第320話 処刑台の男を助けろ

キロンはもともと平民を見下している貴族である。モリーの美しさに一目惚れしたとは言え、平民を恋人や妻にする気などなく、単に玩具にして飽きたら捨てるつもりであった。


だが、単なるおもちゃ程度にしか思っていなかったからこそ、言うことを聞かないモリーに猛烈に腹を立て、後悔させてやろうと思うようになったのだ。


キロンは街の衛兵に命じ、モリーを逮捕させた。罪状は子爵家の財宝を盗み出したというものであった。もちろん冤罪である、モリーは子爵の屋敷など、場所すらも知らなかったのだから。


キロンは、子爵家の機密に関わるモノを盗み出されたとして、子爵家で取り調べを行うとして逮捕したモリーの身柄を引き取り、キロン自ら面白がってモリーをいたぶって楽しんだのだ。


凄惨な拷問の末、モリーはボロボロになった。傷だらけで薄汚れたモリーにキロンもやがて興味を示さなくなり、最期には犯罪奴隷としてモリーは売り払われたのだ。


一応、犯罪奴隷とするからには裁判手続きが必要なのだが、モリーはキロンに教会の神父と子供達を殺すと脅され、罪を認めたのであった。(モリーは犯罪奴隷に落とされ売られていったため、その後、教会が焼き討ちにあった事は知らなかった。)


火事で死んだ神父と孤児達を気の毒に思った近所の人達が教会の裏手に墓を作ってくれていた。


そこに花を摘んできて供え、手を組み祈るモリー。彼女の祈りはいつまでも続いた……


その後姿を見守るリューとパン屋の夫婦。


アンナ 「そういえば、そろそろ時間じゃないかい?」


ジョン 「おい、それは言わなくていいだろう」


リュー 「? 何の話だ?」


ジョン 「知らない方が良い事もある、どうせ何もできはしないのだからな……早く街を出る事だ」


リュー 「なんだ、言ってみてくれ、案外、なんとかできるかも知れないぞ?」


アンナ 「いや、それがねぇ」


ジョン 「オメェはまたそうやって! オメェはおしゃべりなところが欠点だっていつも言ってるだろーが!」


アンナ 「何さ、あんただって人の欠点とやかく言えるほど立派な人間じゃないだろ!」


ジョン 「お、俺は欠点だらけの人間だよ、お前と違って。お前はお喋りなところさえなければ欠点のない最高の女だからなぁ」


アンナ 「あらやだ最高の女とか人前でこっ恥ずかしい、もっと言って」


リュー 「あー、喧嘩は後にしてくれるか? で、今日何があるんだ?」


アンナ 「それは……」


ジョン 「……何もない。モリーのためを思うなら、早く街を出な」


リュー 「……」


リューはジョンの目を静かに見つめた。リューの視線に全てを見通されたような気がしたジョンであった。



   *  *  *  *



その頃、ジャールの街の中央広場。


広場の中央に一段高い場所にギロチンが設置されている。


その周囲には柵が設置され、その周りを騎士達が警備している。


町の住民がその周囲を取り巻き見守っている。


断頭台の横に、引っ立てられてきた男が立たされる。


『あんたぁ~』『おとう~』


思わず駆け寄り柵を越えようとした母娘が騎士に捕まる。断頭台の上の男の妻と娘であった。


断頭台の上の男の名はルガル。かつてこの街の警備隊長だった男である。面倒見が良く、義侠心に溢れた男で、慕っている者も多かった。


だが、代官の非道なやり方に我慢ができず、意見しに行き、そのまま不敬罪で逮捕されたのだ。長く牢に入れられ痛めつけられていたが、この度、反逆罪で公開処刑される事となったのだ。


街の人間達に対し、反抗すればこのような目に遭うという見せしめなのだ。


街の人々も代官への不満は積もり積もっていたが、騎士が見張っている中で、街の人間もどうする事もできはしない。


役人によって男の罪状が読み上げられていくが、その時、取り囲む街の住民の後ろで不穏な動きをしている者たちが居た。


怪しげな者が侵入してこないよう、街の警備兵達が広場の外周の警戒に当たっていたが、その警備兵と揉めている冒険者が居た。


警備兵1 「タスー? タスーじゃないか? 隣町で冒険者になったんじゃなかったのか?」


ジャールの街に来る途中でリューが助けた冒険者、タスー達である。


タスー 「お前ら…隊長をこのまま見殺しにする気か?」


警備兵達 「……」


タスー 「お前らだって隊長にはさんざん世話になっただろうが!」


警備兵1 「貴族には逆らえないさ。下手に逆らえば俺達も断頭台行きになるだけだ、隊長のようにな……」


警備兵2 「助けようにも、ああも騎士達に固められていては手が出せん……」


タスー 「さんざん貴族に搾取され続けて、このままでいいと思ってるのか? 貴族は俺達の事なんざゴミとしか思ってないぞ? 街の人間だってみんな不満に思ってる、お前らが一斉に蜂起すれば街のみんなだって……」


警備兵1 「無駄だよ。騎士は一人で俺達平民十人分の戦闘力ちからがある。貴族はもっと強い魔法ちからがあるというじゃないか」


警備兵2 「街の人間全員で掛かったとしても、皆殺しになるだけさ」


タスー 「……くそ。俺は一人でも行くぞ」


警備兵1 「一人で何ができる? ……まさか、おまえ、隊長と一緒に死んでやるつもりなのか?」


タスー 「いや、できたら死なずに切り抜けたいと思っているんだがな」


警備兵2 「何か手があるのか?」


タスー 「……ない」


がっくりする警備兵達。


タスー 「だが、だからと言って隊長が理不尽に殺されるのを黙って見ている事は俺にはできないんだよ……


俺は一度死にかけたところを隊長に救われた。この生命は隊長のために使うって決めたんだ。


ベリンとヨリンは残っていろ、俺一人で行く」


ベリン 「何言ってんだ、俺達も行くよ」

ヨリン 「俺達も隊長には世話になってるんだ」


警備兵3 「お、俺には家族が居るんだ、無茶はできん」


ベリン 「いいよ、別に力を貸してくれとは言わない、ただ、黙って通して」

ヨリン 「ホコリが目に入って何も見てなかったって事にすればいいじゃん」


ヨリンが魔法で風を巻き起こす。その風が土埃を舞い上げ、警備兵達の顔に纏わり付いた。


タスー 「よし、行くぞ!」


警備兵1 「おい、待て、考え直せ」


だが、タスー達は警備兵達の制止を振り切って群衆の中に駆け込んでしまった。



   *  *  *  *



祈りを終えたモリーが戻ってくる。


リュー 「行くぞ、急ごう」


モリー 「行くってどこへですか?」


妙に急かすリューにモリーは行き先を尋ねた。


リュー 「ルガルという男を知っているか? この街の警備隊長だった男らしいが」


モリー 「ルガルさん? ええ、知っています、いつも私や教会の子供達の事を気にかけてくれていた優しい人です。ルガルさんがどうかしたのですか?」


リュー 「そのルガルという男が、今日、これから広場で公開処刑になるらしい」


モリー 「そんな! どうして?」


リュー 「罪状は不敬罪と反逆罪だそうだ」


結局、パン屋のジョンは何も語らなかったのだが、リューは神眼を使ってジョンの心を読んだのである。


リュー 「ルガルはモリーが犯罪奴隷に落とされた事を代官に抗議に行き、逮捕されたらしい。それを聞けばモリーが自分を責めると思って、パン屋のオヤジは何も言わなかったようだな」


モリー 「そんな、ルガルさん……」


リュー 「助けに行くぞ!」


リューはモリーを連れて処刑が行われる広場に転移した。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


「あのーーー?」

「うるさいな、なんだ?」

「私はどうなるんでしょー?」

「そりゃ、断頭台に居るんだから、首が落ちるんじゃないか?」


乞うご期待!



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