即、会社に苦情を申し立てに押しかける。それだけじゃない、妻の会社や娘の学校にも行く、と脅してきたのだそうだ。


相手は、裁判で戦う選択も良いが、そうなったら入手した妻や娘の個人情報を報復としてネット上にバラ撒く、なんて事も考えられる、とも書いてきたらしい。


それは “脅迫” じゃないかというツッコミに対しては、相手側は「考えているだけ」なら犯罪じゃない。「そういう事をする人間も居るかも知れない」「自分がやるとは言ってない」のだから犯罪ではないという主張だったそうだ。


いや、それは十分、脅迫と同じだとリューには思えたのだが。正式に告訴して戦えば、相手側も脅迫罪で有罪になるのではなかろうか?


だが、どうも相手としては、そんな事は構わないという姿勢だったらしい。脅迫罪で訴えるのも良いが、証拠を集め訴訟を起こすのにも多大な金と労力が必要になる。それを相手にさせるのが嫌がらせだと。さらに、一度流出してしまった家族の情報は消せない。何が起きるか分からないぞ、と脅されたのだそうだ。


結局、同僚は家族を守るため、相手の理不尽な要求に屈したのだった。頭のおかしい相手に対して、守りたい家族モノを持つ身の判断としては、仕方がなかったのだろう。


賠償金を払った後、相手は、「SNSに個人情報など乗せないほうがいいですよ?」と最後に言ってきたそうだ。


どうやら相手は、同僚のSNSの過去の投稿をしつこく調べ、写真や個人情報を入手していたらしい。それはそうだろう、興信所を使ってそこまで調べたらかなりの費用が掛かるはずだ。それでは数十万の賠償金では元が取れない。


その後、突っぱねた者達は「訴訟上等受けて立つ」と宣言、相手も粛々と手続きを進めると宣言したのだが……、なぜか相手の訴訟手続きは遅々として進まず。単に法的手続きに時間が掛かるのか、それとも実はハッタリだったのか? その後リューは死んでしまったのでどうなったのか結末は定かではないのだが。


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ランスロット 「……してみると、冒険者ギルドの本心としては、奴隷ギルドが勝手に我々に仕掛けて勝手に潰されてくれるのを期待している、という事ですかな?


利用されるようで癪ですが、とは言え、面倒な事になるならその前に……


奴隷ギルドを潰してしまいましょうか? 軍団レギオンが動けば奴隷ギルドを滅ぼすなど簡単な事」


リリィ 「簡単なんだ……」


ヴェラ 「アンデッド軍団VS奴隷ギルド、壮絶な戦いになりそうね」


リュー 「軍団レギオンは神出鬼没、亜空間から突然現れるスケルトン軍団相手に、勝負にもならんだろ」


ランスロット 「我が軍は兵卒でも冒険者で言うところのAランク以上の実力がある者だけで構成されております。上はSランク超級がゴロゴロいます、たとえ正面から戦っても負ける事はないでしょう」


リリィ 「まあ、潰されても困るんだけどね」


リュー 「奴隷制度は “必要悪” だと?」


リリィ 「あら、リューはもしかして、奴隷制度なんかこの世からなくした方が良いとか思ってるタイプの人?」


リュー 「いや、そこまでは思ってないけどな。この世のあらゆるモノは必然があって存在してるんだろう。急にあるものがなくなると、バランスが崩れる。そうなると、また安定するまでに混乱が起きるだろう。


…ただまぁ、俺も奴隷だった経験があるから、奴隷制度に良い印象はないがな」


リリィ 「奴隷だった事があるんだ」


リュー 「昔、子供の頃な。養父に売り飛ばされ、貴族の子供の玩具にされて虐待されたんだ」


ヴェラ 「そう言えば、そんな事があったって言ってたような気もするわね。あまりその話については詳しく聞かなかったけど。どうやって解放されたの? その頃はまだ、今みたいな能力ちからはなかったって行ってたわよね?」


