第5話

 あれから、あの父の演説からは5年が過ぎた。

 

 シャーロットは目の前で繰り広げられる父と兵士達の訓練を眺めながら、長いようで短かったこの5年間を振り返っていた。

 

 自らが赤ん坊に生まれ変わった事を自覚してからは、現状の把握に努めようと言葉を覚える努力をした。しかし、柔軟な子供の脳を持っているからといっても、前世で言葉を習得している事が邪魔をしてか、普通の子供よりも言葉を話し始めるのは遅かったと思う。

 なんせ前世で無かった発音の仕方であり、話す文法もまるっきり違うのだ。ゼロから覚えていく子供とは違い、一度前世の言葉に変換してから今世の言葉に再度置き換えて使用しなければならないのだ。

 その分、言葉がスムーズに出てこない事が多かった。乳母のアリーシャことアリーの協力がなければ今もたどたどしい言葉遣いしかできなかったと思う。根気強く相手をしてくれたアリーには感謝しかない。


 言葉を覚える際には、本を音読してもらいながら文字も同時に勉強していた。そのお陰で家にあるだいたいの本なら問題なく一人で読めるようになった。

 周りの大人たちからは不思議な子供だと思われていると思う。なんせ、たどたどしい言葉遣いしか出来ないのに、普通の大人が読むような歴史についての本などを読んでと強請るのだ。そして、どこか理解して納得したような素振りを見せるのだ。奇妙なアンバランスさを兼ね備えているように思われていたに違いない。


 そんな努力のかいあって、私は自らの置かれた環境を理解することができた。

 

 アストラム、それがこの世界の名前だ。

 この世界は主に2つの領土に分けることができた。魔物以外が住まう聖界と魔物達が蔓延る魔界だ。何てファンタジーな世界なんだ。聖界と魔界は長きに渡って争っていた。戦いは千年間にも渡って繰り広げられた。歴史学の本によると発端は魔界に魔王が生まれ、魔物が徒党を組んで一つになり、人間界を滅ぼそうと攻めて来た事だとされている。そんな戦争も4年ほど前、奇遇にも私が生まれた前日に終わりを迎えてくれた。


 勇者が魔王を滅ぼしたのだ。魔王を滅ぼされた魔物達はそれまでの団結力はなくなり、散り散りとなっていった。それから事後処理やら何やらで3か月ほど掛かり、私が抱かれて領民の前に出たあの日は終戦宣言日だったと後から分かった。

 

 この戦争は掛かった年月から千年戦争と言われる事となった。そしてその千年戦争で、聖界の中での最前線、魔界との境界線に置かれた都市が私が生まれた城塞都市ハルムスだ。ハルムスは長きにわたり、千年戦争で重要な拠点とされてきた。なんせ、聖界と魔界の境には、数キロに渡る巨大な壁が建設されており、聖界にとっての最大の防衛拠点とされてきたからだ。

 

 そんな重要拠点だからこそ、この城塞都市ハルムスには各国選りすぐりの精鋭の戦士たちが派遣されてきた。そして、戦士たちが来るという事は、武具を作る鍛冶職人やポーションなどを販売する商人、宿屋や料理屋など戦士を取り巻く産業も発展した。1次産業こそ殆どないが、2次産業、3次産業は発展し、この城塞都市の代々の領主は安定した税収を得る事ができていた。因みに、位は伯爵に該当する。

 

 そして、さっきから勇者やら魔王やらポーションといったファンタジーに出てくるような単語を並べたが、何とこの世界には魔法が存在している。そう、MAHOUだ。目の前で父が兵士達を相手に訓練しているが、前世でよく見たアニメみたく、「ファイアボール」やらの様々な魔法が飛び交っている。父は強いなんて言葉では片づけられないくらい強く、10名ほどの兵士全員を相手に大立ち回りをしている。

 身丈ほどもある大剣と、様々な魔法を発動しながら、同じ人間とは思えない身体能力で動き回りっていた。

 兵士一人一人にアドバイスしながらも、確実にその場に立っている兵士の数を減らしていき、遂には残り一人になっていた。


「うぉおおおおおおおおおお!」

 最後の兵士は剣を父に向けながら走り出す。切りかかる少し前で口元を隠すように剣を振り被ると、空中には水で出来た円錐状の魔法が現れた。あれは第3位階魔法のウォーターランスだ! 本で読んだ事ある! 空からはウォーターランスが父に向って突き進み、また、地上では兵士が振り被りの態勢を直前で変え、下から切り上げる。流石の父でも避けれないんじゃ!?


 そう思った束の間、父は大剣を下から大きく振り上げ、兵士の剣を弾き飛ばしながら、ウォーターランスも同時に防いだ。剣が宙に舞うが、兵士は気にせず懐から取り出した杖で「ソード」と唱え、杖の先端から魔力で形成された剣を形作り、父に切りかかる。しかし、父は迫りくる兵士以上の速さで下がりながら大剣を横薙ぎし、剣の腹で兵士を大きく弾き飛ばした。兵士は地面に打ち付けられ、気を失った。


「今のは中々良い攻撃だったぞ。切りかかりながら、フェイントを入れてあの速さでウォーターランスを出し、剣を弾き飛ばされても次の行動に移る、素晴らしかった。さすが、誰よりも訓練している事はある。俺もその内に抜かされるかもしれんな」

 父は嬉しそうに大笑いしながら、兵士を治療するように指示する。控えていた治療用のメイジが頭部の鎧を脱がし、兵士の顔が現れた。屈強な男性をイメージしていたが、中性的で色白で端正な顔出しをしており、髪は金髪で無造作な短髪だった。あら、可愛い顔立ちしてるじゃない。意識が戻った兵士はよろよろと立ち上がりならがも、一目で分かる程に悔しそうな顔をしていた。


「今日の訓練はこれで終わりだ! 各自、しっかり休むように!」

 訓練が終わったと否や兵士たちはそそくさと退散していく。最後に残った兵士、以下、最後の兵士君の足取りは重そうで、顔を俯きながら出ていった。そんな兵士達を見送った父は満足気な表情を浮かべながら、こちらに向かってきた。そして、父は言った。


「今日はまだ時間がある。ロティー、お前ももう5歳になるし、街に出るんだ。自衛の手段があった方が良い。どうだ、魔法、やってみないか?」

 

 え?私が?って、朝食の時に訓練を見るように言ったのはきっとこの為ね。

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