第6話

 父に魔法の訓練を誘われた私はやってみたい、と元気な声を出して返答した。

 以前から魔法には興味を持っていた。前世では、魔法が使われるようなファンタジー作品等も好んで見ていた為、実際に魔法を使っている様子を見るのはワクワクしたし、自分もやってみたいと父にお願いした事もあった。

 しかし、あまりにも幼い時から魔法を使用すると、体が耐え切れないと幼い自分にも分かるような言葉で諭してくれた。それ以来、魔法の訓練をする父や兵士を眺めるのみとしてきた。そして、やっと魔法の訓練を開始できる時が来たのだ。


 中庭の中央まで移動すると、父は膝を曲げて私に目線を合わせた。

「ロティー、今から魔法を教える。だが、その前に一つお願いがあるんだ」

「うん、何?」

 いつになく真剣な眼差しをしていた。父は基本的に何事も笑い飛ばし、物事は深く考えていないような武闘家だ。そんな父の普段とは異なる様子に少したじろぐ。そのまま父は私に語り掛けた。

「魔法は人を簡単に傷つけることができる。子供の玩具では無いんだ。だからこそ、魔法を使う時はよく考えてから使ってほしい。勿論、誰かを守る為ならすぐに使ってもいい、いや、そんな時がくればすぐに使うべきだがな」

「大丈夫、誰かを守る為にしか使わないよ。さっきの父さんの魔法も凄い威力だったしね」 

「そうか。相変わらず物分かりが良い子だ」

 父は顔を綻ばせ、だからこそ早くから教える事にしたんだがな、と父は続けた。


「今から教えるのはソードと呼ばれる魔法で、魔力で剣を作りる事ができるんだ。さっきの戦いでマスティフが最後に使った魔法だ」

 最後の兵士君はマスティフというんだ。まずはお手本からだな、よく見ておけとヨーゼフは言い、杖を目の前に掲げた。


「ソード」

 呪文を唱えると、杖の先から白っぽい靄が現れ、刃渡り60㎝程度の両側に刃が付いているダガーのような形状に形作られた。魔力で出来ているため、白色で少しだけ青みを帯びていた。剣には全体的に靄が纏わりついており、輪郭はハッキリとしていなかった。


 う~ん、芸術点で言えば40点ね。直線も曲線もなければ、魔力の靄も”芸術さ”が無いのよ。これなら、直線だけで構成されたこの世界にもある前世でいう西洋剣のような物の方がよっぽどカッコいいわね。魔力の靄もなんか言葉に言いづらい感じでダサいし、洗練されていないように感じちゃうのよね。なんでかしら。


 シャーロットの心を沸き立たせる”芸術さ”を感じられなかったが、シャーロットの内心など分かる由もないヨーゼフはそのままソードの説明を続ける。

「ソードはメイジの近接戦闘時の魔法として使用される。尤も、ソードを使うくらいに近づかれているようではメイジとしては未熟だが、どうしてもそんな状況になってしまったら迷わずソードを使い、近づいてきた相手を”たたき切る”んだ。」

「どれくらい切れるの?」

「そうだな、実際にやってみるか」

 そう言ってヨーゼフは近くにあった案山子のような物に鎧の頭の部分だけ固定した的に近づき、杖を振り下ろした。がきん、という金属音が鳴り響く。鎧を確認すると、大きく凹みができており、実際に人が着用していれば命は無いだろうと思うほどの威力だった。


「まぁ、こんな感じで切れ味はそこまでよくはない。良い鍛冶師に鍛えられた剣を使う方がよっぽど切れる。だから、あくまで戦闘中に剣を失くした場合だったり、メイジが緊急時に使用される魔法だ。俺にはこの魔剣があるから、ソードの魔法は使わないようにな」

 そう言いながら、背中に背負っている大剣の柄を握りながら補足した。


「何にせよ、一度やってみるが良い。なぁに、初めはうまくいかないだろう。初めの感覚を掴むのに3か月は掛かるのが普通だ。大切なのは諦めずに毎日続ける事が大切だ。さぁ、杖を構えて、体の中の魔力を感じ、杖に流し込むんだ。そして、剣の形をイメージしながらソードと唱えるんだ」 


 父に促され、シャーロットは杖を構える。父の説明を聞きながら、いや、どういう事なのよ、とシャーロットは内心思ってしまっていた。まず、当たり前だが、魔力なんて物は前世で感じた事など無かった。

 体の中に魔力があると言っていたが、どこにあるのよ?心臓?そもそも、魔力を作り出したり、貯める臓器が存在するの?悩みに悩み頭が嫌なムカムカに襲われる。論理的に色々と考えてしまい、いまいち集中ができていない自分に気づいた。いけないいけない。集中よ、私、集中するのよ。

 

 そう心の中で呟き、自らの体の内側へと意識を集中した。しかし、集中しすぎるが故に風を受ける肌の感覚や、自らの鼓動の音などの魔力を感じるに必要無い情報まで得てしまっており、魔力の感覚など一切感じる事などできそうになかった。


「ぬぬぬぬぬ……」


 前世では様々な芸術分野に挑戦してきた。運良く各分野で成功し、芸術女王と称賛されるようになった私でも演劇やピアノ等を行う前に必ず行うルーティンがあった。


 そのルーティンとは心や感覚を無にすることだ。自らの心や感覚を一度すべて無にする。

 その状態で、演劇であれば登場人物を自己投影して入り込み、登場人物の心中そのままに劇をする事ができた。ピアノであれば、一度心を無にした後に、作品の世界をそのまま心に落とし込み、その世界自体をそのままをピアノを通して表現できていた。そうやって、人物を、世界をありのままに表現する事で前世では評価されていた。勿論、評価されていた理由はそれだけではないが。


 そのような今世ではすっかり忘れていたルーティンを行ってみることにした。

 

 目を閉じて全身の力を抜き、心をリセットし、感情も抜く。

 じわりじわりと頭てっぺんから足の先まで、少しずつ、抜いていく。

 先程まであった風の感覚や心臓の鼓動すら感じられないようになった。そうだこの感覚だ。

 

 自らの内が空っぽになったこの感覚、前世であればここから”入れていく”のだ、演じる人の”人生”や”感情”を。だが、今回は違う、空っぽになった今の状態で前世では無かった感覚を探るのだ。

 

 空っぽになったそのままの感覚に身を委ね、意識を全身に巡らせる。ほんの少しずつ、少しずつ意識を体に巡らせる。実際にできてはいないだろうが、イメージとしては、細胞一つ一つを感じ取るくらい精密に、ミクロンレベルで体の内を探っていく。ミクロンオーダーの精度まで加工できる精密機械のように、淡々と、淡々と。


 こういった体の細部にまで意識を巡らせることは得意中の得意であった。これは様々な分野で習得してきたシャーロットが前世で会得してきた一つ技能でもあった、いや、職人技とでも言ったほうが正解だろうか。大勢の観客、そして、TVの向こう側で見る何千万という人々に自らの体一つを見られるという緊張が自らの細胞を、感覚を進化させ、この職人技をいつの間にか会得していたのだ。


 意識を体中を巡らせているとお腹のあたりに”何か”感じるものがあった。実際に温度は感じないが、どこかポカポカとした温かさを感じた。その”何か”をより意識して感じるようにする。すると、お腹を中心として、じわりじわりと押し出されるように全身に”何か”が巡っているのを感じた。


 もしかして、これが魔力かしら?

 殆ど無意識化で行われていた作業だったが、漸く意識が浮上する。魔力と思われしき”何か”に意識を巡らせ、指先にも感じる事ができた。そして、先程の父のアドバイス通り、指先から押し出すように杖へと魔力を流していく。すると、思ったよりもあっさりと杖に魔力が流れ込んでいくのが感じた。そして、杖の先端へと魔力が行き渡ったと感じ、詠唱を唱える。


「ソード」

 瞬間、杖の先端から刃渡り30㎝くらいのもやっとした剣が発動された。

「やったー! できた! う~ん、でも……」

 喜んだかと思えば、次は不満そうな顔とコロコロと表情が変わるシャーロット。それを見ていた父の表情は驚愕の一言だった。

「な、なんだと!初日で発動だと!? って、何で不満そうなんだ!」

「だって……ダサいじゃん!」

 魔法の発動自体はできたが、シャーロットは手放しに喜ぶ事ができていなかった。前世で芸術に魅了され芸術に陶酔してきたシャーロットとしては芸術さをこれっぽちを感じない剣を自らが作り出す事は許し難い事だった。

「だ、ダサい……?」

「輪郭はぼやーんとしていてハッキリしていないし、色は殆ど白で少し青さが不均等に混じっている只の剣まがいじゃん。もうちょっと、こう、輪郭がキリってして、青も濃かったり、模様とかもあればかっこいいんだけどね~。10点満点を付けるなら2点かしら」

「ロ、ロティーがそこまで饒舌になるのなんて珍しいな」

「大事な事なの、心を揺り動かさなきゃダメなの!」


 あ、そういえば、形状をイメージするのを忘れてたわ。しまったしまった。多分だけど、形状をイメージできていなかったから、先程見た父に似たような形状で、そのまま短くなった形になったのかしら。


 シャーロットは今も発動し続けているソードを眉を顰め睨みつけながら、自らの理想とするカッコいい剣をイメージする。柄があって、剣身は60㎝程の長さのロングソードで、今みたいに剣身が平らではなく、中央に少し膨らみがあり、刃先に近づくにつれて細く、鋭利で。白色の魔力は形状全体に行き渡らせ、青色の魔力は刃先と中央の膨らみの境界線に合わせる形で明瞭に、濃く、ハッキリと、ついでにカッコいい装飾も付けちゃえ。よりイメージを具体的に、そして、精密に魔力を形造っていく。


 シャーロットのイメージが鮮明になるにつれて、魔力がまるで意思を持って生きているかのように蠢き、イメージに近づいていく。白色の魔力には靄は徐々に無くなっていき、輪郭がより濃く鋭く、鮮明になっていき、形作っていく。それまるで何十年と修行した鍛冶師が剣を鍛えていくように滑らかな作業だった。そして、最終的にはシャーロットがイメージした身丈の半分程の長さで、魔力が極限まで濃く練られた色は純白で、それを青色の魔力で縁取り、装飾された美しさを感じる剣が生まれていた。


「えっ、えっ、何それ怖い。」

 父は驚きを超えて、どこか呆れたような、まだ目の前の事実を受け入れられていないような表情をしていた。反対に、シャーロットは出来上がったソードを恍惚として表情で見つめた後に、満足気にフンッと一息付き、ドヤ顔で父の方を見るのだった。

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