脅し

ユマイル議員宿舎前、早朝の広場。

リナ諜報長官は緊張したおもむきで誰かを待っていた。

とそこへ、1人の男が近づく。

彼はリナの前に近づくと挨拶をした。

「おはようございます。リナ長官」


リナは気付くと彼の方へ向いた。

何かを見通すような視線。ウォール相手ではそんな目はしない。

彼はああ、政治家の目だ、とそう考えた。


「ええ、ザワエル・ボーン海軍大将。お久しぶりです」


ザワエル。開戦直前の会議にミュー・フラワー陸軍中将と共に軍人としての立場で参加した人物で、名家ボーン家の次男。

ウージ・ボーン財務部長の弟である。


「海軍でも着々と戦争の準備をなさっているようですね」


「それはもう」

ザワエルは立派な軍人である。しかし、彼でさえ嫌な冷や汗をかいていた。

リナは俺をおよがせている、とワザエルは強く感じたのである。ここで余計なことを言ってはいけないとも同時に思っていた。


「ところでご用件というのは?」

悪手に近い気もした。しかし、それ以上にザワエルは早くこの場を切り抜けたかった。


「ザワエル大将は軍代理にご興味はありませんか?」

とくんとザワエルは胸騒ぎがした。

軍代理、それは半軍半文(軍人でもあるが同時に文民でもある)の役職で軍のトップ。軍人でもありながら文民でもあることから、実際の政治にも干渉することができ、財務部長や諜報長官、外交部部長などと、序列は同格である。

軍人の誰もが望むトップで、彼らにとってのキャリアの終着点。

海軍出身者で軍代理についた人物は今まで誰1人としていない。


「…今の軍代理はエマリー様ではありませんか」

ザワエルは慎重に答えた。ここで欲望を剥き出しになどできるわけがない。

自分の上官を蹴り落としていると見られかねないためだ。


「ええ。ですからその後の話です」

リナの笑みには余裕が含まれていた。


「仮定の話にはお答えしかねます。

エマリー軍代理がもし退任なされるならその時に正式な人事をお示しくだされば…」

ザワエルは逃げるように決まり文句を言う。


「そうですか」

リナは無感情にそう吐き捨てた。

ザワエルは読めない彼女の思惑に警戒感を持っている。

リナは自分のバックを開く、とても整理されており綺麗に一つの書類がしまわれていた。

それを取り出し、ザワエルに手渡す。


「え?」

思わず彼はリナの方を向き声を漏らしてしまった。

彼女はにっこりと微笑んでいる。それに暖かみがない。

その報告書にはこう書かれていた。

“増設船団の船員による婦女暴行に関する報告書”

ザワエルに焦りが見える。確かに大規模なものであったが、闇に葬れたはずだ、脳裏にそんな言葉が走る。


「あなたが増設を推し進め、そしてあなたが直轄にしていた船団であろうことか、停泊中の街で自国民の婦女に暴行を加えるとは…。

監督責任を問われかねませんね?」

顔面蒼白のザワエルに言葉を続けた。

言葉に詰まるザワエルにリナは続けた。


「愚かなことは考えないように。娘さん、お若いでしょう」

妻子のことまで出され、ザワエルは震えるように声を出した。


「これを人質に私に軍代理になれと、そうおっしゃるのですか?」


「少し違いますね。正確にはあなたに軍代理を勝ち取って欲しいのです」



「勝ち取る…ですか?」


と言うと、リナはザワエルに寄って囁いた。


「エマリー軍代理を殺すのです」

低い声だ。

離れるとリナはまたいつもの表情に戻る。


「それは…。軍法会議ものでは…ないですか…?」

ザワエルの絞り出した声を、リナは無視して、報告書を靡かせるように見せつけた。


「では、私は会議なので。

その報告書はそろそろ議長に提出したいと思っていますよ」

リナが去った後もザワエルは、ただただ呆然と空を見つめるしかなかった。




ユマイル国民民族戦線は大きく4つの外交思想に分かれる。


強硬派。その名の通りフューザック帝国、ネルシイ商業諸国連合との即時開戦を主張する派閥。

ミュー・フラワー陸軍中将がその筆頭だ。


反ネルシイ親フューザック派。フューザック帝国と同盟を結び、ネルシイとの戦争を主張する派閥。

ウージ家の現当主で重鎮のマージ・ボーン議員やザワエル・ボーン海軍大将など。


反ネルシイ中フューザック派。フューザック帝国と距離を置きつつ、時期を見てネルシイとの決戦を主張する派閥。

現在の主流派で、リナ諜報長官やエマリー軍代理、ウォール議長である。


そして、親ネルシイ。そもそもネルシイと良好な関係を築くべきと言う派閥で、この派閥の人間はそもそも大陸統一にあまり興味がない。

ウージ・ボーン財務部長、フィール・アンブレラ外交部部長が該当する。


リナの狙いは現在も影響力を持つボーン家と反ネルシイ親フューザック派の影響力を下げるものである。

と言うのも、リナには失敗を恐れ、次男であることがコンプレックスのザワエルがあのような揺さぶりをかけて動かないはずがないだろうと言う確証があったためである。

ザワエルが何かを動けば、それを口実に彼らを潰し、

逆に本当に軍のカリスマ的なエマリーを排除できたならば、軍の影響力を大幅に下げられる。

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