使者

 そのドワーフは、幅広のつばを備えた麦藁の帽子を被って、岩山を縫うようにして張り付く僅かな耕地を耕していた。


 初夏の日差しが一帯を焼く。

 ドワーフは首に掛けた手拭いで汗を拭った。

 作柄は悪くない。今年は雨もよく降り、陽もよく照った。だが、いかな豊作とはいえ芋ばかりというのは飽き飽きするものだ。少し前に頭領を出せと現れた魔族の餓鬼を美味いものでも持ってこいと追い返したが、カンカンに怒っていたようだから、もう来ないかも知れない。


「ホッ」


 ドワーフは感嘆の息を漏らした。


「また来おったわい。肉でも持って来ておれば、話を聴かんでもないがの」


 視線の先には、森を抜けて一騎の騎馬が山道を上がってくる。ドワーフは野良仕事の段取りを区切って一休みすると決めた。


***


「馬上から済まない。そなたはこの一帯に住まわれるドワーフの方か?」


「他にどう見えるんじゃ」


 再来した使者は馬から降り、顎のベルトを解いて兜を脱いだ。


「申し遅れた。私はグリステル・スコホテントト。流れの戦士です」

「近頃の豚はヒュームのお嬢ちゃんに化けるのか」

「先日は遣いのものが失礼しました。本日は謝罪に伺った次第です」

「謝罪?」

「ドワーフの方々はヒュームがお好きではないと聞いたもので、ディスパテルの彼を使者に出したのですが、私の不見識だったようです。仲間があなたに失礼な物言いをしたようで、失礼仕った」


 粗末な鎧の女戦士は兜を小脇に抱えてきちんとした礼をした。

 

「これはお詫びの品です。お口に合うといいが」


 女戦士は馬に括り付けた荷袋から酒瓶を一本取り出した。


「ふん。豚よりは気が効いてるというわけか」


 ドワーフが酒瓶を受け取ろうと手を伸ばすと、女戦士はサッとそれを引っ込めた。


「これは重ねて失礼を。毒味がまだでした」


 女戦士はナイフと木の杯を取り出し器用に酒瓶の封を切ると、とくとくと紅の液体を杯に注いで、ごくりごくりと喉を鳴らして旨そうに飲み干した。


「これでよし。安心して召し上がられよ」


 女戦士はそう言うとさっさと帰り支度をして


「では」


 と短く挨拶を残すと来た道を戻って行った。


 後には酒瓶と木の杯、彼女のナイフと一人のドワーフが残された。


「……あのヒョロ長女め。半分近く自分で飲みおって」

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