第287話 国王は腰が低かった……
宰相の首に剣が突きつけられていた。
剣はその刀身だけが、空中に浮かんだ小さな魔法陣から生えている状態である。
見ればリューの片手にはいつのまにか剣の柄が握られている。だが、鍔の部分に魔法陣が浮かんでおり、その先に刀身はない。リューの剣は、亜空間を通して宰相の前に突き出されているのである。
宰相 「な……これは一体……?!」
ドロテア 「亜空間を通って空間を越える、時空魔法ですな」
リュー 「俺はその気になればアンタの体の中に直接剣を送り込んでしまう事ができる、例えばこんな風に」
リューは剣を魔法陣から引き抜くと、剣も魔法陣も消えてしまう。そして今度は別の魔法陣にリューが手を突っ込む。
すると宰相が胸を抑えて呻き出した。
宰相 「ひっ…にゅっ……?!」
リュー 「直接心臓を握られた感想はどうだ? その気になれば、指一本でアンタの脳みそをかき回して殺してしまう事ができるぞ?」
魔法陣から手を抜いたリューは、しかしちょっと後悔していた。人の体内の臓器に直接触れるのはあまり気持ちの良いものではなかったのだ。
リューはこそっとクリーンの魔法を使って手を綺麗にしたのであった。
リュー 「俺はなんなら、遠い別の国に居ながらでもアンタの命を断つ事ができる」
宰相 「そ、そんな
ドロテア 「魔法封じの魔法陣は、時空魔法には対応していないのだろう。そもそも、膨大な魔力を必要とする時空魔法を個人で扱える者など居ませんから、想定されておらんでしょうな。何度も言ったはずですよ、リュージーン殿は規格外、神災級であると。いくら言ってもあなたは信じなかったが?」
リュー 「俺はそもそも人間ではない、“竜人” らしい。ならば、たかが人間の王が、俺の前で跪かないのは何故だ?
……なんて言う事もできるんだが?
地位を裏打ちする力が必要だというのなら、
身を以てリューの力を知った宰相は、さすがに青くなった。宰相の心臓にはリューに握られた感触がまだ残っている。
宰相 「そ、そのような者……危険過ぎます! 王よ、生かしておいては危険だ、討伐を」
王 「もうよい宰相! 話が進まんから以降、許可があるまで口を開くな!」
宰相 「はっ…………」
リュー 「やっと話ができるな」
するとなんと、エドワード王は玉座から降り、リューと同じ床まで下りてきて、膝を突き頭を下げたのであった。
王 「お初にお目にかかります、賢者殿。私がこの国の王、エドワード・アルバイン・ガレリアです」
宰相 「王! 何を……! このような下賤な者に王が跪くなど、してはなりませんぞ!」
王 「黙れと言ったはずだぞ? 次に勝手に口を開いたらお前を解任する。それに……この方を怒らせれば国が滅ぶ。ドロテアの報告の通りだと確信した。国を、民を守るためならば、膝を突くなど何でもない事だ。
リュージーン様、臣下の者の無礼、どうか許して下さい、この者には後で厳しく罰を与えておきますゆえ」
宰相 「……っ」
リュー 「おっと正直予想外……」
正直、王がいきなり頭を下げてくるとは思わなかった。
リューは土下座せんばかりの王を慌てて止める。
上から高圧的に来られたら腹が立つが、さすがに一国の王に土下座させる気もない。
リュー 「いやいや、やめてくれ。立ってくれるか。敬語も要らない」
ガレリア国王の予想外の態度にリューは珍しく、少しだが狼狽えてしまった。
考えてみれば、この世界に来てから低姿勢で人に応対されたのは初めてのような気さえした。地球に居た時であれば、アルバイト先で偉い人に頭を下げられるような経験はあったが、この世界では低姿勢で礼儀正しい偉い人というのはあまり見た記憶がない。
リューは日本でサラリーマンをしていたが、大会社の社長・会長というような肩書を持つ、平社員だったリューにとっては雲の上のような立場の人間は、接してみると意外にも、バイトの学生にも頭を下げて労ったりするほど低姿勢で礼儀正しい者が多かった。逆に、「部長」くらいの肩書を持つ者は、相手の立場が下と見るややたら威張り散らし理不尽な事を言い出す者が多かった。
思い返してみれば、今世界でも各国の「国王」の座についている者は、そこそこ、まともな人間が多かったようにも思う。人間、中途半端に偉くなると威張りたがるものなのだろうとリューは思っていたが、この世界でもそれは変わらないのかもしれない。
リューとしても、相手がまともで礼儀正しいほど、あまり強引・失礼な事もできなくなってしまう。
リュー 「俺が王より偉いと言うのはただの “喩話” だ。本気で自分がそんなに偉いなどとは思っていないさ……おれはあくまでただの一般人、平民のつもりだ。まぁ、対等な人間として話ができるならそれだけでいいんだ」
その言葉を聞き、少しだけホッとした表情でエドワード王は立ち上がった。
本当は王と平民が対等に話すというのもこの世界の常識ではありえない事である。宰相はその言葉に怒りの表情であったが、王に叱られたばかりなので口を挟む事は控えたようだ。
王 「対等な相手と認めてくださるのか、賢者殿」
リュー 「やめてくれ、賢者でもない」
王 「ダヤンの街に派遣したブリジットからは賢者様で間違いないという報告があがっていますぞ?」
リュー 「ブリジットの勘違いだ、そんな【称号】は持ってないからな」
王 「だが、我が国の英雄であり国家最高の魔道士、この国唯一の魔道士ランクSを持つドロテア・リンジットが自分を越える実力者であると認めた。 “国家戦力” とも言われるドロテアが歯が立たないならば、一人で国を滅ぼす力があるとおっしゃるのも、本当の事でしょう」
リュー 「別に、攻撃されない限りは、俺から攻撃するつもりはない。いくら力があろうと、力づくで理不尽な要求をするつもりとかないから」
リュー (ホントはちょっとあったのだけど、王の出方次第では。)
リュー 「あ、言葉遣いが偉そうなのは気にしないでくれ。俺は敬語が使えない呪いにかかっているんだ」
王 「そんな呪いが……? 賢者殿に解けない呪いがあるとも思えませぬが……」
リュー (う、鋭いなこの人……)
王 「ふふ、実は私も敬語は苦手でしてな。お互い言葉使いなど気にせず気さくに話させてもらえればありがたいです」
リュー 「もちろんそうしてくれ。まぁ、敬語が苦手なのは当たり前だろうな、自分より偉い者が居ない立場なのだからな? まぁ、言葉遣いとか気にしないほうがお互い話が早くてよい」
王 「なれば、友人として話をさせて貰えるか? 私の事はエドワード、あるいはエドと呼んでくれると嬉しい。で、本日は何か、私に言いたい事があるとか……?」
リュー 「あ、ああ、この国の法律について、少し尋ねたい事があってな」
まさかの国王の下手な態度にちょっと調子が狂ってしまったが、改まって、リューは尋ねた。
リュー 「この国では、人を攫って奴隷として売る事を認めているのか?」
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次回予告
国王は若くて話の分かる気さくな人物だった
乞うご期待!
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