第319話 モリーの居た教会

翌朝。


ゼッタークロス商会直営の「木洩日の宿」は朝食も豪華であった。


宿には食堂もあるが、最上級の部屋には大型のリビング・ダイニングも併設されている、いわゆるスイートで、食事はすべて部屋食であった。これなら食堂で他の客に絡まれたりする心配もないのでありがたい。


この宿の料理はどれもなかなかの美味であったので、大量に作ってもらって収納にストックしておく事にした。料金は不要と言われたのだが、ありえないような大量発注になるので、金を取ってくれないと遠慮して頼みにくいと言ったところ、代金を受け取ってもらえる事になった。それでも格安の料金設定で、赤字なんじゃないかと思えたが、大丈夫だと言うのでそれ以上はリューも言わなかった。


食事を終えたら、この日、リューには用があったので、自由行動とした。


子供達はヴェラとランスロットと街を散策である。ランスロットは大人しくていろよと思ったのだが、付いていくという。


ダヤンの街では大分住民も慣れたが、ジャールの街はそうではない。スケルトンが街を闊歩していたら騒ぎになるだろう。仮面は被せているが、骸骨を象った仮面なのであまり意味がない。やはりもう少し無難な仮面を選ぶべきだったとリューは思ったが後の祭りである。


仕方がない、リューはいつか使う事もあるだろうと思い作ってもらっていた認識阻害の黒の仮面を取り出し、ランスロットに着けさせようとした。


この仮面は、リューの普段使い用の仮面とセットで作ってもらったものである。


リューが通常着けている仮面の効果が「仮面を装着した顔に違和感を感じさせない」であるのに対し、この黒の仮面は「完全な認識阻害」の効果がある。


この仮面を着けると、そこに居るのに、その存在を誰も意識しなくなるのである。存在するのに存在していない、まるで空気のような存在となるのだ。ある意味、透明人間化すると同じとも言える。


ちなみにこの仮面を着けるた状態でも、話し掛けるとちゃんと認識し、受け答えを普通にしてもらえる。だが、別れた後、その時の記憶が全部消えてしまう(正確には二度と意識されなくなる=思い出さなくなる)。


これを着けさせておけば、ランスロットが子供達と一緒に居ても問題ないだろう。


だが、ランスロットはその仮面が気に入らないようであった。ランスロット達はその気になれば本当の透明人間いや透明スケルトンになれるのだ。存在していないのと同じであるなら完全に透明化していればいいことなのである。


ランスロットとしては、ちゃんと自身の存在を認識されたいらしい。なんとも自己主張の強いスケルトンである。人間に戻りたい願望でもあるのかもしれない。


やはり、早めにランスロット達スケルトン用を人間として認識させる、専用の魔道具を作ってもらったほうが良さそうだ。(不死王への依頼はランスロットに任せきりにしてあるが、どうなったのだろうか?)


ランスロットは “命令” ならば認識阻害の仮面を着けると言ったが、リューもそこまで無理強いはする気にもなれなかった。確かに、それなら透明化しておいてもらえば済む話なのだから。


結局、ランスロットにはこれまでと同様の対応ということになった。骸骨のお面を着けカツラを被りフードも被り、服を着て手袋をしていれば、変人とは思われるだろうが、まさか中身が本物の骸骨だと気づく人間はほとんど居ないだろう。(ランスロットが禍々しいオーラを出さなければだが。)


子供達をヴェラとランスロットに任せ、リューは何の用事があったのか? リューはモリーとともに、モリーの古巣を尋ねたのであった。


街の一角にある小さな古い教会、そこでモリーはシスターをしていたのだ。


そこには年老いた優しい神父様と数人の孤児達が居るはず。モリーが元気である事を知らせてやりたいだろう。


だが、教会があったはずの場所に到着してみると、建物は焼け落ち、焦げた石の壁と柱が残っているだけであった。


モリー 「一体何が……?」


近所に仲良くしてくれたパン屋があるとモリーが言うので、そこに行って尋ねてみることにした。


アンヌ(パン屋の女将) 「あんた、モリーじゃないか! 無事だったのかい!」


モリー 「はい、犯罪奴隷に落とされ酷い目に会いましたが、こちらのリュー様に助けて頂きました」


アンヌ 「奴隷だって?! でも首輪もしていないね、開放されたんだね? 良かったねぇ」


アンヌは飛び出してきてモリーを抱きしめて涙を浮かべていた。


モリー 「あの、教会は……、神父様と子供達はどうしたのでしょうか?」


アンヌ 「ああ、モリーが連れて行かれた後、火災があってね、神父様も子供達も逃げ遅れて、みんな死んじまったんだよ……」


モリー 「そんな……」


アンヌ 「あんたを連れ去った子爵が火を放ったんだとアタシは思ってる。でも、証拠もないし、あっても貴族様には逆らえないしね……」


ジョン 「余計な事言うもんじゃねぇよ、誰かに聞かれたらどうすんだ」


奥からパン屋の主人・ジョンが出てきて言った。


モリー 「おじさん!」


パン屋のジョンとアンナはよくパンを教会に届けてくれていた。売れ残った廃棄するパンだから遠慮するなと言っていたが、その割にはいつも焼き立ての香りがしてとても美味しく、子供達もとても喜んでいたものだった。


ジョン 「モリー、元気そうでなによりだ。だが、せっかく助かったのだから、こんなところをウロウロしていてはいけない、すぐに街を離れるんだ。また代官のキロン子爵に見つかったら何をされるか……」


この街を治めているのはコンクルト子爵家である。この街は反王派の貴族の一人、ジョルラン伯爵の領地であるが、代官としてコンクルト子爵家が運営を任されていた。


先代のセロン・コンクルト子爵は、良君とは言えなかったが、暴君とも言えず、程々にそつなく代官をこなしていた。しかし、セロンは長くは生きなかった。戦争で受けた傷が寿命を縮めたと言われているが、実は息子に暗殺されたのではないかという説も囁かれていた。


その噂の息子がキロンである。実はセロンの実の息子ではなく、セロンの妻の連れ子であった。セロンとは血の繋がりはないのだが、戦乱で乱れたこの国ではあまり細かい血筋などは調査されず、そのまま義父の後を継ぎキロンが子爵となり、ジャールの街の代官となったのだ。


そのキロンが、たまたま街の行事に参加していたシスター・モリーを見初め、言い寄ってきたのであった。


もちろん、神に仕えるシスターであるモリーは断ったが、キロンは強引にモリーを手に入れようとしたのだ。


キロンは平民など奴隷だと思っているようなタイプの貴族であった。これまでは父親のセロンの手前、あまり好き勝手はできなかったが、自分が後を継ぎ正式に代官となった事で、晴れて、街の人間は全て自分の奴隷になったのだと思ったわけである。


だが、いくら言ってもモリーは従わない。シスターであるモリーにとっては代官の命令より神に仕える事のほうが大事なのだから当然である。


だが、キロンはそんなモリーに腹を立てたのだ。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


処刑


乞うご期待!



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