第4話 ランクアップ試験 後編

ヨルマはこの街のBランク冒険者の中でも古参のベテランである。レベルも40超えを果たしており、Bランクの冒険者までしか居ないこの町では最強と称される猛者である。経験も豊富であり、伊達にレイドのリーダーを任されてきたわけではない。


たった今、驚異的な強さを見せつけたリュージーンであったが、ヨルマは、自分が本気で戦えば負ける事はないと自負があった。


確かに、リューの超人的な膂力は驚異だが、最初から分かっていれば対策のしようはある。


自分なら……手加減なしの本気で掛かればリューを倒せる。


……いや、殺せる。


ヨルマは木剣を捨て、鋼鉄製の剣を抜いた。


ヨルマ「どうしても俺と戦いたいというのなら、真剣でなら受けてやる。最悪、命を落とすことになるかもしれんが、それでも構わなければ受けてやってもいい。どうする?」


万が一、殺人で有罪となれば死刑である。もちろん、ダンジョン内での冒険者同士のトラブルは証拠もなく、無罪になる可能性が高いのだが、そういう噂が立つだけでも悪影響はある。


ここは、リューには悪いが、事故に見せかけて殺してしまおう。それがギルドのため、ひいてはこの街のためになる。


試合の末の事故ならばいくらでも誤魔化しは効く。


元々ダンジョンで死んでいたはずの男だ。


そんな事を考えているヨルマの腹の中を見抜いているかのように、リューは言った。


リュー「死人に口無し。事故に見せかけて殺してしまえばいいとでも思っているのか?」


ヨルマ「……ただオマエの全力を見てみたいだけだ」


リュー「別に構わん、本気で殺しに来るがいい。だが、相手を殺そうとする者は、自分も殺される覚悟をしておけよ?」


ダニエルのほうを見るリュー。


リュー「いいよな、ダニエル?」


ダニエル「……っだめだ、殺すのは駄目だ。もし殺したら失格だ!」


リューは肩をすくめた。


リュー「やれやれ、アイツは俺を殺しても“事故”で済むんだろう? だが俺には手加減しろと。不公平だな、どっちが試験官だか分からん……


…だが、いいだろう、“今回は” 殺さないでおいてやろう。元からそのつもりだったしな」


リューはヨルマを見て不敵に笑った。


ヨルマ「舐められたものだな……あの世で後悔することになるぞ!」


殺気を発するヨルマ。


一気に場の緊張が高まる。


そして…合図もなく戦いは始まる。


リューは張り詰めた空気をまったく意に介さず無造作にヨルマとの距離を詰めて行く。


だらりと木剣を下げたまま、攻撃するでもなく、無防備にどんどん距離を詰めてくるのである。


こうされると、相手はたまらず不用意な攻撃を仕掛けてしまう事が多い。ヨルマもまた、慌てて剣でリューに斬りかかったのであった。


だが、ヨルマの不用意な剣撃は空を斬る。


リューは、半歩、横に移動しただけでヨルマの剣筋を躱していた。


そして同時にリューの木剣はヨルマの脇腹を突いていた。


しかし、リューは“突き”を放ったわけではなく、ただ、剣を前に出し、つっかえ棒のようにヨルマの体を軽く押しただけである。ヨルマにダメージはない。


慌てて飛び退き、距離を取るヨルマ。だが、またしてもリューが無造作に近づいてくる。


今度はヨルマは突きを放った。


殺気の籠もった真剣がリューの胸に向かって突き出されてくる。


しかし、その突きもまた、僅かに身体を捻っただけで躱すリュー。


突きは紙一重でリューの横を通過していき、またしてもリューの木剣がヨルマの喉に押し当てられていた。


今回も突いたわけではない、木剣の先はヨルマの喉に食い込んだが、もちろん致命的なダメージはない。


飛び退くヨルマ。




また、無造作に近づいていくリュー。だが、今度はヨルマは攻撃を仕掛けず、後退さって行くだけだった。やがて背後に壁が迫った事に気付いたヨルマは、横方向に逃れ、位置を入れ替えた。




リュー「どうした? Bランクが泣くぞ? それとも、不正に手に入れたランクなのか?」


ヨルマ「ふん、少し本気を見せねばならんようだな」


ヨルマは焦って何の策もなく剣を出させられていた事に気づいた。普段の実力ではない。落ち着いて、いつもの自分の戦い方をすればよい。


深呼吸したヨルマは、一気に踏み込みながら水平に薙ぎ払うように剣を振った。


水平に振られる剣に対しては、後ろに飛び退くか、上に飛ぶか、下を潜るか、あるいは受け止めるか。


だが、ヨルマは真剣だが、リューは木剣のままである。木剣で真剣を受け止める事はできない。


(ヨルマはリューが木剣のままである事に気づいていたが、あえてリューに真剣を取れとは言わなかったのだ。)


ヨルマの剣は業物の剛剣である、受け止めようとすれば、練習用の木剣など簡単に断ち切ってしまうだろう。


かといって、上下に躱す余裕などない。


ならば後退して間合いをはずすしかないが……その瞬間にヨルマは得意の魔法剣の攻撃を放つつもりであった。


実はヨルマは魔法剣士だったのである。


突如剣から放たれる炎の攻撃、この技を躱された事はかつて一度もない、ヨルマの常勝パターンであった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


試験終了「合格でいいんだよね?」


乞うご期待!



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