晩餐
小高い丘の頂上は開けて広場のようになっていた。
そこに格調たかい重厚なテーブルが置かれ、大小の皿や鍋、酒瓶などが綺麗に並べられている。陽は傾き夕日が眼下の森を照らし、明暗のくっきりとしたシルエットを描き出している。巣に帰る鳥の群れ、流れる雲。いつも地面ばかり見て過ごすバドガーは久しぶりに景色や空といったものが美しく、心を打つものなのだと言うことを思い出した。
「座られよ。スープは私が取り分けましょう」
「お嬢ちゃん。あんたは一体……」
「ドワーフの方々も日にやけ易いと聞いておりますが、日中を連れ回して申し訳ありませんでした。ワインが冷えております。まずは、乾杯しましょう」
言われたバドガーの腹が、ぐう、となった。
気づけば、確かに喉はカラカラだった。
***
冷えたワイン。
火を通した干し魚。
キュウリの酢漬け。
羊の肉と盛られた新鮮な果物。
湯気を立てるスープは、ゴロゴロと大きめに切った芋がふんだんに入っていて動物の骨の出汁が効いていた。
しかしどこか一味あじけない、とバドガーが感じた時。
「私としたことが。大切なことを忘れておりました」
女戦士が二つの小さな瓶を差し出した。
「塩と胡椒です。お好みで好きにお使いください」
バドガーは小さく切った羊の肉に塩と胡椒を振って口に含んだ。
寝ぼけた樹皮のような味だったそれは目の覚めるような美味に変わり、彼は調味料というものが味に関しては魔法のような力を持つのだと知った。
運動し、汗を掻いた体に塩の効いた食材はどれも美味く、冷えたワインが進み、ワインを飲むとまた食が進んだ。食傷気味だった芋のスープも、一人で岩山の穴蔵で食べるのとはまるで別物で、バドガーは自分が芋の持つ食物としての力を半分も引き出していかなったのだと悟った。
「なるほどの」
「なんです?」
「実に美味い。三十三年間生きてきて最高の晩餐じゃ」
「喜んで頂けたなら幸いです」
「で、何故じゃ」
「何故とは?」
「今回の晩餐の理由じゃよ。豚頭は人探しをしてると言っておった。我らドワーフの頭領に会いたい、と。ドワーフは疫病で数が減り、住んでいた大坑道に蛇が湧いたが駆逐できず、散り散りに各地に移り住んでおる。そんな種族の頭領に会って何をしようというのだ。わしのような農夫をかように持て成してまで」
グリステルは一口ワインを飲んだ。
「ドワーフの大坑道を、あなた方にお返ししたいのです」
「しかし、あそこは普通の蛇だけでなく、忌々しい邪龍と呼ばれる巨大な化け物が……」
「それは私が仕留めました」
「なんじゃと?」
「お疑いなら、邪龍の首を見せることもできる。もっとも、今は骨になって飾られているのですが」
「飾られている?」
「エルフの住まう国。リョーサルムヘイムに。私は北のエルフ族の現女王、ティターニア・リョーサルムヘイム陛下の友人です」
「エルフ……!」
「あなたに差し上げた手土産。今回の晩餐。全てエルフの友人が協力してくれたものです」
「…………何故じゃ」
「何故とは?」
「あそこは金の鉱脈だ。わざわざドワーフに返さずとも、利に聡いヒュームなら自分たちだけのものにしたら良かろう」
グリステルはフフッ、と笑った。
「何がおかしい?」
「失礼。あなたを侮るわけではないのです。最初にあなたへの遣いに出したディスパテルのザジ。彼に全く同じことを言われたもので」
ドワーフはフン、と鼻を鳴らした。
「そして私の答えは彼へのものと同じだ。あの坑道は金鉱だけじゃない。商店や床屋。温泉に教会。それに墓地。あの坑道は、あなたがたドワーフの城であり、街であり、歴史そのものだ。それが誰か心ない者の手に落ち、汚されて失われるままになるのは忍びない」
「…………」
「あの偉大なる大坑道が今回の晩餐なら、そこに関わる人々は塩と胡椒のようなものだ。どんな豪華な食材でも、然るべきところに人の手が入り、その価値が引き出されければまともな食事たりえない。エルフの民も、協力は惜しまないと約束してくれています」
女戦士は正面からドワーフを見据えて言った。
「どうかあの大坑道に戻って頂けませぬか。仲間たちを連れて。ドワーフたちのいない鉱坑など、肴なしの酒です。ドワーフの新たな歴史をもう一度紡ぎ直すのです。それは意味のある、価値のあることのはずだ。あそこに眠る黄金を誰かが独り占めするよりも気高く尊い多くの価値が。お頼み申すバドガー殿」
「…………」
「いや。ドワーフ族の評議員。伝説の頭領。デック・アールブ卿」
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