第3話 ランクアップ試験を始めます

ギルドの裏手にある訓練場


訓練場はテニスコート2つ分くらいの広さがあり、周囲には観客席も用意されている。


そこで、リュージーンのランクアップ試験が開始されようとしていた。

周囲の観客席には、噂を聞いた野次馬の冒険者達が観戦に来ている。






ダニエル「試験内容は模擬戦。怪我は仕方ないが、殺すのは禁止だ。受験者が試験官に“勝ったら”合格とする」


本来、ランクアップ試験では、試験官に勝つ必要はない。ランクアップに足る力があると試験官が認めればOKなのである。


そもそも、上位ランクの冒険者が試験官を務めるのである、勝てという条件では合格者が出なくなってしまう。


だが、今回はあえて、勝つことを条件にした。リュージーンが自ら言った事であるが、あえてダニエルもそれに乗ったのだ。


リュージーンには痛い目にあってもらい、冒険者を諦めてもらおう。


それが、3年努力してもレベルが1から上がらなかったリュージーンのためでもある。そう、ダニエルは自分に言い聞かせた。






冒険者ギルドが認定するランクは


F:初心者 (Lv3~15)

E:見習い (Lv10~25)

D:一人前 (Lv20~40)

C:ベテラン・凄腕 (Lv30~60)

B:達人 (Lv50~80)

A:人外 (Lv60~100)

S:神級 (Lv100~)


となっている。(レベルはおおよその目安)


普通、登録したばかりの初心者はFランクから始める。だが、リュージーンは能力があまりに低かったため、登録時にダニエルの指示でさらにその下のGランクとして認定されたのであった。


(Hというランクもあるが、それは登録した事実が必要なだけで実質活動する事のないような人向けのペーパーランクである。Hランクでも依頼を受ける事はできるが、街の中限定で、外へ出る必要がある依頼は受けられない事になっている。)


“ランク”は冒険者ギルドへの貢献度などを総合的に判断してギルドが認定するものなので、戦闘力の違いを明確に表すわけではない。だが、通常、ランクがひとつ違えば絶対に勝てないと言われるほど、実力差がある事が多い。


ランクが人間が勝手につけた等級であるのに対し、「鑑定」によって示される“レベル”は、ある程度客観的な数値である。レベルが15違えば絶対に勝てない、30違えば、もはや別の生物という程に能力に開きがある。(ただこの数値も、隠蔽・偽装する事も不可能ではないので、絶対に正しいというものでもないのだが。)






今回のリュージーンの合格条件は、C~Dランクの三人の冒険者、そしてBランクのヨルマ、その全員に勝つこと。


さすがに昨日のレイド参加の冒険者全員は参加しなかったため、ヨルマのパーティのメンバーだけとなったのだが、それにしても無茶な条件である。


レベル値で見ても、ヨルマは40、他の三人も20以上である。レベル1のリュージーンとは、数値上はまったく勝負にならない、文字通り赤子と大人の差があるはずである。


おそらく、リュージーンは瞬殺されるだろうと誰もが思っていた。






ただ、ヨルマは、一昨日のリュージーンから感じた凄みのある雰囲気が少し気になっていた。今までのリュージーンとは違うかも知れない。


そもそもどうやってドラゴンの居たダンジョンから生きて帰ってきたのか?


現役のベテランBランク冒険者としての勘が、何かを訴えていた。しかし、相手は万年Gランクのリュージーンである。その思い込みが、自分の勘を無視させてしまったのであった。。。






開始の宣言とともに、リュージーンを取り囲むアーサー、ビル、バンの三人。


リュー「一人ずつじゃないのか?」


アーサー「別にそんな約束はしていねぇだろ? ビビったか? ざまぁ!」


ビル「お前が全員と戦うって言ったんだろ?」


バン「ま、どっちにしろ結果は同じだからな、時間短縮だ!」




リュー「どこまでも卑怯な連中だな……」


アーサー「オメエは、ダンジョンの中で魔物相手に、一匹ずつでお願いしますとか頼むのか?!」


だが、嘲笑うアーサー達に対し、リューは不敵な笑みを浮かべて言った。


リュー「まぁ、構わんよ。確かに時間がもったいない」






ダニエルの「始め!」の合図とともに、リューは木剣をだらりと下げたまま無造作にアーサーとの距離を縮めていった。


まったく躊躇なくどんどん近づいてくるリューに少し戸惑ったアーサーは、二~三歩後退すってから、慌てて剣を振りかぶり振り下ろす。


だが次の瞬間、激しい炸裂音がして、アーサーの持っていた木剣は途中から折れてなくなっていた。


リューが木剣でアーサーの剣を横に薙ぎ払ったのであったが、振られた剣の速度が速すぎて誰にも見えなかったのだ。狙ったのが木剣ではなく手首だったら、手首が切断されてしまっていただろう。


