第3話
生まれてから3か月が経った。どうやら私は赤ん坊になってしまったらしい。本当に何の冗談なのよ。
輪廻転生という概念を主題にした作品は前世でもいくつかあったが、まさか自分がその体験をするだなんて想像すらしていなかった。ようやく首が座り始めた時期なので、まだベビーベッド周りからは移動をしていない。周りの環境はまだよく分かってはいないが、転生した家は恐らく貴族というものらしく、メイドや執事等が働いている。部屋の設備や服装を見る限り、明らかに前世のような現代ではない。
言葉は断片的にしか分からないが、自分や両親、お世話をしてくれている乳母のアリーシャの名前などは分かってきた段階だ。相変わらず体は重いが、ようやく首が座ったのか頭は安定してきたように感じる。また、一刻も早く自由に動きたいという一心から、筋トレの為に体をバタつかせる日々は続けている。
身の回りの世話は乳母であるアリーシャがほとんど付きっきりで世話をしてくれているけど、見た目から推測するに、彼女は恐らくまだ20歳にもなっていないのだ。つまり、体は3か月児であろうが精神年齢が28歳の私が、20歳である彼女の乳房に吸い付いて母乳を頂戴しなければならない事態に陥っているのだ。仕方ないと言えば仕方ないのだが、只々恥ずかしい。
そうやって少しづつ周りの環境が分かってきたが、何やら今日は周りの様子が慌ただしい。先程、部屋を訪れた両親はいつもより豪華な服装に身を包んでおり、どこか緊張した面持ちをしていた。
「シャーロット、今日は特別な日だ。お前にとってもこの領地にとってもな」
そうして、父であるヨーゼフが優しく私を抱きかかえる。私を包み込む両手は宝物を扱うほどに慎重で、この仕草だけで自分に向けられてる愛情を理解し、どこかむずかゆい気分にさせられた。
何度もいうが精神年齢は28歳である。ヨーゼフは私より少し年上のように思えるが、それでも10歳も離れていないだろう。そんな、前世であればそれほど年が離れていない男性に抱きかかえられているのだ。恥ずかしいったらありゃしない。私を抱きかかえた父はそのまま部屋を出て、どこか急いだ足取りで歩き出した。
おっ、部屋を出るなんて珍しい。生まれてから3か月、部屋を出るなんて事はほとんどなかったから。やっと自分の家を確認できるや。シャーロットは父の腕に抱かれながら、家中のあちらこちらに視線を移動させる。これほどに屋敷の中を移動したことは今までになかったので、ようやく屋敷の全貌の一部が分かった気がする。
どうやら私が想像していたよりも大きい。家の造り自体はシンプルでどこか武骨さを感じられる。調度品は全く見かけず、もしかして貧乏貴族?とでも思ってしまった程だ。家族の食事を見る限り、貧乏という事ではなさそうだが。
ゆっくりとした足取りで階段を上っていく。ゆっくりと、私に振動がいかないように。
間もなくして、日差しが差し込む踊り場で父が歩みを止めた。当然、母や執事、メイドも着いてきていた。外から差し込む日差しが私を包み込む。うぅ、眩しい。そう思って、顔を背けるが、外から何やら人々がざわついているような声が聞こえてくる気がした。
この感じは前世でもよく経験していた。そう、劇が始まる直前の観客の感じによく似ている。人々がこれから始まる演劇に対して、期待と溢れる高揚感がそのまま声に乗って、大きなどよめきとなっているあの雰囲気だ。どしたどしたー! 劇でも見れるのかー!
「よし、皆、揃っているな」
父であるヨーゼフが振り返り、各々の表情を見ながら声を掛ける。
私は父を見上げる形になっており、その表情をしっかり確認できたが、どこか緊張しているように思えた。まるで劇の初回公演を迎える劇団員のようだった。前世でも良く見た表情だと思い、前世での色々な出来事を思い返し、思わず笑ってしまう。尤も、まだ話せないのできゃきゃきゃと赤ん坊が笑うだけに終わったが。
「あらあら、シャーロットが笑っているわ。全然緊張していないようね」
「シャーロットが一番大物みたいだな」
父と母が互いに顔を見合わせて笑いあう。
「よし、そろそろだ。いくぞ」
そう言いながら父は大きく胸を張り、外へと踏み出した。
瞬間、爆発のような歓声が鳴り響いた。
歓声は地鳴りようだった。見渡す限りに人、人、人。間違いなく10万人はいるだろう。
今、私がいるのは少し高い位置にあるため、外の様子が良く見える。初めて領地をこの目で見る事ができた。一目見て気になったのが、遠くにある1面に延びた壁だ。石造りで出来ているようで、薄汚れた灰色がまるで万里の長城かのように一線に建設されており、外敵からの防壁として機能しているようだった。領地内に農場などは見えず、道は格子状に整備され、家々は隙間無く建設されており、どの家も色は少しくすんだ白色を主としていた。彩りは無く、まさに武骨としか表現できない街の表情をしていた。
なんだこの街は!”色”の欠片もないじゃん! 転生して元の世界と同じような世界に生まれ変わったのか、それとも全く異なる世界に生まれ変わったのか今まで分からなかったけど、もし前世とは違う世界に生まれ変わっていたのなら、前世では見れなかった奇抜な世界や、”変わった顔”を持つ世界だったら良いなって期待してた自分がおばかじゃないか! 色が! 欲しい!
屋根の上にもたくさんの人が上っており、視線をこちら一点に向けていた。
父が手を上に掲げた。瞬間、人々の歓声が静まり、父が次にどんな言葉を紡ぐのか注視した。この街は実に統制が取れているようだった。
「先祖代々千年間続いてきた戦いは、終ぞ終わった! 私たちの勝利によって!」
父が話を区切ると、これまた人々から地鳴りような歓声が鳴り響く。そして、父の次の言葉を待つかように静まり返る。
「この城塞都市は魔界との境界線に位置し、防波堤として人類で最も大きな役割を果たして来た。幾度も来る魔物の襲来に多くの戦士が犠牲になった。しかし、犠牲となった戦士達のお陰で、魔王を倒し、人類は勝利した!もう我々は何も恐れる事はないのだ!」
先程まで緊張していた人は思えないほど、力強く、覇気の籠った良く通る声が響く。次々と言葉を紡ぎ、それに対し、領民が反応する。この一体感は前世でも感じる事は少なかった。まるで洗練された一つのオーケストラを見ているようだった。さながら、父が指揮者といった所だろうか。
「戦いを終えた翌日、この子が生まれた。名をシャーロットという。私は思う。この子は神が平和の象徴として遣わしてくれた贈り物だと」
一瞬、私に視線を寄越し、父の言葉から私の名前が紡がれた。私の事についても何か言っているようだった。
そして、母に私を預けた父は母を肩に抱きよせ、一呼吸置き、母を抱いていない方の手を大きく広げ、これまでより1段階大きな声で言い放った。
「これからも私達はこの城塞都市と共にある! 素晴らしき領民と共に!」
父の声に、これまたこの日最大の声で領民も呼応した。
こうして、後に芸術都市への前奏曲と呼ばれた父の演説は終わりを迎えた。
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