第155話 力尽きたイライラ、しかし第二波襲来!

実は、バイマークは以前から冒険者が不足している状況があった。それは、ワイラゴダンジョンに潜った初心の冒険者が帰ってこない事例が多すぎたためである。

 

幼い頃からイライラに鍛えられたイライラの息子ラアルは、若くして剣の腕は一流の域であった。そしてあの日、ラアルはダンジョンに初めて潜るという初心者パーティのサポートをギルマスに頼み込まれ、ダンジョンに同行したのであった。ギルマスとしては、これ以上初心者が死ぬのを防ぐため、先輩をサポートに同行させる制度を試行していたのであった。

 

もちろん無理はせず、浅い階層のみで魔物を狩って戻る予定であった。

 

だが、その日、なぜか深層に居るはずのコカトリスと浅い階層で遭遇したのである。

 

それは、スタンピードの兆候であった。その時は、慌てて冒険者・騎士総出で魔物の間引きを行いスタンピード発生は未然に防ぐ事ができたが、それが間に合ったのは、コカトリスに遭遇しながらも生きて帰った魔法使いマジシャンの少女がギルドに知らせてくれたからである。

 

その少女はラアルが同行したパーティのメンバーである。ラアルが身を挺して少女を庇ったおかげで、少女は逃げ延びる事ができたのだった。

 

だが、ラアルはそのために、コカトリスのブレスを浴び、石になってしまったと言う。

 

それを聞いた時、イライラの心には一瞬、怒りと憎しみの感情が湧き上がった。正直に言えば、母親としては息子に生きていて欲しかった。息子がその少女に惚れていたのかなどは知らないが、息子が女のために命を落としたのは、母としては複雑な気持ちがあったのだ……

 

だが、冷静に考えれば息子は仲間の命を、後輩の命を救っただけだ。そして、息子が身を犠牲にして仲間を逃した事で、スタンピードは防がれたのだ。

 

イライラは心の中で「よくやった」と息子を褒めてやり、無事生きて帰った少女を労ったのであったが……イライラの辛そうな様子が居た堪れず、マジシャンの少女はその後、街を去ってしまったのであった。

 

その後、惰性で生きているだけであったイライラだったが、やがて、ダンジョンを攻略すること……コアを破壊し、息子の命を奪ったダンジョンを破壊する事が、イライラの人生最後の目標となっていった。

 

だが、ダンジョンは手強い。どうがんばっても、イライラ一人でどうにかできるものではない。そこで、ダンジョンを攻略できる冒険者を育てるというギルマス・ネリナの計画に乗ったのだ。

 

また同時に、初心者の冒険者が命を落とさないように、ギルマスを通じて領主に働きかけ、ダンジョン入場を許可制にした。

 

息子のように命を落とす若い冒険者が二度と出ないように……





  * * * *




……動きが鈍い。

 

石化ガスはかなり体を蝕んでいる。


もちろん、コカトリスの群れに一人で斬り込んだ時点でこうなる事は覚悟の上であったが。それが分かっていたからこそ、一人でコカトリス殲滅を引き受け、冒険者達が外に出る事を禁じたのである。

 

間もなく自分は石になって死ぬだろう。息子を奪ったダンジョンを破壊する事はできなかったが……やっと、あの世で待っている息子のところに行ける、それもまた良いかなと思うイライラであった。

 

できれば、自分が鍛えた冒険者達と一緒にダンジョンを攻略したかったが……

 

実は、スタピードの直後はダンジョン内の魔物の数が極少になっているため、攻略の狙い目なのである。

 

もちろんイライラも故意にスタンピードを起こそうなどとは考えていなかったが、ワイラゴの状況では、遅かれ早かれスタンピードが起きるだろう事は予想に難くなかったのである。

 

ギルドマスターのネリナもスタンピード直後が狙い目というイライラの考えを聞かされていた。(さすがにそれを公に言う事はできなかったが。スタンピードが起これば多方面に多大な被害が出る。それを狙うと言えば、故意にスタンピードを起こしたのではないかと疑う者が出る事が予想できたためである。)

