第4話

「シャーロット様、シャーロット様」

 誰かが誰かを呼ぶ声がする。


「シャーロット様、朝でございます」

 そうだ、シャーロットとは”今世”の私の名前だ。まどろみから這い出ていくような気持ちで布団から体を起こし、目を開ける。目がぱしぱしして掠れて見えるが、徐々に脳も起きだし、覚醒していった。どうやら乳母であるアリーシャが私を起こしに来てくれたらしい。


「おはよう、アリーシャ」

「おはようございます、シャーロット様」

 若干寝ぼけたまま挨拶を済ませる。部屋には調度品や飾りなどは殆どなく、何の面白みも無いそんな部屋だけど、これが私の部屋だ。0歳児の頃は剣や盾、”魔物”の剥製などが飾ってあったと記憶しているが、そういったものは、年々どこかに運ばれて行き、貴族とは思えないほどの簡素な部屋となっていった。

 もう5歳にもなったんだし、パパにおねだりしてみようかしら。芸術が足りなすぎるのよ、芸術が。そんなことを思いながら、アリーシャに身を任せて服を着替えさせてもらう。当初は精神年齢で言えば自分より年下である女性に服を着せ替えてもらう事には多少なりとも抵抗があったが、今はもうそんな些細なことなどは気にせず、されるがままの状態になっていた。私が自分で着替えるとそれはそれでアリーシャの仕事が減っちゃうしね。


 そして、派手さは殆どなく、機能性を重視して作られたであろうドレスはもはやドレスとは思えないような色合いをしていた。あくまで普段着だから問題はないけど、かわいらしさはあんまりないわね。これなら前世であったロリータブランドの方がよっぽどかわいいわ。そう思いながら、服を着替えた自分を姿見で確認する。

 

 濃い茶色とブロンドの中間くらいの髪色だろうか。決して鮮やかな色彩ではないが、服を着替えた事により、幼児特有の線の細い髪が少し乱れていた。肩口のあたりまで切り揃えられた髪型は前世で言うならセミロングといった所だろう。ぱっちりと開かれている目は、瞳の奥底から溢れ出る好奇心を隠しきれておらず、意志の強さも感じられた。鼻は小さめだが形は整っており、唇は薄く、しかし、ほのかにピンク色を帯びており、かわいらしさも感じられた。


 シャーロット・シュトラウス それが今世の私だ。


「良く似合ってらっしゃいますよ」

 姿見を見ながら睨めっこしてる私を見たアリーシャは、服が似合っていないと私が思っていると感じたのだろうか。少し戸惑ったような表情を見せていた。


 似合う似合わないというより、もっとかわいく、または、クールに、または、ロックに仕上げたいのよ芸術を咲かせたいのよ。といっても、いつも良くしてくれるアリーシャにそんなこと言えないけどね。


「ありがとう、アリーシャ。そろそろ朝食の時間かしら」

「はい、シャーロット様。先程、ヨーゼフ様とマリア様がお見えになられたそうです」

「あら、それなら早くいかないとね」


 ドアをアリーシャに開けてもらい、父と母が待つ食堂へと向かう。当然、屋敷の廊下を歩いていく事になるのだけど、どんどん調度品が無くなっていっている事が目についてしまう。家はどうなってしまったのか。

 

 かといって、5年前も豪華絢爛な家では決してなかった。調度品の装飾は殆ど控えめなものばかりで、骨董品のような印象が強かった。ただ、その骨董品ですらなくなっていっているので、家の廊下は歩いた時の印象がより一層薄くなっていた。あぁ、芸術不足が加速していってるわ。


「おはよう、ロティー。よく眠れたかしら?」

 食堂に入った私を既に食卓に座っている母が私の愛称ーーロティー ーーを言って迎えてくれた。母は相変わらず綺麗な容姿を保ったままだ。この人が25歳なんて未だに信じられない。ぴちぴちの女子大生みたいじゃないか。

「おはよう、ママ。いっぱい寝れたよ。」

 何気ない親子の会話を続けていると、ドアを勢いよく開けて父が入ってきた。厳つさは5年前よりも増しており、幾らか年齢に伴う皺が増えたように思える。相変わらずの体格で、只々ごつい。

「おはよう、マリア、ロティー。早速飯にするぞ」

 そう言った父の合図とともに、料理人が作ったご飯がメイドにより運ばれてくる。


 今日のご飯は何かな~。って、また蒸しパンに野菜かぁ。ここ最近はずっとそうだ。体が大きくなるにつれて、前世で食べた味の濃いものを食べたいと思うようになってくる自分がいる。というか、本当に家は大丈夫なのかしら。

 聞いてみようかしら、怒られたりしないわよね。いやでもどうだろう。直接聞くと流石に可哀そうだし、うーん。そうだ、街の様子を見せてもらえば良いんだわ!街に活気があれば大丈夫だと思えるし!よし、聞いてみよう。


「パパ、お願いがあるの」

「なんだロティー、お前がお願いなんて珍しいな。良いぞ、言ってみなさい」

「街に行ってみたいの」

「へ?街に? な、なんで今になってそう思ったんだ。今までそんな事言ってこなかったのに」


 そう言う父の声はどこか上擦っており、額には薄っすら汗ばんだのが分かった。これは家が貧乏貴族になっていってるのはきっと何か原因があるわね、怪しい、怪しすぎるわ。


「本で読んだの。『領主たるもの自らの領地を理解しておくべし、さすれば、道は開けるだろう』って。私は女の子だから領主にはなれないけど、パパの娘だから、自分の領地がどんなのかくらい知っておきたいの」

「む、難しい言葉を知っているんだな、え、偉いぞ~。でもなぁ・・・・・・。」

「お願い、パパ!」

 両手を胸の前で組み、上目遣いを忘れず、父を見つめる。どうよ!かわいいかわいい一人娘のお願いコンボよ! く~!これだけでは足りない?足りないの? ええい、ダメ押しの首傾げ! どうだ!


「か、かわいいっ! じゃなくて、う~ん・・・・・・」

「いいじゃないの、ヨーゼフ。ロティーが言うように、自分の領地がどういったものか知っておくのは良い事よ。正しい考えをしているこの子の考えを尊重してあげたらどうかしら」

 決断しきれていない父の様子を見かねた母が促す。


「うぐっ、わ、わかった。」

 相変わらず父は苦虫を嚙み潰したような表情をしているが、そんな苦渋の決断を下した父を優しい眼差しで見守るマリア。

「やったー!ありがとう、パパ!」

 そう言いながら、父に駆け寄り、抱き着く。


「ただし、護衛と一緒にだぞ!一人で家を抜け出したりしたらダメだからな」

 父は念を押す様に言ってくるが、家出する気持ちなんて全くない。精神が大人だからこそ、5歳児に何の力も無い事が理解できているからだ。

「分かったわ、護衛の人から離れないわ!」

「よし、それなら良い。そうだ、今日は兵士と訓練がある。今日は見ていきなさい。」

「うん!分かったわ。」


 訓練を見るのは好きだから、快く頷く。それにしても、いつ連れて行ってくれるんだろうか。早く街に出たいといううずうずした気持ちを抑えながら、蒸しパンを大きく口を開いてほうばった。この食環境もいつか何とかしたいわね。そんなことを思いながら、朝の時間が過ぎていった。

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