リューは地球からの転生者である。転生時に、女神に仕事を頼まれたが、その代わりに、かなりわがままを言って、色々な能力を授けてもらったのだ。


だが、知識としてはその能力を知ってはいたが、いまだ、この世界で自分の能力を全力で振るった事はなかった。


もらった能力の中で、まずは極めて強力な身体能力を発揮してみたわけであるが―――


相手の剣は打ち折ったのはいいが、同時に自分の木剣も衝撃に耐えられず折れてしまったのであった。


これなら素手でやったほうがマシかと思い、リューは折れた木剣を訓練場の隅に投げ捨てた。


だがアーサーは中程で折れた剣を、捨てる事なくそのままリューに向かって突き出して来た。折れた木剣の断面は鋭くなっており、容易に体に刺さって怪我をするだろう。


剣が折れても、即座にそれを悪どいやり方で転用する、さすが、百戦錬磨のCランク冒険者である。


だが、その突きをあっさりと躱すリュー。


リューは必要に応じて自分の行動の速度を加速する事ができるのだ。


時間と空間を操る時空魔法の能力であるが、この能力は、特に意識しなくともパッシブに発動する。リューは、素速く動きたいと望む瞬間に、自動的に時間の流れから切り離されるのである。その結果、リューの動きは加速される。これはリューが速くなっているのではなく、周囲の時間の流れがスローになっているのであるが。


アーサーのスローな突きを躱したリューは、アーサーの胸ぐらを掴み持ち上げる。そして、そのまま砲丸投げのように突き放す。


驚くべき膂力にさらに【加速】の効果も上乗せされ、突き放されたアーサーの身体は宙を飛び、訓練場の壁に激突してやっと止まった。


だがリューは失敗したと思った。アーサーが壁に頭を打って倒れ、意識を失ってしまったのだ。頭の場合、打ちどころが悪いと死んでしまうかもしれない。もっと手加減する必要がある。簡単に終わられては復讐にならない。簡単に楽にしてやる気はない。


だが敵は一人ではない。その瞬間、リューの背後からビルが打ち掛かってきていた。


しかし、リューは後も見ずに半歩移動しただけでその打ち込みを躱す。


実は、リューには “不意打ち” は通用しない。リューの望んだ “能力” の一つ、【危険予知】。それは未来を予知する能力であるが、直近の未来において自分に危険が及ぶ事象を察知する事に特化されたものである。この能力も常にパッシブに発動する。


振り返りながら体を入れ替えたリューは、ビルの襟を掴むと、頭上に高々と持ち上げた。そして、ジタバタ暴れるビルを反対側の地面に向かって勢いよく叩きつける。


まるで重量などないかのようにリューの頭上を越え、宙を舞い、地面に叩きつけられるビル。


相手を持ち上げ叩きつけるだけならば、リューの膂力ならば片手で十分であったので、リューは残った手で髪の毛を掴んで頭を打たないようにしてやった。頭を打って死なれたり意識を失われても困るからである。


訓練場の土間が少し陥没するほどの強さで背中から叩きつけられたビルは、その衝撃で動けなくなってしまう。


(この世界では対人の投げ技はあまり普及していないため、“受け身”はあまり浸透していないのであった。)


一応リューは、殺してしまわないように手加減をしたのだが、受け身もとらずに背中から地面に叩きつけられたビルは、それだけで呼吸は止まり、身動きできなくなってしまう。


この世界の人間は地球人よりも身体能力が高く頑丈であるのだが、投げているリューの膂力も異常な強さであったため、耐えられるものではなかったのだ。


だが、リューは苦痛に呻いているビルの襟首を離さず、もう一度引きずり起こすと再び頭上に持ち上げ、反対側の地面に叩きつけた。


その作業を繰り返し始めるリュー。


何度も宙を舞っては地面に叩きつけられるビル。


もちろん、常に頭は打たないように注意した。殺してはいけないルールである。


自分を捨て石にして簡単に殺そうとした連中である、別に殺しても構わなかったのだが、一応、ランクアップ試験のルールは守らないと失格になってしまう。


そこで殺さないように痛めつけるために考えたのが “投げ技” であったのだが……


だが、投げ技は意外と危険である。気をつけないと、頭を強く打ったり首の骨を折ったりすれば即死してしまう事もある。


いくら魔法やポーションで怪我が治る世界とはいえ、即死では助からない。そこで、頭を打たないように注意しながら地面にたたきつける事にしたリューであった。


だが、そのせいで、投げられたほうは意識を失うこともできず、余計に苦しむ事になるのだが。


ビル「ぐっ! ……ぶぅ! ……ちょ……ぐぇっ……や……おね……」


何度も何度も宙を舞ってはその身体を地面に叩きつけられたビルは、やがて耐えきれなくなり、痙攣しながら泡を吹いて気を失ったのであった。






アーサー「止めろ~!!」


意識を取り戻し、ポーションを飲んで回復したアーサーが、新しい木剣を掴みリューに飛びかかってきた。


だが、アーサーの木剣は空を切り、リューの拳がアーサーの腹部に突き刺さる。


リューにとってはかなり手加減した軽いパンチであるが、アーサーにとってそのダメージは重く、思わず膝を着く。


リューは動きの止まったアーサーの肩口を無造作に掴むと、ビルと同じ様に地面に叩きつける作業を開始した。


宙を舞っては地面に叩きつけられるアーサー。それを軽々と行っているリューの怪力を見れば、戦ってはいけない相手であることは明白である。青くなる野次馬の傍観者達。


だが、アーサーの服がヤワだったのか、2~3度叩きつけただけで、アーサーの服は破れてしまった。すっぽ抜けたため訓練場の土間を転がっていくアーサー。


リューは続きをするためにアーサーに再び近づいて行ったが、そこに、背後から激しい火球が襲いかかって来た。


バンが放った魔法の火球である。バンは魔法使いであった。


だが、リューはその攻撃も後ろも見ずに横に移動して躱して見せた。直近の未来の危険を予知する能力で火球のコースも読んでいたのである。


その結果、火球はそのままアーサーに直撃してしまう。


アーサー「うぎゃぁぁぁぁ」


火球に炙られたアーサーが悲鳴を上げる。


バンも手加減していたのだろう、アーサーが消し炭になってしまう事はなかったが、全身火傷で酷い有様になってしまった。


振り返り、バンと目があうリュー。


バンは慌てて次の魔法の詠唱を始めるが、その瞬間にはもうリューはバンの背後に居た。時間の流れを逸脱したリューの高速移動である。


バンの後頭部を軽く手のひらではたくリュー。掌での軽い一撃でもリューの腕力+不意打ち+後頭部への打撃という組み合わせで、一瞬であるが意識が飛んでしまう。


バンの膝が崩れる。


意識が遠のいたのは一瞬だったが、時既に遅し。


襟と頭を掴まれたバンは、アーサー、ビルと同じように “人体による地面叩き” を味わう事になる。


一度、背中を地面に強く叩きつけられてしまえば、衝撃でもう動けなくなってしまい、後はされるがまままである。


バン「うぉっ……ぐっ……やべっ……ばいりま……ぐぇ……」


何度も何度も頭上高く持ち上げられては地面に叩きつけられたバンは、やがて小便を漏らしながら白目を向いて失神した。






ダニエルは呆然と事態を見ていた。


何が起きているのか分からない。


野次馬の観客達も同じであった。


気がつけば、数分で三人のCランク冒険者がボロボロにされ戦闘不能になっていた。それも、リュージーンの一方的・圧倒的な蹂躙である。


リュージーンは、落ちていたアーサーの木剣を拾うと、ヨルマに向けながら言った。


リュー「次はお前だ」






だが、ヨルマは剣を構えようとせず、慌てたように言った。


ヨルマ「待て、もう十分だ! 試験はこれまでだ」


リュー「全員に勝たなければ合格じゃないというルールだったろ? 後で失格だと言われても困るしな。ちゃんと最後までやってもらおうか」


ヨルマ「オマエに力があるのは十分見せてもらった、もちろん合格だ! なぁ、ダニエル?!」


ダニエル「そ、そうだな」


リュー「ならば、ダンジョンでの殺人未遂の罪を認めるか?」


ダニエル「な、何を言ってる? それとこれとは…」


ヨルマ「認めるわけ無えだろう、あれは仕方がなかった事だ! 間違った判断ではなかった!」


リュー「俺に勝ったら、その事は忘れてやってもいいぞ?」


ヨルマを模擬戦に引っ張り出すため、置き去りの件をあえて煽りに使ったリューであった。


殺人で訴追されてしまうのはリスクがある。ダンジョン内での殺人は無罪となる可能性が高いが、それでもそんな噂が立つだけでもデメリットはあるのだ。


リューの狙い通り、ヨルマは剣を握った。



― ― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ランクアップ試験 後編


乞うご期待!



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