010 波月永絆の剣戟
長いようで短かくて——それでいて、多くの葛藤や悔恨が込められた物語。
それを聞いて、永絆は「ありがとな」なんて言葉は言わず、
「お前、改めてよくもやってくれたな」
「……あ」
「お前がよかれと思って……なにより、味方増やしたいがためにポストにぶち込んだ魔剣さんはよぉ、魔獣共に襲われたり、夜の学校に忍び込むや否やなんか死にかけたりっていう、夕方からのこの短時間で私の寿命の一気に減らすぐらいの波乱万丈な物語を生んだわけだが」
まくしたてる様にそう言われ、蓮花はしゅんと俯いてしまう。当然だろう。ある意味で、今の告白は永絆に対しての罪のそれでもあったのだ。
でも、だからこそ、当の本人はそれを強く理解していて。
「まあ、とりあえず話してくれてありがとな。これでようやくすっきりしたわ」
「すっきり……?」
「だってお前、何か隠してるオーラ半端なかったぞ。これひょっとして、踏み込んできて欲しいっていう振りなのかってさえ思ってた。究極の二択過ぎて、行きつけのバーの美人ママやヤッホイ知恵袋に質問しようとしたからな」
「そ、そんなに……」
自分がそれだけこじらせていたと知った途
端、蓮花はもはや穴に入りたいどころではないほど恥ずかしさに埋もれるだろう。
「けど、よかったじゃねぇか。その田口たち三人組やそこの菊田に関しちゃあ、なんだかんだ報いを受けて当然って感じだし。まだ取り返しはつく」
その答えに、蓮花は驚いたような眼差しを永絆に向ける。
永絆は笑って、
「ひょっとして、やり返すのいくないよって諭すとでも思ったか? 蓮花、お前は私がそういう人間かっていうのを理解し切れてないな」
ヴァージを握り締めると、隻腕で血と無数の斬り傷に塗れながら呻く菊田に切っ先を向けて低い声で言った。
「お前がやらなかったら、私がやってた」
「————」
想定外の……いや、ある意味で予想内の言葉に、蓮花は少し驚いたあと、再び悲痛に顔を歪ませて永絆に謝る。
「本当に、ごめんなさい……っ。改めて、あたし本当に取り返しのつかないことを……!」
そんな彼女の振るえる頭を、永絆はそっと優しく撫でる。
「だから取り返しは余裕でつくんだって。そりゃあ、今まで一連のことを黙っていたこととか、そのくせ何も言わずにこんな血みどろの世界に巻き込んでくれちゃったりしたことに関しちゃあ後でキツく言うけどさ」
そこで一度、短く深呼吸し、
「全ては結果論だ。私はこうしてお前に導かれてここに居る。だとすれば、やることは一つだろ。——なあ、クソ教師さんよ」
屋上の扉目掛けて、大剣の切っ先から赤黒い雷光を放った。咄嗟のことに、蓮花も勢いよく顔を上げて扉の方を振り返る。
すると、そこには永絆が言った通り、件の元凶ともいえる最低最悪の男教師が立っていた。
「さっきぶりですねぇ。波月さん……いや、ナズ姉さん?」
永絆は眼光を鋭くし、尖った声で返す。
「てめえがその名で私を呼ぶな。洒落にならないほど吐き気がする」
「くくく……いやいや、すまないすまない。ぼくがあまりにも悪役のような言いぐさをされていてね。少しばかり煽ってみたくなってだけさ」
「いや、てめえは悪だ。私達にとって、てめえは悪そのものだ。だから今ここで、断罪する」
「ほお、断罪ねぇ……普段勤勉に働いているぼくを、フリーターのあなたが?」
「残念ながら、職業云々のマウントはもうこの国では時代遅れの部類に入ってるぜ。……因みに魔剣使いって役職を知ってるか?」
「生憎、それが職業と呼べるなら、ぼくは副業で嗜んでいると答えるけどね」
「違うな、てめえはただの乱用者で紛いモンだ。今から私が本物とやらを教えてやるよ」
「ほほう。本職の教師に対して教鞭を執るというのか……中々興味深い」
言葉の応酬。永絆自身、普段から雑談を楽しむタイプだし、よく話す方だ。だが、彼女が決して相いれない、興味が無いと断定した相手とこれほど気長に話すことはない。
つまり、
「ああ、それと。実はもう授業は始まってる」
嫌な相手との会話はあくまで手段の一つ。永絆は今、それを実践して証明していた。
——霧に忍ばせていた細々とした雷光が、藤実の手足を縛り上げていたのだ。
「なるほど、なるほど……ぼくとの談議はあくまでブラフ……いやあ、良いように使われたなぁ」
それでも尚、気色の悪いにやけ面を崩さない彼を嫌悪感丸出しの表情で見遣りつつ、永絆は背後に立つ蓮花に振り向き、
「蓮花」
「————」
夜風に髪を靡かせ、真面目な顔つきで語り出す永絆に、蓮花は思わず息を飲む。
