第188話 不死王質問タイム
不死王 「…研究じゃな」
リュー 「…ええっと、魔法とか?」
不死王 「魔法など当の昔に極めた。もっと根源的な研究じゃ。一言で言うなら……“世界” についての研究、かの」
リュー 「…不死身だと言ったが、どれくらい生きているのだ?」
不死王 「さてな。もう分からなくなってしまった。…人間が、何度も滅びかけては、また増え、また滅びかけて……という事を繰り返していたのを何度も見ていた。と言えば分かるかの?」
リュー 「数百年レベルの話ではないな、千年単位の話か」
不死王 「千? いや、万の単位じゃな。
昔は人間以外の種族も今よりずっと多かった。どの種族もみな人間より長命であったが、滅びてしまえば終わりであった。じゃが、それよりずっと短い命しかない人間が、滅びずに今まで生き延びているのは面白い事じゃ」
リュー 「寿命が長い生物は繁殖力が弱いと聞くな」
不死王 「あまりに長く生きると、生きる意欲もなくなってくるようじゃな。ワシのように死ねない者はどうしようもないが、滅んでいった長命な種族は、そもそも種を存続させようという意欲があまり強くなかったようじゃ…」
リュー 「その、何万年か―――何十万年か? の間、ずっと地底で研究を?」
不死王 「ずっと引き籠もっていたわけではないぞえ、ここに研究所を構えたのはここ二~三千年というところじゃ」
リュー 「そんなに長い間研究を続けていたら、研究する事もなくなってしまわないのか……?」
不死王 「いくつかの研究は極めたが、研究ジャンルはいくらでもある、尽きる事はないの。まぁ、死ねない故の暇つぶしでもあるのじゃが。今は、世界について、そしてこの世界を創った神について迫ろうとしておるところじゃ」
リュー 「神になろうとしているのか?」
不死王 「別にワシ自身が神になりたいと思っているわけではない。だが、神の存在とその力は興味深いのう。
リュージーンよ、お主はどう思う? この世界は何故創られたのだ? 神とはなんぞや?」
リュー 「そんな事は俺には分からない」
不死王 「まぁ、答えられる者はいないじゃろうがの。
じゃが、ワシは一つの仮説に辿りついた。
神は、善きモノを生み出すために、悪しきモノを創ったのではないか? とな」
リュー 「……悪い者が居なければ、善い者が引き立たない…?」
不死王 「引き立つ、というより存在し得ない、と言う事じゃ。
この世界に神が存在しているのなら、なぜ、この世界には悪人が存在するのじゃ? なぜ、この世界の者に不幸がなくならないのじゃ? 神が居るというのなら、悪は排除し、不幸などない世界を作ればよいではないか? なぜこの世界は不自由で溢れており、不幸な者が溢れて居るのじゃ?」
リュー 「…神が怠慢だと言いたいのか? いや、世界が広くなりすぎて、神がケアしきれなく成った、とか?」
不死王 「惜しい答えじゃな。そもそも、神はこの世界の不幸な出来事をなくそうとは思っておらんのじゃろう。
お主にもわかりやすく言うならば……
例えば、お主は空気を呼吸して生きておるが、空気がある事がどれほど素晴らしい事か、感動し感謝しながら生きては居らぬであろう?
空気は、あって当然のモノであり、そのありがたみなど誰も考えはしない。
もし空気が少なくなれば、その時初めてありがたみを感じるじゃろうがの。
あって当たり前の状態に戻ってしまえば、また誰も感謝などしなくなるし、その存在そのものが忘れられてしまうのじゃ。
物事というのは比較対象がなければ、存在していないのと同じなのじゃよ。
汚い床の一部分だけ磨き上げれば、そこだけが際立って美しいと感じられるじゃろう?しかし、全ての床が同じ様に磨き上げられてしまえば、床の事になど誰も意識を向けなくなるのじゃ。
意識される事がなければ、存在しないのと同じじゃ。
飢餓に苦しんでいる者達から見れば、食べ物が有り余るほどある世界はどれほど幸せに見えるだろうか。しかし、食べ物が有り余っている世界の住人は、食べ物はあるのが当たり前で、ありがたみも感じない。だから平気で捨てたりする。あって当たり前のモノに誰も感謝などしないのじゃよ。
比較対象がなければ物事は存在し得ないとしたら、人間たちが必死で追い求めている “幸福” などと言うものは、決して得られぬ幻となってしまうじゃろう。
足りなかったものを手に入れれば、その者は一時は幸せを感じる。だが、あって当然になってしまえばそれは幸ではなく空気じゃからの。ほしかったはずの幸せは、いつのまにかあって当たり前となり、存在しないのと同じモノになるわけじゃ。
そして、人間達は、さらなる幸せを求め、不足しているモノを探し始め、足ることを知らず、不満を漏らし始めるのじゃ。
人間という種は、特にその傾向が強いの。それ故に、発展した。
振り返れば、滅びた種族は、足る事を知り、満足してそれ以上を求めなかった者達であったとは言えるかも知れん……。
逆に、人間と言う種は、どれほどたくさんのモノを得ても、どれだけ恵まれた環境になっても、必ず不満を見つけ出す。どこまで行っても永遠に不満を言い続ける、リュージーンよ、人間とはそんな生き物だと思うじゃろう?」
リュー 「まぁ、前世の俺が生きていた国では、相当に恵まれた環境に居るはずなのに、不満ばかり言ってる人間が多かったけどな。そうじゃない人間も居たと思うぞ。」
不死王 「仮にじゃ、欲しい物を全て手に入れ、不満を全て解消してしまう事ができた人間が居たら、その後、どうなると思う?
すべての不満を解消してしまった時、それは逆に言えば、幸福の存在しない世界とも言えるのじゃないか?」
そう言われて、リューはふと、日本の学生時代のある先輩の事を思い出した。その先輩は、運動神経も良く、顔も良く、性格も良し。頭も非常に良く、司法試験に労せず合格した。しかも実家はマンションをいくつか経営している小金持ちで、卒業後、そのいくつかを任され、実質的にほとんど働かなくて良いという恵まれた状況であったのだ。
そんな、天に二物三物四物を与えられたかのような先輩であったが、なぜかずっと我が身の不幸を嘆いていた。何でも手に入ってしまうが、欲しい物がないのだという。不幸ではないが、幸せが何もないという事のようだ。
誰かを深く愛したと言う事もないし、スポーツも芸術もやればそこそこの成績を労せずして手に入れてしまうが、とくに情熱を燃やすものには出会えなかった。
会社経営や投資、弁護士の仕事やボランティアなど、いろいろな事を周囲の人間から薦められ実際にやってもみたが、結局やりがいを見つけられず、最後はうつ病になってしまい、引きこもりのような生活になっていたという。そして最後には自殺してしまったのだ。
死ぬ前の何年間かは人間はどこから来たのか、どこへ行くのか?というような事を言っていたと葬式で会った先輩の友人達に聞いた。もちろん、近寄ってきた宗教団体も多かったそうだが、どのような宗教も、その先輩を満たしてはくれなかったらしい。
正直、毎日の生活に追われ、金を稼ぐために下げたくもない頭を下げて必死で生きていたリューからすれば、そんな恵まれた環境に居てふざけるなと思ったものだが。人間というものは、衣食住の苦労がなくなり働く必要もなくなった時、そういう事で悩み始めるのかも知れないとは思ったのだった。
不死王 「すべてを持っている究極の存在とはなんじゃ? それが神ではないのか?
すべてを持っている万能の神は、つまり、何も持っていないのと同じと言えるのかも知れん。
その状態から、何か素晴らしいものを生み出そうとしたらどうすればよい? 一番上に既に到達している存在は、より上を創ることはできんからの。じゃが、下を作れば、上にあるものは再び輝き出すのじゃろう……」
リュー 「……」
不死王 「つまり、この世界の不幸は、神が意図的に創ったとも言えるのではなかろうか。もしそうであるなら、神は不幸を解消する気はないのじゃないかとワシは思っておる」
リュー 「…感動的なドラマを創るには、逆境が必要……?」
不死王 「ドラマという表現は意外と真実を突いているかも知れんの。神は自分の創った世界の中でドラマが見たいのかも知れん。
お主が異世界から転生させられてきたのは知っておる。そう、神が創った世界はひとつではない、無数にあるのじゃ。
その無数の世界の中で紡ぎ出されるドラマを見たいと思った時、お主がその世界の“脚本家”や“演出家”であったとしたら、どんな物語を描く?
全ての人が何不自由なく不満もなく幸せに生きている世界を描くか? そんな物語は面白いか?
何不自由なく苦労知らずの主人公の物語など、何も面白くはないじゃろ。
ドラマを盛り上げるには、悪人や、不幸や、不自由、不満が必要というわけじゃ」
リュー 「……なるほど……」
不死王 「じゃが……モノには限度がある。
あまり長く続いた世界は、やがて、不幸や不満ばかり大きくなり、悪人ばかりになって荒廃していく傾向がある。
お主が過去に生きていた世界はまだ若い世界のようじゃ。それに比べると、この世界は遥かに長く続いておる。全体として長く続いただけで、何度も絶滅しかけておるせいで、文明はそれほど発展しておらんがの。この世界は、言わば、末期的な段階まで来ていると言える。そんな中で、異世界からお主を連れてきた神の意図はなんじゃと思う?」
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次回予告
不死王との対話が続きます
乞うご期待!
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