012 蘇生

 鈍器で頭を殴られたような衝撃が去来する。全身の毛穴から血が噴き出しそうな灼熱が脳を蝕んでいく。

 否、血はもう、噴き出していた。おびただしい量の濁血が、真下でひしめき合うコマ鬼人たちへと血の雨を降らせる。


「——ぼぁ……っ!? ぶ、ぶ……——」


 身体から、色々なものが漏れていって、莫大な喪失感に包まれる。

 口腔からは血と唾液と吐瀉物が、肛門と陰部からは血に混じって糞尿が溢れ出す。


 風穴からは大腸が顔を出し、そのままスラックスを伝って腐臭を発しながら剣身へと這っていく。内臓は管に繋がれたまま、ぼとっ、とみずみずしい音を立てて同じく大剣に落ち、そのまま滑って下へと落ちゆく。


 直後、体内に収まっていた臓物の群れが一挙に体内より溢れ出し、永絆の身体もまたそれらの放出に耐え切れず、バランスを崩して浮遊するヴァージから屋上へと落下を始める。


 血と臓物の雨を降らせながら、波月永絆——いや、波月永絆という名前を持っていた肉体の成れの果てが地面へと没落。


 魔獣の群れは水を得た魚の如く歓喜し、血だまりを啜り、臓物を噛み千切って咀嚼し、それらを収納していた永絆の肉体をコマの尖端で弄び、いくつもの穴を空けては他の同族と喧嘩をしつつも食すことを止めない。


 一体どこからだろう。どのあたりから、波月永絆は死亡していたのか。もはや、何も分からない。誰にも分からない。


 だって、それを知る当の本人の器と魂はもう、消失したのだから。


 いや、強いて言えば、この事態を引き起こした張本人のみ、微かに詳細を知っている。もっとも、彼ももはや、自我を失くしてどちらかと言えば魔獣側の存在へと成り果てたが。


「イイ、感触……だッ!!」


 藤実剛志。煙が消えて月光に照らされた彼の姿は、まさいく異形そのものだった。


 尾針を備えた三色の巨大なトカゲ。

 一言で述べるなら、その容貌が適切だろう。


「ああ、もしかして今ので死んでしまったかなぁ……? もしくはクソゴマ共に食われてしまったか」

 

 のっそりと四足歩行で動き、壊れた給水タンクの残骸を尾針で払うと、軽く跳躍して魔獣共を踏みつぶしながら屋上に降り立つ。

 校舎全体が激震し、コマ鬼人たちも嬌声を上げる。


「ああ。君達ももはや用済みだぁ。あとはスタッフが美味しくいただ——」


 そのトカゲの口が、何かによって串刺しにされた。

 何か、とは何か。藤実が混乱するのも束の間、瞬時にそれを理解する。


 黒塗りの大剣。


 波月永絆が、ヴァージと呼んでいた魔剣だ。


「…………は?」


 そして、藤実はその異常な事態に混乱する。

 だって、この剣は今、上空で浮遊している筈で——それ以前に、何故、『勝手に動いている』?


「——まじかよ、そういうことになっちまってるのかよ」


 天より降りかかる声。

 藤実の予想が当たっていれば、絶対に聞こえる筈の無い声。


「私はどうやら、不死身のような存在になっちまったらしい」

 

 巨大な真紅の魔法陣が、天に映し出された。それは一つの漆黒の巨大な鞘を顕現させ、それが屋上に落下すると共に猛烈な熱波と雷光が周囲へと広がっていく。


「その代償は分からねぇが、今はただ……飼い慣らすのみだ」


 その言葉が聞こえた直後、鞘が扉のように開き、有り得ない光景を藤実の目に突きつける。


「なんだ……これは……どういうことだッ!! 貴様、一体何をどうしてそうなったぁッ!!」


 鞘から現れたその女は、まるで傷や汚れを感じさせない『戦闘前の姿形』で、仰向けの姿勢のまま自動的に起き上がったのだ。

 

 女は巨大トカゲの口に近付き、それを穿っていたヴァージの柄を握って答えた。


「『滅陽の短針シン・デストレア』で『死』の事象を破壊した……らしい」

 

 死亡した筈の波月永絆は、口角を釣り上げてそう言った。

 こうして彼女は数分と経たないうちに復活劇を終え、再び悪辣教師の前に立ちはだかる。

 そして、


「そんで、てめえら丸ごと食べさせてもらう」


 ヴァージが猛々しく雷光を発し、屋上を闊歩する全ての不純物を喰らい尽くしていく。


 それを見遣る永絆の双眸は。



 ——透明色の宝石に鮮血を垂らしたかのように、紅く染まっていた。

 

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