「お前はドジで、馬鹿で、だけど本当は誰よりも臆病で賢くて、でもやっぱり馬鹿でそこが可愛いから……だから、お前に犯罪者は似合わない。復讐鬼なんて以ての外だ。だから、あたぁ私に任せろ」
そう言って彼女は再び前を向く。その表情は、永絆自身にもまた大きな決意が宿っているようで。
「たった一人でよく頑張ったな。──ここからは大人の私が頑張る時間だ」
守るべき少女を背後に己の魔剣を構え、倒すべき相手を睥睨する。
その無言の殺意を、藤実は先程よりも一段と気色の悪い笑みで受け止め、
「手段ならいくらでもある。つまり、打開策は無限大なのさ」
気取った風に言った刹那、扉の向こうから現れた二人の生徒の男女がヴァージの『剣能』で成した拘束を素手で解こうとする。
「おい、やめろ、お前ら!」
「無駄だよ。彼らもまた、『操毒』で操られている可愛い駒なんだから」
咄嗟に永絆は『剣能』を解除し、奥歯を噛み締めて思案する。
毒を受けた生徒達を何とかしなければ、巻き沿いは確定。であれば、解毒、もしくはそれに近い何らかの手段が必要となる。
例えばそう、毒という不純物そのものを解消できる『剣能』。
永絆は、今度は振り返ることなく声だけ蓮花に受けて叫ぶ。
「蓮花! カッコつけた直後にこの頼みは凄くカッコ悪いんだが、お前のその剣の力で生徒達の毒をぶった斬ってくれ!」
不純物を斬る霧の『剣能』。この状況にはうってつけのカードだ。また、蓮花もすぐにそれを理解し、
「分かった。あたしがこのゾンビたちを何とかするから、ナズ姉はそこのクソ野郎を頼んだよ!」
蓮花は魔剣の蚊取り線香のような部分を白く光らせ、永絆は「おうっ!」と闘志を孕んだ顔つきで答える。
「さあ、さて。互いのカードが出そろったのはいいんだが……」
そこで水を差すように、藤実がわざとらしく手を叩いて言う。
「高まってきた緊張感によって霞んでしまった存在があるよね。——菊田くぅん、君はこれからどうするね?」
言われて、永絆と蓮花は改めて、虫の息である菊田を見る。藤実の乱入から数十秒、その一瞬で本当に彼のことを忘れていたのだ。
そんな、もはや憐みすら向けられなくなった菊田航太は、死に瀕した蒼白の顔でただ藤実を見据えていた。いや、虚ろな瞳を見るに、もう既に意識事態が欠けているのだろう。
藤実は自分が持っている尻尾型の魔剣をうねらせ、針を一本、菊田に飛ばした。緑色、『操毒』の針。
「君はこれから、自力で救急車を呼ぶか、病院まで行ってくれ。片腕を失い、魔剣もまともに扱えず、今にも死にそうな君に用は無いからね」
辛辣な言葉をぶつけられた菊田は、ほぼ無意識に近い状態でゆらゆらと立ち上がり、幽鬼めいた足取りでその場を後にする。
呆気ない、それでいて無様が過ぎる退場。永絆は無表情に、そして蓮花は無感動にそれを見送っていた。
蓮花が歩んできた復讐譚は、永絆への吐露と彼女がくれた言葉や抱擁で幕を閉じたのだ。これからは、自分と彼女のために剣を振るうという決意と共に。
だから、もう、菊田にはこの最後の決着を見届ける資格すらない。
欲望赴くままに幾度となく蓮花を我が物にしようとしてストーキングや田口たちによるいじめの加担、集団暴行未遂をした挙句、彼女の愛犬であるアイリスを焼き殺した男の末路。
それは、誰にも望まれなくなり、おびただしい量の血を垂れ流す腕の切断口を庇いながら、血と斬り傷に塗れた身体を引きずって病院に行かされるという、田口たちと同様に悲惨なものだった。
そして、菊田の退場によって閉められた扉。その錆びついた耳障りな音がゴングとなって——永絆と藤実は互いに駆けて交錯する。
漆黒の大剣と針塗れの尻尾が激突し、火花を散らす。
「てめえが元凶の癖に、駒を切り捨てる時はやけに辛辣じゃねえか。ちょっと笑えなかったぜ」
「隊の指揮を執る者が常に温厚でいるわけではないのだよ。日本史の授業で習わなかったのかね?」
「隊長気取りかよ……反吐が出る」
瞬間、永絆はヴァージの『剣能』を発動させた。赤黒い雷光が竜のように唸り、獰猛に藤実へと襲い掛かる。
「面倒な毒針ごと、ぼくを喰おうってわけか。——させないけどね」
が、彼は愉快に笑むと身体を回し、その遠心力で勢いのついた魔剣を盛大に振るった。
反動で、何本か放たれた針。その行先は、永絆の背後だった。
再び『剣能』を発動させようとしている蓮花に向かって、三色の毒毒が牙を剥く――。
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