エマリー軍代理について

仕事を終えた、リナとウォールは議員宿舎へと向かっていた。

「お仕事お疲れ様、ウォール議長」


「ああ、そちらこそお疲れ様、リナ長官」


彼らにとって昔馴染みである彼もしくは彼女からかけられる労いの言葉は、他のどの言葉よりも安まるのであった。


「しかし、驚きました、今日の会議。

まさか、そんな話を勝手に進めていたなんて」


「すまなかったが、

こちらとしては単独で進めたかったんだ」

ウォールは少し申し訳なさそうだ。


「いいの、気にしないで…。

仕事の話は今はやめましょう。

それより、ご飯とかちゃんと食べれている?」

リナは優しげな声で聞く。


「食堂を使っているから一応食べてる」

ウォールはリナのその世話焼きは長年のもので既に諦めていた。

しかし、それは決して彼にとって嫌なものでもなかった。


「あら…、私のより美味しい?」

リナが不満げに聞く?


「いや、リナの方が美味しい。

どのようにしたら、宿舎の台所からそのような美味しい料理ができるのかとても不思議だ」


「もしよかったら…、また作りましょうか?」

リナが遠慮しがちに聞く。


「俺は歓迎だが、君も仕事の疲れなどあるだろう。

気にする必要はない」

ウォールは内心リナの料理が食べたかったが、それ以上に彼女の負担になるのを嫌がった。


「私がしたくてしてることですし、気にしないでください」

リナは笑顔で答えた。


「そうか。ありがたいが、無理はしないように」

ウォールはその笑顔をみて彼女が本当にやりたいことなのだと察し、優しげに答える。


「今日はどうするの?」


「今日は食堂でいただこうと思っている」


「分かった、おやすみ」


「ああ、おやすみなさい」

食堂と宿舎で別れる時、ウォールは昔リナとこうして別れた子供の頃を思い出していた。





食堂につくと、そこは食堂呼べるほど庶民的ではなく、むしろ高級ホテルと言った方がいい場所である。

しかし、食は栄養がよく考えられたものが出されていて、さながら中世の貴族の食事をアップデートさせたようである。

ウォールはそこにつくと、いつも見ない人物がいることに気が付いた。

彼はその人物が座るテーブルに近づく。


「相席よろしいですか?エマリー軍代理」

と言ってみたものの、ウォールはエマリーが最初から自分に用事があることを見抜いていた。

事実、2席あり、エマリー軍代理の隣になど座りたい議員がウォール以外いるわけがなく、片方が空席だったからだ。


「どうぞ」


ウォールが席につく。

「ここは議員専用の食堂なのですが」


「それはマナー違反でもルール違反ではありませんから」

エマリーがそう微笑んでいう。

誰かが言った台詞にそっくりで、ウォールは思わず苦笑いをした。

確かにここは議員専用の食堂なのだが、この建物の高官エリア一帯をまとめて出入りを管理しており、議員ではないとはいえ軍代理クラスの役職だとこの食堂へ出入りできてしまうのだ。


「御用件はいかがなものですか?

正直、仕事の話を仕事以外でしたくないですね」

ウォールを少しずつつまみながら聞く。


「こういう時だからこそ、本音で話し合えるのではなくて?」


「できれば、あなたと本音で話し合いたくない」


「でも、座ってくださったからにはご興味があったのですよね?」


「そうですね、好奇心には勝てなかった」


「またまた、ご冗談を」

エマリーが笑う。


「対ネルシイシナリオの策定が終わりました。もしよろしければ」

エマリーが2つの分厚い書類を取り出す。


「また、ここで渡すとは…」

ウォールが呆れながら受け取る。


「分かった。後で目を通しておきます」

ウォールはパラパラとページをめくらせたのちパタンと閉じた。


「で、用件というのはそれだけではないのでしょう、エマリー軍代理」

ウォールが鞄にしまうとそう話しかけた。


「そうです。

もう一つの用件は軍内で不穏な動きがあるということです」


「不穏?残念ながら我が国ではそれが正常だと思いますが」

ウォールが自嘲気味に笑う。


「将校の一部、特に強硬派の人間は政権をクーデターでひっくり返すことを考えているとか」


「よく、そんな情報持っていますね…」

ウォールは少し考えこんで


「エマリー軍代理はそのことについてどう考えなのですか?」

と聞いた。

正直な話、ウォールはエマリー軍代理がクーデターに加担しても不思議ではないと考えているからだ。


「私は組織の人間ですから。組織の決定に私情を持ち込むべきではありません」


「流石、現場の叩き上げ。

助かります、軍は暴れ馬ばかりですから」

ウォールの言葉は本当のところ半信半疑である。

が、ここで疑いの言葉を投げかけても意味がないことを理解していた。


「叩き上げですか?」


「ええ、第六次ネルシイ・ユマイル国境紛争の国境付近の町を一小隊守ったという英雄的な戦果で大尉になられた。

その後、陸軍中学卒としては異例の出世を重ね、軍代理になっている。

これを叩き上げと言うのではないですか?」


「英雄的な戦果…」

エマリー軍代理は遠い目をして呟いた。


「私にとっては挫折経験なのですけどね、あれは」


「挫折、それはまたなぜ?」


「降りやまぬ砲弾の嵐。緻密に計算された兵站。統制された指揮系統。

2000年近くの伝統を誇る国境付近の我が精鋭魔法師団は虐殺させられてしまった。

山でゲリラ的に戦った我々をネルシイは容赦なく追い詰め、雨が降るぬかるみの中、先が見えない戦いをしていたのです。

もし後少し、増援が遅ければ、本当に我が隊は全滅し国境付近の町が占領下におかれていたかもしれません。

それを英雄的な戦果だなんて…当時のあのプロパガンダも程々にしてほしいものです」


「それもそういう見方をすればそうかもしれません」

ウォールが見透かしたように笑う。


「明日、これは正式に議論されるものですが、ネルシイの同盟に基づく、フューザック帝国への侵攻および宣戦布告の日時を決めたいのですけれど」


「もう、決めるのか?随分と早い気がしますよ」


「我々の予想を上回るスピードでネルシイは帝都を陥落させるかもしれません。

最悪、ネルシイが約束を反故にして全土を占領してしまう恐れがあります。

そこらへんも含めて会議に諜報部に聞きたいのです」


「そうか、諜報部にはまだ聞けていないのか…」


「ええ、リナ長官ですし、連携が取りづらいのが本音です」

エマリーが珍しく苦い顔をしている。


「それはお互い様だろうな…。分かった。

今回は会議で聞けばいいと思うが、今後連携する際は私が仲介役をしよう。それで大丈夫ですか?」


「ええ、助かります。」

エマリーがそう答え、


「お食事中失礼いたしました。私はお先に」

と軽く礼をする。


「ああ、お疲れ様」

とウォールは答えるのだった。


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作者より

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