秀才と天才
会議前半、あれほど紛糾した同盟の話とは対照的にフューザック帝国に対する宣戦布告および侵攻の日時はすんなりと決まった。
ネルシイ商業諸国連合によるフューザック帝都侵攻作戦も大詰めを迎えたことを踏まえ、一週間後に第七、第八、第九師団で南部を侵攻し、南フューザック臨時共和国を建国、
その後、駐留師団の師団長の合議制とする国家運営会議をトップとして統治を行う案である。
「第七、第八、第九師団の兵力は約4万5000。
防衛が薄い地域とはいえ、南部全土を制圧するには数が足りません」
会議後半、先陣をきったのはエマリー軍代理だ。
「しかし、我が国は18師団しかない。
ネルシイが何をしてくるかわからない今、あまり兵力を割くわけにはいかないだろう」
ウォールが反論すると、
「大体、陸軍の要望を丸無視して、師団を増やさないから兵力は30万人止まり。
こんなんだから国難の時に手痛いツケを払うことになるんです」
エマリーの隣に同席した、ミュー・フラワー陸軍中将が呟いた。
そのことに誰も反応しない、本来ならミューには発言権が認められていないためだ。
ウージは彼女に舌打ちする。
空気を読まれ、彼女の言葉は独り言として処理された。
「財源的な問題もあります。
長期戦を想定するなら増税も視野に入りますから、その時はウォール議長の責任でお願いしますよ」
ウージ財務部長の国難の今、真っ先に自分の責任を気にする発言に一同は呆れた失笑を堪えることができなかった。
ウォールでさえ耐えきれず微妙な顔をしている。
「しかし、これは国運をかけた初戦と言っても過言ではありません。
これで帝都を落とされたフューザックの残党に返り討ちにされてしまえば、ネルシイになんて思われるか」
リナはウォールの目を窺うように聞く。
「…第15、16師団も投入することでどうだろう」
ウォールはエマリーの方を見ながら聞いた。
「可能ならもう1師団追加が好ましいです」
エマリーが毅然と主張する。
「分かった。第17師団も投入を許可する」
「ありがとうございます」
ミュー中将は満足げな表情を浮かべている。
「制圧までの期間はどのくらいを想定していますか?」
リナはウォール議長の方を見ながら聞いた。
ウォールは視線を逸らしエマリーの方を見る。
「三週間で終わらせます。
逆に短期間でなければ、我が国にとって相当な負担になるでしょう」
エマリーが答える。
「お手並みを拝見するのが楽しみですな」
ウージが嘲笑するようにエマリーを見つめる。
「ところで、いくら名目上とはいえ、南フューザック臨時共和国は独立国。
各師団の師団長が率いれば、シビリアンコントロールに支障が出るのではないのでは?」
リナは意味ありげにエマリーらを見る。
「リナ長官は私たち軍を信用できないとおっしゃりたいのですか?!」
ミュー中将がかっとなって、リナを睨みつけた。
「ミュー中将。次、発言権を勝手に行使した場合、退出していただく」
ウォールが口頭で彼女を注意した。
すると、ミュー中将をしぶしぶと黙る。
「複雑な組織図になるのは否めませんが、南フューザック臨時共和国とは建国直後に我が国と安全保障条約を結び、そこで国家運営会議への干渉権や我が軍の駐留を認めさせます」
エマリーが発言する。
「事実上…ですね」
リナが不満そうにつぶやく。
しかし、これはエマリーにとっても不満なのである。
この案は、体面は独立国としつつ傀儡国家としなければならず、軍としてもやりづらいにも程があった。
恨むように提案者であるウォールの方を見た。
「フューザックの領地を南北に分けて、両軍向かい合ったら、国境付近で何が起きるかなんて目に見えている。
南フューザックとネルシイの北フューザックがやりあう分には代理戦争なだけで済む」
しかし、場の空気は固まったままで、ウォールは大変困ってしまう。
彼は、今まで勝手に政治を無視して行動し続けた軍への不満をぶちまけてしまいたいのだが、立場上表立って批判することはできない。
「本当に我が国はシビリアンコントロールがヘルビアン」
「え?」
「え?」
「ちょっとウォール議長、黙っていてもらっていいですか?」
リナとウージは目を丸くして、エマリーはマジギレしていた。
ウォール議長は政治情勢を風刺した渾身のギャグを踏みにじられ、
この上なく、へこんでいた。
「しかし、既存のネルシイとユマイルの国境でも過去に何度も紛争を起こしている。
国境が増えるとか、そんなことを今更、警戒してもどうしようもないではないですか」
ウージが不満げにつぶやいた。
「ネルシイとは過去6度国境紛争していますから、もうすでに国境の策定は終わっているようなものです。
第六次国境紛争で我が国は大敗しましたし、今の暫定国境はネルシイに有利なもの、私たちが現状を無理やり変えようとしない限り新たな紛争は起きないでしょう」
リナはウォールに代わって説明する。
「大敗?!大勝利でしょう!この売国奴!」
ミュー中将が耐えきれなかったのか大声を上げた。
「あなた、あんなプロパガンダを真に受けているの…?」
エマリーはミューを嗜める。
「一個まるまる師団を潰されているわけで、あれは完全な我が軍の歴史の恥の一つだ。
エマリー元准尉が奮戦してくれたのが不幸中の幸いだったな。
…後、ミュー中将は今すぐ退出するように」
ウォール議長の発言を受けて、ミューは乱雑に立ち上がり、ズカズカと部屋を出ていった。
決して女性的とは言えず、むしろ毅然とした高圧的な印象しか受けない。
「ほかに発言者はいるか?」
ウォールの問いかけに応じるものはいなかった。
「ミュー中将のように組織の輪を乱す人間をどうにかできないのですかね」
ウージ財務部長は呟いた。
「優秀な人間なのは間違いないと思うのですけれどね」
エマリーは彼女を擁護するが、
「どれだけ優秀な人間であろうと、組織の輪を乱す時点でそれは無能よ」
リナはバッサリと切り捨てる。
「そういう組織が天才を切り捨て、腐る。そうではありませんか?」
「1人の天才より10人の秀才。
天才は元から天才だけれど、秀才は努力した凡人なのよ」
リナは楽しげに語るが、エマリーは不審がるように見つめる。
おおよそ彼女はリナが言いたいことに検討がついているようだった。
「つまり、リナ長官は何が言いたいのですか?」
「本当分かっているでしょうに…。
希少価値が高い1人の天才に考えさせるより、多少劣っても簡単に集められる10人の秀才に議論させた方がよっぽど良い成果物が出来ると言いたいのです」
「本物の天才は10人の秀才ごときに負けないと思いますが」
「なら20人の秀才を集めればいいだけよ」
「天才と秀才の違いは数などでは埋めることができない」
「それはないでしょう。所詮、彼らは人間なのだから」
「どちらにしろ、私は彼女に興味があります」
エマリーは少し遠くを見つめる。
「それはあなたが秀才だから?」
リナはエマリーを悪戯な目で見つめると、エマリーは鋭い目つきで彼女を見返した。
「私の話は関係ない」
エマリーは声を強めて拒絶した。
それらの議論を見ながらウォールは思わず誰にも気付かれないため息をつく。
彼ら、彼女らを議長として調整するのは想像を絶するほど苦労すると改めてウォールは思い知らされるのだった。
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