018 剣霊術・第零術式項
ロユリは、顔を出さなかった。
都合三度目である『死』と四度の事象破壊――『滅廻』の使用に、もはや呆れたのだろう。
現に、蓮花への『滅廻』の際、確かに「呆れたよ」とうんざりしたような声音を聞いていた。
魔剣を、なによりこの『
しかし、図々しく弁明すれば、その愚行こそが永絆の必死さそのものを表しており、才能や経験の面で全てに劣る彼女が切れる唯一無二の切り札であると言えよう。
故に、
「喰らいやがれ! ヤンヘラ小娘ッ!!」
別格、異次元だと見上げていた世界に踏み込み、一度は自分と蓮花を手に掛けた狂愛者に剣を振りかざすこともまた自然なことだった。
「なに……っ!」
ルメリア・ユーリップは即座に背後を振り返り、片手で黒氷の盾を作って防御する。だが、元々彼女と対峙していたもう一人の大剣霊が、片手間に倒せる筈のないということもまた事実。
「流石、とは言えなくとも……よくやったわ、ナズナ」
いつの間にか人の身に姿を戻していたターチスが、両手を重ねて唱える。
「——剣霊術、第一術式項」
右半身では、既に獰猛に唸るヴァージの竜影と交錯しているルメリア。彼女の狂気と余裕に満ちていた双眸が、今初めて驚きに見開かれ、同じく今度は左手で黒氷の盾を顕現。
しかし、幾らか遅い対処だということが、ターチスが浮かべた笑みによって明白となった。
慌てて永絆は剣での拮抗を中断し、それまで反動で浮いていた自分をヴァージに乗ることで滑空させる。
その直後、
「『
大輪の如く煌めく白い陽炎が、瞬きよりも速く周囲へ波紋した。
全てを照らし、全てを焼き滅ぼさんと照りつける、まさしく聖なる太陽。
間近の永絆にも、地上でそれを見上げる蓮花にも、勿論被害はない。ただ、例外は居る。ターチス・ザミが『悪しき対象』だと断定した相手。即ち、この瞬間で言えばルメリアただ一人。
その当の本人は、今——
「——お裁き、ごちそうさまでしたぁ……っ!」
真下、再び校庭を凍土に染め上げながら、それは居た。ただ、姿は明らかな異形を晒しているが。
「そう。そうそうそう。貴女もまた、『霊魔』と化してまで無茶をするのねぇ」
ターチスが言った通り、それは獣のそれ。だがこの世界で言うそれとはまた別個の、いわば魔獣じみたものだ。
氷、雪と同じく黒々と染まった『蝶』。
二つの尻尾を備えたそれは、蝶が持つ羽と鳥の持つ翼をはためかせ、胴体から上はドラゴンのような首と頭部を従えている。
ターチスと同じく、神々しさを孕んだ異形。
それが今、動く。
「それ、ロユリ・ブラク・オーディアが囚われている魔剣ですよねぇ。……あの、お姉様に纏わり付く汚らわしい悪女の」
「——ッ!?」
動いた、と認識したほぼ同じタイミングで、ルメリアの異形が背後に位置していた。
「ああ、駄目なんです……あの女の声、顔、口調、匂い、姿などなど、思い出すだけで吐き気が込み上げて来るのです……あれはもう、存在していては駄目だ。ルメの脳裏に、心に住み着く寄生虫があぁっ! お姉様をたぶらかして悪行を成そうとする外道がぁぁぁぁっ!! ロユリイィッ! 『冥刻の魔剣』ッ!ルメはお前の全てをぶち壊してやるッ!!」
大気が雄叫びを上げた。漆黒の雪が暴風を伴って荒れ狂い、数多の氷片がぶつかり合って金属音で狂想曲を奏でる。
そして、永絆が恐怖と共に憤慨を込めて剣を構え、振り返る速度すら置き去りにして。
「剣霊術、第零術式項——『
低く、恐ろしい声。
それが放った詠唱が、どれほどの災厄か、考えることが馬鹿らしくならほど、世界は黒い凍結に包まれていった。
せめて、せめて蓮花だけでも守り切れるように、永絆は反射的に彼女のもとへと駆け付け、身体を抱いて学校の中へと突っ込んでいた。
右腕の紋様を通して、事前にターチスが伝えてくれていたからだ。
「『剣の刻限』は、ルメリアとの戦闘にて大幅に消費するだろう霊力を最小限に抑えるべく、学校だけに展開を留めている」と。
だから、結界が展開されている校舎に飛び込めば、助かる。その代わり、ターチスとルメリアによる激突の影響が街に——下手をすれば世界中に出てしまうかもしれない。
だが、果たしてあの高慢な大剣霊が、そんな生半可な失敗と敗北を赦すだろうか。
その答えは、すぐに明らかになる。
「ナズ姉ッ! ターチスさんが!」
「大丈夫だ。あいつなら……あの、『純潔』を司る大剣霊なら、完璧にこなしてみせるさ!」
根拠は無いが、確信はある。だからこそ、背中を任せられる。
返答は、詠唱という形で成される。
「剣霊術、第零術式項……」
黒い終焉が吹き荒れる只中で、桃髪を靡かせる大剣霊が一人、片手を掲げて牙を剥く。
「——『
世界が、白く染まった。
一抹の情景、それが映す世界に、永絆と蓮花は居た。
そこは、幾多の木々と草花が生え渡る、まさに楽園だった。陽の光が暖かくて気持ちいい。このひと時の前に何が起こっていたか。このひと時の後に何が起こるのか。
そんなことを考えること自体、野暮というものだろう。
二人は、手を繋ぎ合ってゆっくりと歩を進める。そのまま何も、考えることなく。
「——はッ!?」
現実への回帰。
白昼夢を見ていたかのような感覚。すぐに周りを見渡せば、隣には同じく困惑している蓮花が居て、
「ナズ姉、あれ……」
彼女が指し示す光景を目にして、愕然とした。
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