歓待
遠くで太鼓の音がする。
気が付くとグリステルは暗闇の洞窟に倒れ伏していた。
微かに光が差している。
グリステルは身体を起こして振り返った。
入り口から日が差し込んでいるのが分かった。
その入り口が、自分から二十歩ほどのすぐ近くであることも。
そして自分が倒れ込んでいるのが、大きな円形のレリーフのど真ん中で、そのレリーフの彫刻が槌打つ女神の意匠であることも。
***
『随分長かったじゃねえか。出て来ねえかと思ったぜ』
ぜえぜえと疲れ切った様子のザジの出迎えの言葉に、グリステルは尋ねた。
「長かった?」
そう。彼女が祠に入ったのは夕方だったが、今は一夜明けて朝だった。
祠に差し込んでいたのは、今まさに昇り始めた夜明けの朝日だったのだ。
「今は朝か。私は丸々一晩あの中に」
『じゃあ俺は寝るぜ。起こすなよ』
ザジはそう言うと洞の入り口の片側に寄り掛かるようにして寝息を立て始めた。
「一晩中太鼓を叩いたんだ。お前さんの無事の帰還を祈願してな」
声に振り向くとデック・アールブがいた。
「太鼓?」
「ドワーフのしきたりでな。最初は渋ったが、結局はお前さんが心配だったんじゃろうて」
「ザジ……」
グリステルは優しい眼差しをイビキを掻く相棒に向けた。
「儀式は成った!」
デックの高らかな宣言に見回すと、どこからか次々とドワーフたちが顔を出し、三十人ばかりが彼女とデックとを丸く取り囲んだ。
グリステルは司祭としてのデックの前に跪き、
「汝、グリステル・スコホテントトは、過去を足掛かりに現代の峡谷を渡り切り未来をその手にする知恵と力とを持つ者である。槌打つ女神の眷属たちよ。穴蔵の兄弟よ。わしはこいつを手伝ってやりたい。なぜなら、この嬢ちゃんはわしらドワーフが忌むべき邪竜に奪われたフレイズマール大坑道を返してくれると言うんじゃ」
ドワーフたちはざわついた。
「帰ろう。大いなる大地の住処へ。炉に火を入れて黄金を掘り、鋼を鍛えよう。新たなドワーフの歴史をまた刻むのだ。今日から再び。我々の手で!」
オオ、オオ、という声が一斉に上がった。
デックはグリステルの肩に触れて立ち上がるように促した。
「ありがとうございます。デック・アールブ」
「もうバカ丁寧な言い回しは無しじゃ。グリステル・スコホテントト。わしの槌はお前の為に刃を打ち、わしの斧はお前の敵をなぎ払うだろう」
「願ってもない」
「どうじゃった? 自分の未来は」
「それが……よく覚えていないんだ。迷いが晴れた感覚はあるのだが、細かな記憶は指の間から溢れる水のように消えてしまって……」
デックは繰り返し頷いた。
「わしもそうじゃった。だが、わしの兆しは多分嬢ちゃんと仲間になることだったように思もう」
グリステルは、ふむ、と返事をした。
「ついでに一つ訂正しとくが、恐らくエルフやヒュームに伝わっとる伝説の頭領デック・アールブというのはわしの親父じゃろう。親父は天に召され、今はわしが確かにデック・アールブじゃが、お前さんたちが期待するほどの腕前はないかも知れんぞ」
「いや。例え伝説の頭領が別にいたとしても、私はきみににあの大坑道をお返ししたいと思っただろう」
「ホッ。口ばかり達者な嬢ちゃんだわい」
デック・アールブは笑った。
「さて。嬢ちゃんは今日の主役じゃ。今度は我々ドワーフの石のテーブルに着いて、我々の食事の接待を受けてもらおうかの?」
穴蔵の髭付き樽はそう言って、思いの外可愛い仕草でウィンクをして見せた。
*** 了 ***
穴蔵の髭付き樽 木船田ヒロマル @hiromaru712
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