第1章 黒鉄の騎士:part1 新宿



-西暦2023年4月 東京・新宿区-



『…先週発生した、季節外れの大雪の影響はまだ残っており、

 尾久駅付近で脱線した、臨時特別列車の撤去はまだ終わっておりません。

 これに対し首相は都に対し、列車の撤去を早急に行うように指示を出しました。

 政府側によれば業者の手配まですでに完了しており、

 都が命令を出せばすぐにでも作業に取り掛かれる状況になっている様子です。

 地方分権の原則を脅かす状況と主張する意見も多いですが、都知事はこれに対し

 『都政側の機能もマヒしていたため、今回は国の支援は妥当と考える』

 と声明を出しています。

 

 …次のニュースです。今年三月に、54歳で崩御された先帝陛下の、

 大喪の礼の日程が決まりました。

 宮内省によれば大喪の礼は、再来月6月20日に行われる予定で…』


ニュースが流れてくる。

先の帝が崩御し、皇太子が即位したのが先月、三月の末だったので、もう一週間経過することになるのか。突然のことであった。

新しい時代が平和であれば、願わくば、僕の目の前で命のやり取りがあるような世の中でなければよいのだが。

ましてや、当事者になどもう二度となりたくはない。

すでに桜が開花しているものの、突然の大雪が関東を襲った、そういう時期のことであった。隣の番組では群馬の草津温泉の取材を行っている。大雪の中お疲れ様である。画面に若い女性が映し出される。どこかで見た面立ちだなと思いつつも、意識は大喪の礼のほうに向かう。



この日僕は、那須高原の温泉にぶらりと出かけた、その帰り道であった。

時間は午後3時くらい。新宿駅で電車を降り、根津の下宿に向かう途中。

自宅の電球が切れていたことを思い出し、新宿の電気屋に足を運んでいた。

エスカレータを下り、テレビやレコーダの売場である2階に向かうとき、

大喪の礼について、宮内大臣の記者会見のダイジェストが映し出されていた。


ダイジェストの音声によれば、どうも今回の大喪の礼―帝の葬儀―の日程は、

宰相率いる官邸側から日程の指示があったそうである。

宮内省を交えた議論をせずに下された、一方的な命令に対して宮内大臣は最初反発したそうだ。

しかし宮内大臣に話が届いたときには、宮内省側の予定含めて、

ほとんどの調整や、必要な物資や人員の手配が完了しており、特に不都合な事実はなかったため、

最終的には官邸側の意見に従ったそうである。


崩御は急なことであったと、連日の報道で聞き及んでいる。

これが事実だとした場合、年度末から年度初めにかけてのこの時期、

異動や引っ越し等で忙しくなるにも関わらず、よくもろもろのことを手配できたものである。

筋が違うのかもしれないが、つい先ほどの大雪の件といい、かなりの手際の良さである。

2年前に歴代最年少の35歳で就任した時には、経験不足による不手際が予想されると、あまたの報道機関による言説が飛び交ったことを踏まえれば、

就任当初の予想を大きく裏返す大活躍であるのは間違いない。


2階のエスカレータの踊り場で、1メートルくらいの細長い、鈍色の袋を持った、

同じくらいの年頃の男とすれ違う。

すぐには思い出せないが、どこかで見た覚えがある面立ちだと思う。

その男の袋でテレビが隠れている間に、次のニュースへと切り替わる。

意識はそちらに切り替わる。


『次のニュースです。

 群馬県の山中で昨日発見された白骨死体ですが、身元が判明いたしました。

 群馬県警によれば、遺体の身元は、経済産業省の元課長、川俣かわまた公一きみかずさんということです。

 川俣さんは3年前、2020年の9月、経産省から退庁したのを最後に、

 消息を絶っていました。

 妻である未樹みきさんから捜索願が出されていましたが、

 これまで手掛かりをつかめていない状況が続いていました。義兄である…』



エスカレータを降りながら、ニュースがここまで聞こえたところで、

電気屋の入口の方から女性の悲鳴が聞こえる。

エスカレータを駆け下りる。周りを見回す。

50メートルほど前。

女性を取り囲む、ざっと5、6人の男達。

男の体格は様々だ。

筋肉質な者もいれば、異様に細いものもいる。

年齢は20代から30代にかけてであろう。

どうも酒に酔っているのだろうか、顔が赤いように見える。

別の方向には警官の姿も見える。

しかし気づいていないのか現場に行く様子はない。

女性はふわふわしたショートカットで、白いワンピースに、

薄黄色のカーディガンを羽織っている。

僕と同じくらいの年頃であろう。

明らかにドン引いている様子。

女性の手を、男がつかもうとする。



ここでやるべきことは一つ。

旅行用リュックの、いつでも取り出せる位置のポケットに手を伸ばす。

曽祖父の形見である、浅葱色の扇を出す。

扇を右手に、僕は飛びだした。

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