011 血戦
「——させねえよ」
雷光は、既に残滓を置き去りにして加速を開始していた。光の軌跡は飛来する針よりも速く蓮花へと行き着き、被弾を回避する。
大剣に乗ってスケボーの如く滑空しながら、永絆は蓮花を横抱きにしていた。
「……もう、ナズ姉はどこまであたしをドキドキさせるつもりなの……!」
「私でドキドキしてくれるとはその心臓、分かってるじゃねえか」
「心臓じゃなくて、あたしの想いが——」
その唇を、永絆は自ら頬を当てにいくことで塞いだ。
その行為に、蓮花は一瞬驚いたかと思えばすぐ何とも複雑な顏になり、
「自分から頬っぺたキスを貰いに行く奇行には驚いたけど、そしてナズ姉の頬っぺたキスをしたことは嬉しいけど……でも、なんで唇じゃないん?」
「じゃないん? って、いやまあ……一応戦闘中だし、藤実のクソ野郎も見てるからっていうTPOをわきまえたっつうか……」
「はあーっ、ナズ姉って肝心なところでヘタレだよね。初めて会ってお持ち帰りされた時も、何だかんだあたしのこと襲わなかったし」
「いきなりは襲わねえわ! ……って、やっぱりあの隙だらけの様子は演技だったんだな!?」
「当たり前でしょ。年頃のJKが信頼してない相手にあんなに隙だらけにするとか、軽く引くでしょ」
「まあ……それもそうか」
屋上から離れ、校舎の上を翔ける永絆と蓮花。お姫様抱っこ含め、チュエーションはまさに理想的なもので。けれども、話す内容は何だか雰囲気にそぐわず。
それもまた、自分と蓮花だからこそなのだなぁ、と柄にもなく永絆は感慨に耽る。
「でも、さ。わざと隙を見せたり、今もどうして唇じゃないのって怒ってみたり……全部ナズ姉が相手だからやってることなんだよ?」
「蓮花……」
「信頼できるから、大好きだから、心の底から愛しているから……だから、あたしはナズ姉のためなら何でも出来る」
そう言って、蓮花は自身の魔剣の柄を強く握って続ける。
「霧斬り、アイリス……」
小さく、そして優しく呟かれた言葉。蓮花が愛おしそうに撫でる魔剣の名前。
「いいんじゃないか? 略してキリギリス」
茶化した永絆の頬を、蓮花は剣を握るもう片方の手で軽く伸ばす。
「もう、バカにしてぇ~!」
「ひひゃい、ひひゃい、へもはわいいひゃん」
じゃれ合いのひと時。いっそこのまま、戦いのことなんか忘れてどこか遠くに飛んで行ってみたい。
けど、と永絆は首をゆるゆると振り、都合の良すぎる考えを排する。
蓮花は、とっくに覚悟を決めているのだ。亡き愛犬の名を、日常を一変させた魔剣に付けることで、それを証明している。
そして。
「じゃあ、ナズ姉。デートは一旦終わりだね」
「ああ。そんでまあ、この戦いが終わったら続きをしようぜっていうフラグを立てておく」
方向を転換し、来た道を折り返す。二人はコツリと額を合わせ、微笑み合った。
やがて、再戦の火蓋が切って落とされる。屋上に戻る直前、蓮花を別棟の廊下に送り届け、
「愛してるぜ、蓮花」
「頼んだぜって言わないところもまたナズ姉って感じだよね」
彼女たちだからこそ、自然と成されるやり取りと信頼。それが二人の背中を押すのだ。
その後、永絆は屋上へと舞い戻り、
「さて、おデートは済んだかな?」
藤実もまた、『操毒』で従えていた生徒達をどこかに追いやるという下準備を済ませて一人で待ち構えていた。
「とても甘くて楽しいひと時だったよ。あんたにゃ縁はねぇだろーがな」
永絆はヴァージを虚空で振り払い、切っ先を藤実に向けて微笑に塗られた彼の顔を真っ向から射抜いて続ける。
「予定通り、ここでてめえを倒す。これは確定事項だ」
「有言実行できたら、さぞかし気持ち良いだろうねぇ」
「じゃ、さっさとそうさせてもらうわ」
刹那、永絆の身体が大きく跳躍した。それを成したのはやはりヴァージであり、切っ先より螺旋上に放出されている雷光が原理の根幹である。
永絆はこの魔剣を使いこなしていた。何をどう動かせば的確に力を発揮できるかどうかが感覚として意識に沁み込んでくるのだ。
「ぜひ……ぜひに、ぜひに、教えていただきたい! どうしたらそれ程までに人剣一体を成せるのかを……っ!」
目下、藤実もまた魔剣を鞭のように存分に振るい、気色の悪い笑みを浮かべて歓迎する。
「ぶっ放せぇッ!」
飛翔が終わり、剣を両手で構えて目下、藤実を目掛けて振り下ろす。それと同時、赤黒い雷光もまた、左右へと分離して双方より牙を剥く。
対し、藤実は無知の如く振り回す尾針を光らせ、
「——『剣能』とは、特定の型にあらず」
赤、黄、緑の三色が混ざった光と共に、爆発を起こした。
「うぁ——ッ!?」
判断がコンマ数秒遅れたのが不味かった。永絆は爆発によってある程度殺された勢いのままに剣を振り下ろし、コンクリートを叩きつけてしまう。
「痛……っ!?」
