第281話 レスターとアネット、奴隷から解放される

奴隷商 「それでは、奴隷についてあまりご存知ないようですので少しご説明いたしましょう」


奴隷商はなんだか媚びた目つきで説明を始めた。


奴隷商 「契約が完了しましたので、この奴隷達は持ち主、この場合はリュージーン様に金貨イチマ……その、購入金額分の借金を負った事になったわけです。


その金額を奴隷たちが持ち主に返済し終われば解放を要求する事ができ、持ち主はそれを拒否できません。


借金額には利息を加算することも可能です。利息の利率・奴隷達の給与額については奴隷ギルドで定めたルールに則って計算されますので、不当に高い利率や安い給与にするなどして借金を返せないようにする事は禁止されています。ただ、奴隷の売買額に対して奴隷の給与は決して高いものでもないですから、借金を返しきれず、奴隷のまま人生を終える者も多いです。


奴隷の持ち主は、奴隷の衣食住を保証する義務があります。暴力を振るったり、ひどい環境に置いて体調を崩させたりすると重罪になります。発覚した場合、持ち主が犯罪奴隷に落とされる事になるのでご注意下さい。このへんの法律はどこの国でもだいたい一緒ですね」


リュー 「奴隷の給与は奴隷ギルドのルールがあるという事だが、高い給料を払う分には問題ないのだろう? 極端な話、持ち主が一日で借金返済終了と認めれば、そのまま即時解放してしまっても構わないわけだよな?」


奴隷商 「へ? そりゃぁ、持ち主の自由ですが……高い金を出して購入した奴隷を、ちょっと使っただけですぐに解放するなんて、そんな馬鹿な事をする人間は居ないと思いますが?」


リュー 「俺は馬鹿な人間だからな、そういう馬鹿な事をするんだよ。じゃぁ、今すぐ解放してくれ。借金の返済は終わったと認める」


奴隷商 「本気ですか…? あとで後悔してもどうしようもありませんよ?」


実は、リューにとってはむしろ、奴隷を自分が所持している状態のほうが負担に感じる。奴隷を所持するという事は、奴隷の命と生活を守る責任があると言う事でもあるからだ。


この世界に来てから、自分以外の誰かについて責任を持つという経験はなかった。いや、日本に居た時も、結婚もしておらず子供がいなかったリューにはそのような経験がなかったのだ。


ミムルの街では孤児院のシスターと子供達を守りたいという思いも持つようになったリューであったが、それも結局守りきれなかった苦い経験でしかない。


リュー 「後悔などしない。仮にしても、お前のせいだとは言わんさ。だから、はやくやってくれ」


奴隷商 「そうですか……その……実はですね……」


リュー 「どうした?」


奴隷商 「今すぐ解放する事はできないのです、実は、隷属の首輪を扱える術者が、現在この街には居りませんもので。二~三日お待ち頂ければ、術者を隣町から呼び寄せる事ができますが」


リュー 「術者は常時、店に居るわけではないのか?」


奴隷商 「はい、隷属の魔術、特にその鍵術プロテクトに関する技術は、対応できる術者が非常に限られておりまして……」


リュー 「ならば、俺が試してみてもいいか?」


奴隷商 「え? いやいやいや! 下手な事はしないほうがよいですよ! 隷属の首輪を無理に外そうとすると奴隷の生命、または精神を破壊するような仕掛け・・・になっているのです。それを解除するのが技師の仕事でして、それができる技術者が少ないのです」


リュー 「術者が少ないのは分かったが、仮に、俺にそれができたとして。俺が自分で所有する奴隷を解放する事は、別に問題ないのだろう?」


奴隷商 「やめておいたほうがよろしいかと。奴隷に虐待を行う事も重罪となります。下手に隷属の首輪を解除しようとして奴隷を殺してしまった場合、今度はあなたが犯罪奴隷に落とされる事になりますよ?」


リュー 「なるほど、奴隷を傷つけたり殺してしまったら罪になる、か。だが、何の問題もなく解除できるなら、その行為自体には問題はない、という事でよいのだよな?」


奴隷商 「ええ……まぁ……。できるなら、ですが。


例えば、奴隷ギルドで働いていた元技師が、自分の買った奴隷を自分で解放するという事であれば、問題にはならないかと思います…」


リュー 「そうか、なら問題ないな」


そう言うとリューは二人の首に嵌っていた首輪を指で摘むと、いとも簡単に外してしまった。首輪は特に抵抗もなくアッサリと外れ、特に兄妹二人に異常もないようである。


それを見た奴隷商はしばらく絶句フリーズし、数秒後、再起動して漏らした第一声は―――


奴隷商 「……ありえない……」


プロテクトによる傷害が何も起きなかったのは、もちろん、リューの魔力分解のおかげである。隷属の首輪が保持している魔法術式をすべて分解、無に帰してしまったわけである。


どのような “鍵” が掛けられていようとも―――例えば、無理に解錠しようとすると毒ガスが吹き出す罠が仕込まれている錠前があったとして、先にその毒が噴出する機構を破壊、あるいは毒そのものを分解・無害化できてしまえば問題ない。


リューならば、どんな魔法術式のプロテクトでも【分解】してしまえるだろう。


だが、これは本来あってはならない事であった。奴隷ギルドに所属する、特殊な能力を持ち、高度に訓練された専属の超レア術士以外が隷属の魔法の解除を行えるなどという事は、奴隷ギルドにとってはあってはならない事なのである。


奴隷を一元管理している元締めである奴隷ギルドの本部がこの事を知ったら、リューは要注意人物として目をつけられる事になるだろう。


ただ、この奴隷商はまだそこまで重大な問題であるという認識をしておらず、すぐに本部に連絡するという事はなかったのであったが。





レスターとアネットは無事、奴隷から解放された。


もう用はないと二人を連れ奴隷商を出ようとしたリューであったが、その時、妹のアネットがリューの服を掴んだ。


アネット 「あの……!」


リュー 「ん?」


アネット 「あの……もう一人、助けてほしい人がいるの」


レスター 「おい、だめだって我儘言っちゃ! 僕たちを助けてくれただけでもありえない事なんだから」


そう兄に言われると、アネットは悲しげに目を伏せながら手を離したのだった。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


奴隷に落とされ人生を諦めた女


乞うご期待!



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