第154話 イライラ、コカトリスを蹂躙

コカトリスは、石化ガスを獲物に吐きかけ石化させた後、それを啄む魔物である。

 

しかし本当は、石が好きではなく、彼らもできたら石化していない状態の動物や魔獣を食べたいのである。

 

街の中にたくさん居る弱い人間達はまさにコカトリスにとってご馳走なのである。

 

破壊されてしまった門から三匹のコカトリスが街の中へ侵入してくる。騎士団が慌てて防衛に回るが、コカトリスが石化ガスを吐くたび、あれよあれよと石にされてしまう。

 

しかも厄介な事に、コカトリスには魔法による攻撃が一切効かないのである。魔法はコカトリスの吐き出す石化ガスに当たると霧散して消えてしまうのだ。そして、繰り返しガスを吐くコカトリスの周囲にはガスの成分が浮遊しており、魔法を無効化する障壁になっているのであった。

 

コカトリスはダンジョンワイラゴの深層にいるモンスターである。このダンジョンを攻略するのに、コカトリスとの戦いは避けられない。

 

実は、新人研修においてイライラが魔法使いを厳しく扱い、ほとんど不合格としていたのは、コカトリスに魔法が通用しない事を知っていたからである。

 

コカトリスに有効な攻撃は、接近しての物理攻撃のみ。だが、その羽毛と鱗は頑丈で、生半可な剣士の剣では弾かれてしまう。それを切り裂くには、かなり高ランクの戦士の破壊力のある物理攻撃が必要なのである。

 

石化ガスに対する防御策が一切見つかっていない以上、コカトリスを倒すには、ガスを躱しながら一気に距離を詰め、短期決戦で仕留めてしまう必要がある。剣士の攻撃力を高める支援魔法が使える魔法職であれば役に立つであろうが、攻撃魔法や治癒魔法、防御系の魔法に特化した者では、魔法を無効にしてしまうコカトリスには対応できないのだ。

 

実は、イライラが鍛えて作り出そうとしていたのは、ワイラゴ攻略に特化した冒険者なのだ。

 

偏った構成になると批判はあるだろうが、いつかワイラゴを攻略した後も、鍛えられた者達は冒険者として立派にやっていけるはずだ。

 

魔法職マジシャン治癒職ヒーラ-の重要性を理解していないわけではないが、魔法や治癒を活かしながら冒険者をしたいなら、他のもっと安全なダンジョンで活動すればよい、危険なワイラゴである必要はないのだ。


(魔法使い嫌いと思われていたイライラであるが、『魔法使いは冒険者になるな』などとイライラは言った覚えはない。ただ、言葉足らずと鬼教官というイメージで噂に尾ひれがついて、誤解されているのであった。) 

 

 

 

 

必死の防戦を続ける騎士達であったが、その攻撃の大部分が通用していない。騎士団に居た魔法が使える者が放った攻撃はすべて霧散してしまう。遠くから放たれた矢や槍もまた、コカトリスの体表を貫く事はできず、地面に落ちていく。

 

このままではコカトリスによって街は全滅するだろう。その前に、街の住民を反対側の門から逃がすべきだろうか? だが、今、街の外にはダンジョンから溢れ散っていった魔獣達がウヨウヨいるのだ。

 

いよいよとなったら、コカトリスと戦うよりは、外に逃げて、闊歩する魔獣達を掻い潜り生き延びる可能性に賭けたほうが良いであろうが……

 

 

 

 

その時、一人の影がコカトリスに高速で接近し、一瞬にして首を切り落としてみせた。


その手に黒い刀を持った戦士、それは―


元Sランク冒険者、「鬼教官」イライラであった。

 

イライラは、門から侵入してきたコカトリスに向かっていくと、高速のフットワークで石化ブレスを躱しながら、次々と斬り倒していった。イライラは引退して教官になってからもトレーニングを欠かしてはおらず、その実力に陰りはなかった。

 

それを見て、生き残っていた騎士達から歓声が上がる。

 

城内に入ったコカトリスを殲滅したイライラは、そのまま門から出て城外に居たコカトリスを屠り始める。

 

同時に冒険者達が一斉にやってきて、破壊された城門を塞ぐ作業に取り掛かる。外に出たイライラは締め出されてしまうが、構わないからそうしろというイライラの指示であった。イライラは、自分が出て一人でコカトリスを倒すから大丈夫だと言い、冒険者達には絶対に街の外に出るなと厳命したのだ。

 

コカトリスは一匹でも街が壊滅してもおかしくない危険な魔獣である。それがむれで現れる、それがワイラゴの危険性なのである。

 

しかし、イライラは有言実行であった。見る見るコカトリスを屠っていく。このペースで行けばコカトリスをすべて仕留める事も可能と思えた。

 

城壁の上から様子を見ていた騎士達が歓喜に沸く。

 

だが……

 

徐々にイライラの動きが鈍って来る。

 

様子がおかしい。

 

イライラの顔色が石のようである。

 

イライラは、石化ガスを直接浴びてこそいなかったが、コカトリスの近くを走り回っていた。

 

霧散して希薄になっているとは言え、石化ガスの成分がコカトリスの周囲には充満しているのである。僅かずつでも、長時間そのガスを吸っていれば、徐々に石化の効果が出てしまうのであった……。

 

それでもイライラは必死で走り回り、剣を振る。

 

現時点で、自分以外にコカトリスに対して有効な攻撃力を持っている者は居ないのだ。自分が倒れてしまえば、その時点で街の滅亡が決定してしまう。

 

死んでもコカトリスは殲滅する、イライラは不退転の決意で城外に出たのだ。

 

イライラは自分の命などとうの昔に捨てている。

 

あの時……


冒険者となった息子がワイラゴでコカトリスに石にされたあの日、イライラもまた死んだのだ。

 

 

― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

敵を殲滅し、そして力尽きたイライラ

イライラの思いとは?

冒険者達はイライラの希望

 

乞うご期待!

 

 

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