甲高い金属音が盛大に鳴り響き、手先から全身に震動が伝わって激しい痺れを覚える。だが、痛みにかまけている余裕は無い。永絆は涙目のまま周囲を見渡し、ヴァージを振るって三色の噴煙を斬り払っていく。
「『猛毒』、『業毒』、『操毒』……これら全部、毒針のやつか? だったらこの状況、流石にヤバすぎだろ……!」
ヴァージを地に突き刺し、雷光を波紋させる。それにより、今度こそ煙の囲いが消え失せ、徐々に外界が姿を晒す。
「————」
同時、数多の魔獣に囲まれているという事実も知ることとなる。
息を飲む間も無く、奴らは襲い掛かってきた。いや、正確には『回転しての襲来』。
鬼の角と形相を持つ頭部に、首から下はさながら筋骨隆々な人の身体、下半身はといえば玩具のコマのように鋼鉄製の四本脚が高速で回転している異端の異端。
それらのコマのような鬼人たちが互いに互いをぶつけ合いながら、中心に立つ永絆に迫り来る。
「……何なんだよ、この急展開」
時間の流れが緩慢に感じ、初めて目にする筈のコマ鬼人たちは何故か初見とは思えず。
そして、それらの雑多な要素を一旦頭の中から追いやって、永絆は自分でも驚くほど冷静に、現状を打破するための最適解を導き出し、実行に移す。
「コマ共は飛べねぇ。……なら!」
大剣の柄を両手で掴み、片足を鍔に掛けて雷光を瞬かせ、飛翔。ロケットの要領且つ斜めに噴出した永絆は、素早く辺りを見渡す。この短時間なら、藤実はそう遠くへは行けていない筈。
「いやはや、ここまで想定通りに動いてくれるとは」
そんな予想が、見事が当たってしまう。給水タンクの上、そこから永絆はニタニタと笑いながら見上げる藤実。
気付いた時にはもう、彼は行動に移っていた。
「てめ——」
「そもそも、あの爆発と煙に毒が全く含まれていなかったという時点で、あの魔獣共の出現とこの状況を作るためのプロセスに過ぎないと気付くべきだったね。テストだったら大幅な減点だよ。因みに魔獣出現の原理としては、ぼくが『剣能』のなかに組み込んだ独自的な回路やタイマー機能にも似た仕組みが——」
相変わらず減らない口で隙あらば語り倒す男。だが一辺倒なそれは一度終わり、狙いが定まったのか、弓のように固くしならせた尾針の震えを止め、幾本かの毒針を高速で飛ばす。
「さあ、『猛毒』に当たれば即死、そうでなくとも『業毒』に当たって菊田やクソビッチトリオの二の舞になるか『操毒』に当たってぼくの奴隷として一生をご奉仕にささげるか……外れだらけのロシアンルーレット避けられるかなぁ!」
咄嗟に、永絆の思考は白く染まった。
弾丸の如く飛来してくる針の数々、真下に広がる魔獣ひしめく地獄絵図、藤実の無駄に長ったらしい説明——それらが永絆の判断力を奪い去り、思考を停止させた。
「あ……」
漏れ出た声。
それは困惑や恐怖によるもの……ではなく。
右腕に刻まれた刻印。それが純白の光を帯びて唸っているのだ。
(ターチス……!)
瞬間、再び時の流れが緩やかになる。けれどそれもまた、焦りや戸惑いではなく、前に進むための歩みのようなもので。
——永絆の身体は、赤黒い雷光をその場に残滓させ、白光と共に姿を消した。
「なん——」
予期しなかっただろう事態に惑う藤実。そんな彼の斜め後ろより、閃光が迸った。
「私は自分やお前が思うほど弱くはなかったらしい。もっとも、今のは虎の威を借りる狐って感じだが」
それは瞬きよりも速く消え、次に目を開いた時にはもう、鮮血を模した雷撃が轟いていた。
「う、おおお、あああ、あああああ、あああああああああああ、あああああああッ!?」
給水タンクがひしゃげ、空いた穴から漏れ出る水が雷と共鳴し、雷鳴が一際大きくなる。
咄嗟に永絆はヴァージに乗ってその場から離れ、上空を浮遊してその様を見下ろす。
煙で中までは見えないものの、途轍もない雷撃が、それもただのそれでなくヴァージの『剣能』である『滅喰』までも働いているのだ。もはや、逃げ場のない生き地獄。魔気に留まらず、生命エネルギーが枯渇するまで食い尽くされるのが先か、それとも多大な感電によるショックが先か。
どちらにせよ、藤実はここで死ぬだろう。
そう、思った矢先。
「あれは……」
何だ、と疑問の先が口から出ることは無かった。
認識の順序が逆転していた。雷撃が作り出した煙の中に蠢く巨大な何かの影。それは四足歩行の爬虫類のような動きで。
だが着目すべき点はそこではなく、今自分の身に起きている出来事だった。
腹の中心が、何故か涼しかった。だがそれは着ているブラウスがはだけた訳では無く——、
「あ……な……?」
穴。
今、波月永絆の腹に、真ん丸の風穴が空けられていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます