第342話 アイシャ 「カレーライスだぁっ!」

状態が悪すぎてヒールでは回復仕切らなかったようだ。よく持ちこたえていたと思う。


いつものリューならば、そこからさらにヒールに膨大な魔力を注ぎ込むという力技の選択をする事が多かったのだが、せっかく光の仮面を着けているので、リューはより上位の治癒魔法である【ハイヒール】、さらに最上位の【エクスヒール】を掛けてみた。


魔法の練習のためにも、色々な魔法を使って熟して置く必要があるのだ。いずれ、熟練してコントロールが身についてくれば、仮面をつけなくとも魔法が自在に使えるようになるはずである。


ハイヒール、さらにエクスヒールともなると、かなりの魔力を必要とするので使える人間は多くはないのだが、無限の魔力を供給できるリューには関係ない。


今度は十分効果があり、女性は一気に回復した。


どんな性質たちの悪い病気も魔法一発で治る、こういうところは魔法が存在するファンタジックなこの世界の良いところだとリューは思う。


もちろん、それはリューだけの話で、重病を瞬時に治してしまえるほどの高度な治癒魔法を使えるような者は稀有なのであるが。


そのような治癒魔法士に治療を依頼すれば、非常に高額な治療費を請求される事になる。


それに、そのような燃費の悪い魔法は連発できないので、疫病が一気に広がっていくような状況では、結局、魔法があっても対処し切れないのだが。


そういう意味では、一般の市街地を守るため、スラム街を閉鎖ロックダウンするというこの街の領主の判断は、あながち間違っているとも言い切れないのであった。


アイシャの母 「う…うーん……


……? あの…、あなた方は?」


アイシャ 「かぁたま!」


母 「アイシャ! 私は一体どれだけ寝ていたのかしら? ごめんね、お腹すいたよね?」


アイシャ 「かぁたま、これ、のむ」


アイシャが汲んできた水を入れた小さなビンを差し出した。


母 「まぁ、アイシャ……私のために? 汚染されてるとかで井戸は封鎖されているはずなのに、どこからこんな綺麗な水を……?」


リュー 「街の井戸で汲んできたんだ。無理はするな、病気はもう治っているはずだが、まだ体力は戻っていないはず。とりあえず脱水症状になっているだろうから水を飲め」


病気は治っても消耗した体力は完全には戻っていない。地球の病院であれば点滴をするところであるが、そんなものはこの世界にはないので、水を飲んでもらうしかない。


リューはさらに、水を汲んできた大きなカメを出してやった。


ミィが柄杓でコップに水を汲み、アイシャの母親に渡してやる。


リューは母親の身体に【クリーン】を掛けてやった。


アイシャの母 「これは……!」


さらに、ベッドと室内全体にも【クリーン】を掛けてやる。病室の空気だったのが、一気に爽やかな部屋に変わる。


ミィ 「さぁ、飲んで」


アイシャの母 「…ありがとうございます、もしかして、あなた方が、私の病気を治してくださったのですよね?」






アイシャの母はオルアナと名乗った。アイシャの父親つまりオルアナの夫は街で職人をしていたが、ある日、貴族の馬車にはねられて死んでしまったのだという。


以来、オルアナが酒場で給仕の仕事をしながら女手ひとつでアイシャを育てていたが、若い頃から身体が弱かったオルアナは、流行病に掛かっては一溜まりもなく、もう一ヶ月以上も寝込んでいたという。


オルアナ 「助けて頂いて、あの、本当に感謝しております、ありがとうございます。


ただ、大変申し訳ないのですが……私には治療費をすぐにはお支払いできません。


ただ、元気になったので、働いて必ずお支払い致しますので、しばらくお待ち頂けないでしょうか?」


リュー 「勝手に押しかけて勝手に治療したのだ、金など請求する気はない」


オルアナ 「そんな! それでは申し訳ありません、すぐには無理ですが、治療費は必ずお支払い致しますので……」


リュー 「金の事はいいから、それより早く元気になる事だ、娘のためにもな。ほら、これを食うがいい」


リューは収納からカレーライスを出してやった。


オルアナ 「これは……!」


アイシャ 「カレーライスだぁっ!」


リュー 「ほう、知ってるのか。ミィ、オルアナに食べさせてやってくれ。病み上がりにはちょっと重いかもしれんが……回復してるはずだから大丈夫だろ」


ミィ 「はい、任せてください」


リューはカレーライスをもう一皿出し、アイシャにも食べさせてやった。


リュー 「こ、こら、落ち着いて食べろ、喉に詰まるぞ! ほら、水も飲め!」


ずっと母を気遣っていたアイシャだったが、やはりお腹がすいていたのだろう、アイシャは貪るように食べ始めた。


オルアナの失くなったご主人が外国の出身で、カレーライスを知っていたそうで、似た料理を作ってくれた事があったのだそうだ。


オルアナ 「……美味しいです」


目に涙を浮かべながらカレーライスを味わうオルアナ。亡きご主人との思い出が蘇っているのかも知れない。


その時、オルアナの家を年寄が尋ねて来た。


お爺さん 「アイシャ、居るかい? 炊き出しが来ているから一緒に貰いに行こう……おや、お客さんかい?」


なんでも、炊き出しは、公平性を保つため、家族の分の持ち帰り等が禁止されており、その場に行った者の分しか貰えないのだとか。


お爺さんはオルアナさんが寝込んで動けないのを知っていたが、せめて娘のアイシャだけでも炊き出しに連れて行ってくれようとしていたのであった。


タビル 「おお、オルアナさんや、起きられるようになったのか!」


オルアナ 「タビルさん! いつもアイシャの面倒を見てくれてありがとうございます。実は、この方達が病気を治してくれたのです」


タビル 「ほう? あなた方は?」


リュー 「ただの通りすがりの冒険者だ。たまたま、このアイシャが母親に飲ませる水を探して街を歩いているのを見掛けてな、手伝ってやっただけだ」


オルアナ 「すみません、実は食事まで頂いてしまいまして。私達は大丈夫ですから、タビルさんもどうか炊き出しに行ってください」


タビル 「おおそうか、元気になったのか、そりゃよかった! そうとなったら儂も早く行かんと、炊き出しが終わってしまうからの!」


そう言うと、慌ててタビル爺さんは飛び出していった。脚が悪いのか走る事はできないようだが、急ぎ足で炊き出しの行われている広場へと向かったのだった。


だが、タビル爺さんはすぐに戻ってきた。なんでも、タビル爺さんが広場に到着した時には、炊き出しは終わってしまっていたのだそうだ。


項垂れるタビル爺さんを見て、オルアナが困ってしまう。


オルアナ 「申し訳有りません、私達を気にかけてくれたせいで間に合わなかったのですね……」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


スラムの男 「俺達にも食料を寄越せ!」


乞うご期待!


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