第5話 合格でいいんだよね?

だが、ヨルマの目論見に反して、剣は止められてしまった。


リューは上下にも後ろにも躱すことなく、前に踏み込んできたのだ。素早く踏み込んだリューは、ヨルマの手首を掴み、攻撃を止めてしまった。




実はリューには最初からヨルマが何をしようとしているのかが読めていた。


相手の心を読む、これも未来予知と同様、転生時に与えられた能力 “神眼” の一部なのである。


近未来予知と読心、二重に攻撃が読めているのである。どのような攻撃だろうと、無理なく躱す事は容易であった。


一方ヨルマは、リューに腕を掴まれた瞬間、先程、ポンポン地面に叩きつけられていたアーサー達の惨状が脳裏を過る。


掴ませてはいけない!


慌てて飛び退くヨルマ。


だが、リューのほうも今回は投げる気はなかったようで、簡単に手を離した。






距離を空けてリューと対峙したヨルマ。


ヨルマの高速の斬撃を踏み込んで手を掴んで止めるなど、達人級の体術である。リューがそのまま次の攻撃に繋げていたらどうなっていたか。


つまり、リューは単に腕力が強いだけではないという事になる。


正直、リューの実力がこれほどとは思わなかった。追い込まれたヨルマは、もはや奥の手を出さざるを得ない。


剣を振ると見せかけて、魔法で攻撃する。


だが、近づけば踏み込まれて掴まれてしまう。


ならば離れた間合いから攻撃するしかない。






……だが、それではもはや、単なる魔法使いの攻撃と変わらなかった。


火球が放たれリューに向かうが、攻撃が読めているリューは火球の導線から外れるように移動して躱すだけである。


ヨルマは火球を何度も放つが、魔法の炎はすべて躱されてしまう。


ヨルマ「馬鹿な、なぜ当たらん・・・」


動きの止まったヨルマに向かってリューは言った。


リュー「終わりか? そろそろこちらから攻撃してもいいか?」


そう、リューは、まだ一度も攻撃していないのであった。


言い知れぬ恐怖感に駆られ、脂汗を流すヨルマ。


ヨルマは、普段は魔力を温存するためにあまり使わない魔法攻撃を選択した。広範囲を攻撃する火炎の魔法である。だが、これは正解であった。


範囲攻撃であるが故、例え事前に読んでいても、直前では躱すことができない。逃げる場所がないのである。剣による攻撃のように出足を押さえて止めてしまう事もできない。


詠唱が必要な魔法攻撃であれば、詠唱している間に攻撃して止めてしまう事もできるが、ヨルマの魔法剣は無詠唱で発動するのだ。


魔法剣という特殊な形態とはいえ、この世界で無詠唱で魔法を発動できるのは極めてレアである。さすがはBランクの冒険者というところであろうか。


そして、広範囲を同時に攻撃する魔法は、来るのは予知で察知したものの、もうその時には逃げ道がない。


読んでいても躱せない攻撃。


その場を動かず身を守る、絶対防御の魔法障壁もリューにはあるのだが、まだ自分の能力に不慣れなリューは咄嗟に思い至らなかった。


リューの速度であれば、魔法の及ぶ範囲の外まで逃げる事は可能であったが、狭い訓練場の中であったため、逃げるスペースがなかった。(壁を破壊して外に逃げる事はできたのだが、それも咄嗟に思いつかなかった。)


激しい炎の壁がリューを包み込む。


炎が消えた後、しかし、そこにリューは居らず。リューはいつのまにかヨルマの背後に立っていた。


リューは咄嗟に“転移”を発動し、ヨルマの背後に瞬間移動したのである。


一瞬遅れて背後のリューに気付いたヨルマは慌てて振り返ったが、手首をリューに掴まれてしまっていた。締め上げられる手首。リューの握力が強すぎて身動きできないヨルマ。


リューは残る片手に持っていた木剣を端に投げると、ヨルマの胸ぐらを掴む。


宙を舞い、訓練場の土間に叩きつけられるヨルマ。


もちろん、一度では終わらない。リューを中心に何度も弧を描き続けるヨルマの体。もちろん、意識を失わないよう、致命傷にならないよう頭を打たないようにしながらである。


何度も体を土間に叩きつけられ続け、その度に鈍い嫌な音と、カエルを踏み潰したような悲鳴が聞こえる。


ヨルマ「むげっ……ぐお……まいっ……うぇ……もうやめ……」






ダニエル「それまで! やめろ!!」


叫びながら飛び込んできたダニエルがリューの腕を掴んだ。


リュー「……降参か?」


ダニエル「降参もなにも、もうヨルマの体力はゼロだよ……」


ダニエルは見ろとばかりにボロボロになったヨルマに目を向ける。


リュー「いや、まだ“参った”とは聞いてないからな。ここで止めて、後でまだ負けてない、失格だと言われても困る」


再びヨルマを持ち上げたリュー、半ば意識を失いかけていたヨルマだったが、慌てて声を振り絞った。


ヨルマ「マッ……デ!! ……マイッタ・・・負ゲ……デス」


リュー「何か言ったか?」


ヨルマ「負ケデス……参リマシタ……ユルシテクダサイ……」


目鼻口から血を流し、小便を漏らしながら、ヨルマが声を振り絞って負けを認めた。






ダニエル「やりすぎだ!!」


リュー「コイツは俺を殺そうとしてたんだが? 俺は約束通り殺さないでおいてやったんだがな?」


慌ててヨルマと親しい冒険者が飛んできて、ヨルマにポーションを飲ませた。みるみる回復していくヨルマ。


だが、肉体は治っても折れた心までは治らない。目は死んだままだ。


リュー「で?」


ダニエル「?」


リュー「合格ってことで良いな?」


ダニエル「……ああ、合格だ」


ダニエルは苦々しげに答えた。






周囲を見回すリュー。


既にギルド職員によってポーションを与えられ動けるようになっていたアーサー・ビル・バンと目が合うが、怯えたように目を逸らす。


今度は観客席に居た冒険者たちの方に目をやると、全員青くなったまま黙りこくっている。


あの、現役最強だったヨルマが小便を漏らしながら無様に負けを認めたのだ。みな、今目の前で起きたことを消化できないでいた……。


客席にいるのは大部分がレイドに参加した上位ランクの冒険者達だ。ほぼ全員が、置き去り計画を知っていたはず。


この町の冒険者は、過去に何度もそうやって未熟な冒険者を殺してきたのだろう。


リューは殺気を飛ばす。


何人かが反応して怯えた表情をする。


黙認した奴らも同罪である。こいつらもいずれ全員殺す。


今回はルールなので生かしておいてやったが、もちろん、ヨルマ達もいずれ殺す。


人を殺す者は、自分が殺される覚悟を持つべきである。


ミムルの街の冒険者ギルドの崩壊の始まりであった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


しかしランクアップ拒否られる?!


乞うご期待!



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