幻視
「まっすぐ進んで、中の女神のシンボルに触れて、戻ってくればいいのですね?」
デックは頷いた。
『グリシー』
「心配するなザジ。成人の儀式なら、十人入って五人死ぬような穴ではあるまい」
『無理すんな。別にドワーフたちの助けがなくたって俺たちはやってけるが、お前に何かあっちゃ元も子もねえんだからな』
「分かっているよ。だが万が一の時はティタとエルフの国を頼む」
『知らねえよ。ちゃんと戻って来て自分でやるんだな』
グリステルはニヤリと笑う。ザジが拳を差し出して、彼女はその拳に自分の拳を当てた。
「デック・アールブ。このまま入っていいのか? それともドワーフの神々に挨拶がいるか?」
「いらん。ドワーフの神は仕上がった成果をご覧になるだけよ」
「……グリステル・スコホテントト。失礼する」
彼女は一言断りを入れると、岩の洞窟そのものの祠に迷いなく入って行った。
「挨拶はいらんと言うたろうに」
『全くだ。あいつは色々と真面目が過ぎるぜ』
「ほれ」
デック・アールブはザジに二本の短い棒を差し出した。
『なんだよこりゃ』
「太鼓のバチじゃ。儀式の間、待つ者は太鼓を叩いて試練の成功を祈るしきたりじゃ」
『マジかよ。俺はやらねえぜ』
「叩かんのは構わんが、それでお嬢ちゃんに何かあった時に後悔せんかの?」
『…………』
程なく、二つの太鼓の音が岩山一帯に鳴り響き始めた。
***
口から奥に向かってなだらかに下る坂道で、グリステルは一歩一歩足下を確かめるようにして暗闇を進んだ。
松明を渡されなかったから、中に照明があるか、外の光を取り込む仕掛けでもあるのだろうとグリステルは高を括っていたが、中はどう好意的に解釈しても真っ暗の闇の世界で、彼女は自分の考えの甘さを鼻息で自嘲した。そしてデックに、嬢ちゃんは人が良すぎる、と言われたのを思い出した。
それでも始めたからには結果を出さなければならない。ドワーフの、確か槌打つ女神、と言っていたか──その女神は成し遂げた成果をご覧になるだけ、とデックは言っていた。彼の言う「未来」がなにを指す言葉かは分からないが、シンボルに触れて戻る。それをやり遂げなければ、彼女が思い描くエルフとドワーフとの共栄圏は成立しないのだ。
伸ばした手の先も見えないような暗闇を、どんどん下ってゆく。
来た道の先の入り口が確かめたくなってグリステルは振り向き掛けたが、何故か振り向くのは祠の試しに負けるような気がして彼女は軽く首を振るとまた闇を見据えて歩き出そうとした。
その時、闇の頭上から曲射の矢が一本、彼女を目指し空を切って飛来した。
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