第1章 黒鉄の騎士:part2 新宿②
やはり東京は人が多い。
新宿の町中に出て、改めて思う。
大学進学のために上京してから3年が経つ今も、この人の多さには慣れない。
故郷の市、いやあの地区に限って言えば村、は人が多くなかっただけなのだろうか。
実家の神社を継いでいる姉さんが、東京には圧倒された、と昔言っていたのを今更思い出す。
先ほどまで、私は新宿東口の本屋で調べ物をしていた。
気になるのは都内で広がる都市伝説「風の勇者」である。
人目の有無にかかわらず、
理不尽な事態に遭わんとする人の前に突如風が巻き起こり、
理不尽を強い、悪事を働くものを吹き飛ばす。
風が収まると、そこには加害者の倒れ、呻く姿が残る。
しかし、命が奪われた例はない。
そして、もともとその場にいた人を除けば、
誰かが現れたのを目にした人はいない。
正体はいまだ不明、それが「風の勇者」である。
東京を舞台とする「風の勇者」と、京都をはじめとした西日本で目撃される「黒鉄の騎士」。
「黒鉄の騎士」はその凄惨な「経歴」のため、名前が広く知れ渡っている。
しかし「風の勇者」は事件の収束とともに姿を消すため、何者なのかわかっていない。
「法具」である扇子をもって風を自由自在に操る「風の一族」、その縁者であることは推測できるものの、
それと推測できる事件数は百以上であるにも関わらず、詳細なことはわからない。
「風の一族」が関わり、この都市伝説の正体が「人」であるのは濃厚であるため、
人はいつしか謎の「風の勇者」と呼ぶようになっていた。
その姿を顕らかにしようと試みるものは多いが、成功した例はない。
私自身も「試みる」力は持っているが、いまだ試みようと思ったこともない。
そのため、「風の一族」について調べていたが、私の知識の範疇を出るものではなかった。
一度、この手のことに詳しい義兄さんに聞いてみたが、
必要に迫られない限り深入りはしない方がいい、とかわされてしまった。
あの人は姉さんと同じく、私が生まれる前、中学生だった時から実戦の中にいたのだし、
裏は何かありそうな気がする。
まさかとは思うが、帝国政府未登録の使い手なのか。
そんなことを考えていると、目の前が突如暗くなる。
目の前を見れば、3人くらいの男が私を見下ろしている。
反射的に後ずさって悲鳴を出す。
「姉ちゃん、そんな声出すなよ」
「ちょっと俺たちと楽しもうぜ、な」
「大丈夫、俺の親は警察庁の偉い人だからさ、心配すんなって」
などとのたまっている。
つまり彼ら、世間一般でいうところの「上級国民」の一味に加わるか、もみ消されるかの二択か。
気が付けば後ろにも2人いる。囲まれている。
男が私に手を伸ばし、体をつかもうとする。
ヤバい、このままだと本当にやばい。
本能が訴えるも恐怖で体が動かない。
「持ち合わせ」も今日は持っていない。
家に忘れてきてしまった。
思わず身を引く。
次の瞬間、2人の男が視界から突如消え失せる。
より正確な表現をすれば、「飛ばされる」。
風だ。
うち1人が、そばの電気屋のビルの壁にたたきつけられているのが見える。
高さは2階くらいだ。
そして、地面に落ちる。
瞬間、背後で何かが落ちる音が聞こえる。
もう1人の男が横たわっている。
残りの3人はあっけにとられた顔。
そう思った次の瞬間には彼らも消える。
右でも左でもない、なら。
上を見ると3人が宙を舞う。
そして地に落ちる。呻く。
瞬く間に、先ほどの5人がすべて動けなくなっていた。
通りがかる人に「大丈夫ですか」と聞かれるも、まともに返事ができない。
動けなくなっていたのは私もであった。
頭は先ほどの恐怖と、いま何があった事の唐突さに混乱している。
一度冷静になり「一応大丈夫です」と答えながら、何が目の前で起こったのかを整理しようと試みる。
まず、理不尽な、私の危機的な状況。
その状況で、突然の突風。
次の瞬間には、ゆうに20メートルは吹き飛ばされている、今まさに私に危害を加えようとした人たち。
そして、うめき声をあげている。
彼らは生きている。
今私の目の前で起きた現象は、
私がまさに調べていた現象、
「風の勇者」の事項とほぼ完全に合致する。
ふと視界の片隅に、立ち去る男の人が見える。
いまの騒動が見えなかった、聞こえなかったかのように。目もくれず。
紺のジャケットに、濃い灰色のスラックス。
リュックを背負った姿で、やせこけた、少し陰を背負った感じだ。
短髪で、背も165cmくらいの人だ。
気づく人も多くないだろう。
まわりの人も、その人の存在に気付く様子がない。
あの現象を見て、足を止めずに立ち去るなんてなぜだろう。
いや待って。
おかしい。
そもそもあの現象を「見ていない」としたらどういう状況だろうか。
別のものを観ながら歩いているという様子でもない。
「一連の現象を見ていない」とするなら、当事者の一人であるはずだ。
私はここにいる。男たちはみな伸びている。
先ほどの人がリュックサックに、何かしまう。
扇子だ。
もしあれが「法具」だとすれば、「風の一族」継承者の証。
私の直感が訴える。
まさかあのやせこけた人が。
「風の…勇者…?」
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