 

一応、スタンピードが起こる可能性があることは領主に伝え、準備はしていた。ただ、それはもっと先の事であろうと予想されていたのだ。

 

冒険者の中には、イライラのせいで冒険者が増えなかったためにスタンピードが起きたなどと影で言っている者も居たが、それは間違いである。

 

冒険者達からすれば人手不足である状況が長く続き、不満が蓄積していたのであろうが……不満を言う者というのは大局を見ず、好き勝手言うものである。また、実はイライラを陥れようと影で故意に悪い噂を流すものも居たのであった。

 

だが、実際は、研修制度が始まる前よりも状況はかなり改善してきていたというのが事実である。

 

研修制度が始まっても、要求レベルが高かったため一足飛びに冒険者が増えるという事はなかったのであるが、それでも、初心者の大部分が命を落としていた時代に比べれば、研修を乗り越えた腕の立つ冒険者が僅かずつでも増えており、ダンジョン内の魔物の駆除作業の効率も以前よりは上がっていた。以前よりも確実に状況は良くなってきていたのである。

 

ただ、計算外であったのは、ギルマスを始めとしてダンジョンを観察していた者達のスタンピードの予想が外れてしまった事である。思ったよりずっと早くスタンピードが起きてしまったのだ。

 

ダンジョンの状況は常に監視していたし、本当に危険な兆候があれば、イライラとネリナがダンジョンに潜り間引きを行ったりもしていた。ダンジョンの安定性は維持されていたはずだったのだが……


とは言え、自然現象が相手の事である、予想が外れた事を責めても仕方がない事であろう。

 

スタンピードが予想よりずっと早く起きた事で計画が狂ってしまった。現在のバイマークに居る冒険者達の実力では、スタンピードの直後を狙ったとしても、おそらくダンジョンの攻略は成功する確率が低いだろうと思われた。計画は一歩、間に合わなかったのである。

 

そもそも、万全の準備をして望んだとしても、ダンジョン攻略はそうそう成功するものでもないのである。今回は無理をする事はない、地道に育成を続け、次のチャンスを狙えば良いとイライラはネリナに言って出てきたのだ。今回は自分が何とかするので、後は頼んだと……

 

自分が鍛えた冒険者達あの子達なら、今回は無理でも、いつか必ずやり遂げてくれるだろうと信じている。そのために、鬼教官と呼ばれようと批判されようと厳しく鍛えてきたのだから。

 

 

 

 


残るコカトリスは後一匹。それを倒せば街は救える。

 

イライラ (もう少し、あと少しだけ、俺の身体よ、動いてくれ!)

 

……果たして、コカトリスを全て倒したイライラは、膝を突き、尻もちをつき、動かなくなったのであった。

 

自分の死後、愛刀※も、ダンジョン攻略に挑戦する者に渡してやってほしいとネリナに頼んでおいた。

 

※イライラの愛刀「石切丸」は、遠い国のドワーフの名工が伝説の素材ガルボーン(隕鉄)を使って鍛えた名刀である。コカトリスに対抗できる武器となるだろう。

 

静かに目を閉じたイライラ。


やっと、息子に会いに行ける……

 

 

 



……だが、その時、ダンジョンのある北の方向から叫び声が聞こえた。

 

コカトリスの鳴声である。

 

おかしい、コカトリスは全て倒したはず……まだ生き残っているのが居たのか?!

 

慌てて立ち上がろうとするイライラ。

 

しかし、もう身体は思うように動かない。

 

かろうじて、ゆっくりと声のした方向に首を向けると、ダンジョンの方向から、コカトリスの群れが街に向かってきているのが見えた。

 

必死で重い体を動かし、刀を杖にしてなんとか立ち上がったイライラであったが、もはや刀を持ち上げる力はなかった。

 

迫るコカトリスの第二波……

 

だがその時、イライラの横にネリナが降り立った。



― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

ネリナ、コカトリス足止めに奮闘

 

乞うご期待!

 

 

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