リュー 「虐待が親にバレてな、それを隠蔽するために解放された。奴隷に虐待を訴えられたらその貴族が罪に問われるからな。子供の虐待行為を知った親は慌てて俺を解放し、僅かな金を持たせて遠い街に捨てたのさ。当時の俺は、それが違法行為だって知識もなかったから、言われるがままだった」


モリー 「酷い話ですね…」


リリィ 「その貴族の事は恨んでる? 今から探し出して復讐とか、今のアンタなら余裕でできそうだけど」


リュー 「その貴族のガキは、ダンジョンでころ…死んだよ。冒険者になった後再会してな、一緒にダンジョンに潜ったんだ。だが、そこで地竜ドラゴンに遭遇した。不幸な事故だった」


リリィ 「いま “コロ” って言いかけたよね…」


リュー 「……まぁ、だから、奴隷制度なんてものに良い印象は持ってないさ。だが……だからといって奴隷制度を世界から根絶させようとかまでは考えてなかったかな。なくそうとしても、なくなりはしないだろう?」


リリィ 「そうね。中には、奴隷制度のない国ってのもあるけどね。それは法律で縛ってるだけで、隷属の魔法自体がなくなるわけじゃないからね。


もし法規制すらもなく野放しになったら、隷属の魔法を使える者が悪事を働きかねない。なくならない以上、厳しく規制・管理しておく必要があるわ。


国が管理してもいいんだろうけど、国ごとにやるよりは統一組織があったほうが都合がいいからね。そのために奴隷ギルドってものができたのよ」


ランスロット 「先程の話だと、その管理組織奴隷ギルドが世界の支配を企んでいるようですが?」


リリィ 「そうなのよ。だから、事態に気付いた者達がなんとかしたいと思ってるわけ。今の奴隷ギルドは、長く続き過ぎたせいか、ちょっと酷い状態だからね」


ヴェラ 「リリィさんは、随分奴隷ギルドに詳しいですが……何か関わりが? リリィさんも昔奴隷だったとか?」


リリィ 「え? いや、奴隷だった経験はないけど、まぁ…似たようなものかなぁ。奴隷ギルドとは昔、色々あってね。個人的には関わりたくないんだけど、知り合いも多いんで、放っとけないというか。


王族・貴族やギルドのお偉方の中にも危機感を抱いている者は居るから、そういう人とも利害は一致してたんでね。アンタ達と同じ、アタイも協力を申し出られた立場だよ」


リュー 「俺は王族や貴族に利用されるのは、いまいち気がすすまないんだがな」


リリィ 「利用っじゃなくて “協力” ね。お互いの利害関係が一致してたら、協力しあうのは問題ないでしょ?


自覚はなくても、既にアンタ達は奴隷ギルドに喧嘩を売って、相手はそれを買ってる状態なのさ。


そこに、利害関係が一致するギルドや王族・貴族が協力を申し出ているのだから、アンタのほうも、それを都合よく利用すればいいじゃないか。


まぁ協力なんて必要ないって言われたらそれまでだけど」


ランスロット 「必要ないですね」


リリィ 「うわ即答?」


リュー 「…そうだな。もし、相手が卑劣な手を使ってくるようなら、協力なんて悠長な事言ってられんだろう」


リューは、自身を護る能力には優れているが、仲間を護るという点では、それほどでもないのである。


例えば、危険予知能力があるリューに不意打ちは一切通用しないが、それはリュー個人に対する危険についてのみで、仲間に危険が迫っていても教えてはくれないのだ。


まぁ、いずれ、独りでは行き詰まる事を見越して不死王はランスロット達をつけてくれたのだが。もしランスロット達が今、居なかったら、仲間を護るという点において、リューには限界があったはずである。その点についてはリューは不死王に今さらながら感謝するのであった。


何にしても、子供を脅しに使うなど最低の行為だ。もし、そんな事をしてくるような組織なら……


リュー 「……やはり、ランスロットの言うとおり、何かされる前に潰しておいたほうがいいか?」


ヴェラ 「そうね。そうしましょう」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ちょまってちょまって


乞うご期待!



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