試練
「……何故分かった?」
「実は確信したのはついさっきです。あなたは私を元騎士だか、元料理人だか知らんが、と仰った。私は確かに元王国の騎士で、その前は教会の給仕係でした。しかし私はそれをあなたには話していない」
「…………」
「流れの戦士、としか名乗っていない。元騎士なのは、振る舞いや言葉遣い、剣の拵えから分かるかも知れない。しかし料理人の来歴を言い当てたのは何故か」
ドワーフは何も言わない。ただ、ワインの杯を控え目にあおった。
「最初の日にお預けした、ナイフの研ぎ方でしょう。あのナイフは私が教会で使っていたもので、元々は狩猟用ですが皮剥きがしやすいよう敢えて薄く研いでいます。あなたはそれを見て、私が料理をすると知った」
ドワーフはジッと女戦士を見た。
「鎧は粗末な有り合わせだが、帯びた剣、ナイフの研ぎ様から私が元騎士で、もと料理人であることを看破した。あなたは鍛冶はやらない芋畑専門だと仰ったがとんでもない。少なくとも武具や刃物に関して並々ならぬ見識と技術をお持ちの筈だ。だがそれを隠し偽って、自分はただの留守番の農夫だと名乗った。何故か」
ドワーフは髭を揺らした。
笑ったのかも知れない。
「あなたが、我々が探し求める重要人物。ドワーフの頭領。デック・アールブその人であるからだ」
「最高の晩餐だったよ。グリステル・スコホテントト」
ドワーフは席を立った。
「穴蔵まで送ってくれ。あんたたちへの返事は明日しよう。明日の夕方、豚頭の友人を連れてまたくるがいい」
***
翌日の昼下がり。
グリステルはデック・アールブの言葉通りザジを伴ってドワーフの岩山を訪れた。
「来たか。女戦士」
「こんにちは。デック・アールブ」
「ついて来い」
「馬は?」
「繋いでおけ。山道を歩く。馬を潰す気か?」
グリステルはザジと顔を見合わせた。
ザジは肩を竦めた。
***
「ここじゃ」
「洞窟……」
『わざわざこんな高い所まで登らせやがって。空き家の案内か?』
「口を慎め豚頭。ここは我々ドワーフの秘密の場所で聖なる
「聖なる
グリステルはその言葉を繰り返した。
「そう。ワシらは成人の儀式として、ここに入る。無事に出てきたものだけが、一人前として認められる」
「中には何が?」
「未来じゃ」
「未来……?」
「洞を進んだ先に槌打つ女神のシンボルがある。手で触れて戻って来い」
『危険はないのかよ』
ザジの問いに、ドワーフは知らん、という顔をした。
「時には死ぬやつもおる」
『入ることたねえぜグリシー。こいつは金鉱のことを知ってる俺たちが邪魔なだけだ』
「ホッホッ」
ドワーフは笑った。
「お主らを殺す気なら、こんなに手間暇の掛からん方法が他にあるわい。嬢ちゃんは人が良すぎて、豚頭は疑ぐり深いが過ぎる。丁度良い相方同士というわけじゃ」
ザジは舌打ちしてそっぽを向いた。
「何故です?」
「何故、とは?」
「私はあなた方に住まいを返したいだけ。その私を何故試そうとなさるのか?」
「我々に住まいを返したいだけ。本当にそうかの?」
「…………」
「影の民を連れ、エルフと友人となり、次はドワーフまでをも仲間にしようとしておる。大きさも合わない有り合わせの鎧を来た、流れの戦士がだ。それは、何か大きな目的の為ではないか?」
「それは……」
「しかしその性根に邪も虚もないとワシは見た。だからだ」
デック・アールブはグリステルに向き直った。
「この試練を超えて、お主が自分の未来に打ち勝つならば、ワシはワシの未来を、ドワーフの未来を、お主に賭けようと思う。グリステル・スコホテントト」
「デック・アールブ……」
「お主も入ってみるか豚男?」
『遠慮するぜ。ディスパテルの試練は達成済みだ。ドワーフの成人にまでなる気はねえよ』
「デック・アールブ。あなたの時は、何を見たのです? あの祠の中で」
デック・アールブは知らん、という顔をした。
「それぞれの未来は、それぞれの胸の内に、じゃ。どうするね?」
グリステルはザジを見て、またデック・アールブを見た。
「やりましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます